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見て触れて、体験する

馬喰町のギャラリーRooneeさんで開催された櫻井朋成さんのビューイング会に参加しました。

櫻井朋成さんはフランス在住の写真家、写真版画家とお呼びすればよろしいのでしょうか。写真を撮る写真家でありながら、さまざまな手法で版画による作品を制作されているアーティストです。

数ヶ月前にX(旧Twitter)のタイムラインでたまたま櫻井さんのアカウントを知り、クラシカルで趣のある雰囲気の写真に心惹かれてすぐにフォローをしました。最初に見たのはスナップ写真でした。

そして8月から始まったカルロッタさんのポートレートシリーズ。これがすごく印象的でした。自然体だけれど凛とした姿、ロケーション、フレームの中で美しく調和していて、ひとつの物語がそこで完結しているような、映画のワンシーンのような。とにかく理屈抜きでわたしの心が「素敵…!」と叫びました。

ここまできて、櫻井さんが「写真家」というのは理解をしましたが、そもそも版画に対するわたしの知識が乏すぎて、「写真」と「版画」というものが頭の中でつながっていませんでした。たまに櫻井さんがアトリエで作業されている様子や、職人さんがなにやら磨いたり刷ったり、そんな写真や動画を目にしながらも具体的に「何をやっているのか」まったくわかっていなかったのです。

そして今回、フランス在住の櫻井さんがなんと日本で新作のビューイング会を開催されるというのを知り、版画というものも、櫻井さんという方も、ほとんど知らない状態で参加を決意しました。
もともと知らない場所や知らない人たちの中に突入するのにあまり抵抗がないタイプなので、こんな見ず知らずで知識ゼロのわたしがいきなり参加して大丈夫だろうか…という不安はありませんでした(笑)「よくわからないけど、こんなチャンスはなかなかないから、これは絶対に実物を見てみたい!」という気持ちだけでした。

そもそも「ビューイング会」なるものが、いったいどういう会なのかも知らずに会場に到着。「ふむふむ」と作品を好き勝手に眺めてぽつりぽつりと自由に質疑応答する、みたいな会ではないんだ…と、始まってから知りました。テーブルには作品がまだ見えないように紙に包まれた状態で置かれ、櫻井さんを中心に参加者がぐるりと囲みます。鑑賞会というか、研究会や勉強会のような熱い雰囲気。知的好奇心が刺激され、わくわくが止まりません。

わたしのような初心者向けに、櫻井さんは、まずは原点となるエリオグラヴュール(銅版画)、フォトポリマーグラヴュール(樹脂版画)の原理や方法について丁寧に説明をしてくださいました。それから最近チャレンジした湿板写真ワークショップの体験談とそのときの作品、リトグラフ(石版画)の手法と作品、アルミ版を使用した通称アルグラフィの手法と作品。紙の種類と特徴、インクの特性と職人さんたちのこだわり。時には制作時の動画を見せてくださりながら、とにかく手をかけて時間をかけて、ひとつひとつに魂が込められていることが伝わりました。

まったく知らない世界、のん気なわたしはメモを取るツールはスマホしか持っておらず、大変後悔しました。なんならお話ししてくださった内容をすべてボイレコで録音したかったぐらい、本当に充実した2時間でした。奥が深い版画の世界、初めて知る言葉だらけ。じっくり聴かせていただいた話の何割がわたしの頭に残ってくれているだろうか。それでも今日の体験は確実に、わたしがこれから生きる世界を広げてくれたと思います。

「SNSにはあまり写真は載せない。載せても告知のような役割として載せる。いまみなさんが、僕の作品の写真を撮ってもらってもまったく構わない。誰かがこの作品の写真を撮った時点で、それは撮った人のものになり、もはや僕の作品ではない。僕の作品はこうして実物を見ないと絶対に伝わらないから」

(※一字一句正確ではありませんが、こういった内容のことを最後お話ししてくださいました)

これは本当にその通りで、今日まさに櫻井さんの作品を目で見て、手で触れて、その制作過程を直にうかがって、やっとその作品を知る「入り口」に立てたような気がします。インクの粒子、紙のざらつきと厚み、明暗と濃淡のコントラスト、紙に載せられて初めて発揮するやわらかな黒の質感、それらがまとめて放つ存在感と奥行きのようなもの。こうして「体験」として残る記憶は、スマホの小さな画面を眺めているだけでは到底味わえないものです。

そんなわけで、いつもならどこへ行っても写真を撮ることに夢中になりがちなのですが、今回は本当にスマホで何枚か撮っただけでした。カメラを出さないのは、本当にめずらしいことです。それはもう「撮っても意味がない」とはっきりわかったからです。櫻井さんの言葉通り、これは自分の目で観ない限り、写真を撮ったところでそれはただの「作品を撮った写真」にしかならない。限られた時間、「撮るよりも観ていたい」という気持ちでした。

美術館やギャラリーに足を運ぶ。自分の目で見る、体験する。人と出会う、目を見て話す。それらは確実に世界を広げてくれるし、知識や体験の蓄積が、今後の自分の人生の選択に、静かに確実に影響を与えてくれるものだと思っています。

好きなもの、興味があるもの、おもしろそうなもの。これからもどんどん動いて、どんどん広げていきたいです。


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