見出し画像

〈読書記録〉東京ハイダウェイを読んで


”矢作って、本当に真面目だよな”
学生時代からかけられ続けられた言葉が、称賛ではなく侮蔑であることにはとうに気づいていた。自分でも己の融通の利かなさに、うんざりすることもある。

東京ハイダウェイ 本文より

第1話から、この文章に胸がちくりと痛む。私自身、融通が利かないタイプだから。そして、この後の、矢作桐人がどうなるか気になって読み進める。

東京・虎ノ門の企業に勤める桐人は、念願のマーケティング部に配属されるも、同期の直也と仕事への向き合い方で対立し、息苦しい日々を送っていた。

直也は、まわりとのコミュニケーションを大切にしつつ仕事も効率化を重視するタイプ。

一方、桐人は、時間と手間のかかる手書き風POPを作って、店舗を応援しようと努力しているが、時間と手間のかかるそのやり方を直也は、疎ましく思っている。

それでも頑張る桐人。
ある日、桐人は、自分はどうして、こんなにも頑張っているのかと自問する。そして、認められたいという想いに気付いて・・・

桐人を思わず応援したくなる物語。


第2話は、桐人と同じ会社の40代半ばで二児の母、恵理子目線で話は進む。与えられた会社での役割、母としての役割を全うしようとする彼女も真面目な人なのだろう。

家計は恵理子が支え、夫は閑職に就き、家事や子育てに協力的である。まわりからは、うらやましがられるが、恵理子は納得がいかない。

「女子会」ってこんなにつまらなかったけーーー。なんだか”世間一般”とか”常識”とかいう暖簾を相手に、腕押ししているみたいだ。

東京ハイダウェイ 本文より


会社、家庭、女子会…いろいろな場所で求められる”役割”に疲弊していた恵理子が変わるきっかけとなったのは、意外にも夢の島の「第五福竜丸」だった。

”役割"に振り回されているのが、自分だけではなかったのだと、初めて気づかされた。

誰かに与えられたり、押し付けられたりした”役割”に準ずるのではなく、紆余曲折を経て、自らがたどった航路が、自ずと本当の役割を果たすことにつながるのだと(後略)

『東京ハイダウェイ』本文より


この文章に胸がズシンと重くなった。紆余曲折を経てでも自分自身で人生は進むべきだと、教えてもらったような気がした。


第3話は、高校一年生の圭太目線の物語。
高校に入り、イジメにあい悩んでいる圭太。そんな時、ボクシングをするヴァルキリー(ファンタジーノベルの登場人物)に似た清美に出会う。

(前略)自分が逃げる道を見つけるために、他の誰かを犠牲にしてたんじゃ、本当はどこにもいけやしない。そんなのはただのまやかしなんだよ。

東京ハイダウェイ 本文より

逃げていい…と言われても、その逃げ方を教えてくれる人は少ない。自分からその一歩を踏み出す勇気をもらえる話だった。


第4話は、第2話の恵理子の友人、久乃。40代独身、全席喫煙可のカフェの店長。

私は、この話が一番ぐっときてしまった。母子の物語。

1人でいるのは、母の離婚を見てきたからではない。自分は恋愛にもセックスにも興味がないけれど、それは、言ってみれば、生まれ持った個性と同じで、育った環境や、教育に問題があったためではない。
そして、それは決して不幸なことでもない。

東京ハイダウェイ 本文より

家族への想い。親しい中であっても伝えることを疎かにしてはいけないな、と改めて思う。


第5話は、久乃のカフェに通う桐人の上司、瀬名の物語。

クラゲは餌に向かって泳いでいくことはできず、偶然触れた餌を捕まえています。

東京ハイダウェイ 本文より

水族館のクラゲので説明文を見て「なに、それ、俺かよ」と思う瀬名。

瀬名は、会社や他人に抗わず過ごしてきた。

ある日、疲れの見える顔で仕事をする桐人(一話の主人公)に声をかける。

「そんなに頑張っても、会社はなにもしてくれないよ。」

「別にいいですよ。」
と返す桐人。

ここで一話の伏線が回収されていて気持ちがいいです。
ぜひ、よんでほしい。


第6話は、神林璃子の物語。小さい頃のトラウマを抱える彼女と桐人の関りは、穏やかでいい。

心の闇が晴れることはなくても、そこに小さな星が輝くこともある。そんな生き方があってもいいと思える素敵な話。

心が少し軽くなる6編が連なる連作短編集。
読んでよかった。

日々がんばっているあなたにおすすめの1冊です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?