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図書館って妙に寝やすい

図書館という場所がいつも好きだった。夥しい数の本を眺めていると単純に心が躍るし、無料で利用させてもらえることに感謝しかない施設。
大学生になって一番感動したのは、大学図書館の蔵書数の多さだった。視聴覚室もあり、無料で古い映画を観ることができるのが嬉しくて空きコマに足繁く通っていた。

特に好きだったのは地下書庫。入室の手続きをして長い階段をぐるぐると降りた先にある書庫はまるでトルコの地下宮殿のように広く静謐とした空気に満ちている。沈黙を割らないように足を忍ばせて、私の背丈の倍ほどもある本棚の隙間を散歩していく。

初めて地下書庫に来た時は、あまりの広さに本当に迷子になってしまい一生ここから出られないのではという気持ちにすらなった。しばらく通っているとなんとなくどこになにが置かれているのかが分かってきて、自由に歩き回れるようになっていった。

大学生活も後半になってくると慣れたもので、しばしば退屈な授業をサボるために地下書庫に行ったりもした。大学という場所で唯一と言っていいほど完全に静かで、かつほとんど人が来ないという点で、地下書庫は良い散歩スポットであると同時に良い昼寝スポットでもあった。
気が済むまで本を物色して、疲れたら人目につかない本棚と本棚の間でこっそり休む。時間帯と場所によっては誰とも遭遇しないので、ここで死んでてもしばらく見つけてもらえないのでは、と考えたこともある。

ある日うたた寝をしていて、ふと目を覚ますと右手の棚には戦争の本がびっしりと埋められていることに気付いた。戦時中、人がどのように苦しんだのかが悉く書いてある本が一箇所に密集している。左手の棚を見てみると、性愛についての本がまとめられた棚だった。時代錯誤のLGBT論や変態性癖を病気と定義づけた古臭い本達。自分が死と性に挟まれてのん気に寝ていたことに気づきしばらく唖然とした。
その後、図書館ってなんて素晴らしいんだろう!と感嘆し、左右の本棚から1冊ずつ古い本を手に取って貸出手続きに意気揚々と向かったのを覚えている。

図書館で寝る悪癖は大学卒業後には直ったが、あの棚と棚に挟まれてしか見られない夢があったような気がしてならない。しかし、あの時見たであろう夢をどんなに思い出そうとしても、古い紙の独特な匂いが鼻の奥で香るだけだ。

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