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実家とハシビロコウ

一年ぶりに実家に帰ったら、両親が何故かハシビロコウに夢中になっていた。有害な陰謀論や思想に夢中になるよりはよっぽど良いが、私としてはいまいちその良さが分からない。

リビングにはハシビロコウのフィギュアやグッズ、雑誌が飾られており、テレビを見ようとすると必ず仏頂面のデカい鳥に睨まれる仕様になっていた。

「ハシビロコウは日本に12羽しかいないんだよ」
「違う、10羽だろ。日本にはハシビロコウは10羽しかいなくて」
「違う違う、12羽。なっちゃんハシビロコウの雑誌取って、そこに書いてあるから…」


両親のけたたましい会話に辟易とする。この鳥のどこがそんなに良いのかと聞いても納得する答えは返ってこない。
「全然動かないし、愛嬌があるわけでもないし、見てて面白くなくない?」と切り込むも、「そこが良いんだよね、不思議なことに」と笑われた。

驚いたのは、両親だけではなく妹も同様にハシビロコウにハマっているということだ。
彼氏と東京に遊びに来た時も、ハシビロコウが見たくて初めて上野動物園に行った、パンダは見逃したという話を聞かされた。両親も、秋頃に何十年か振りに二人でハシビロコウのためだけに上野動物園を訪れたという。


18歳で上京して以来、なんだかんだ上野に用事があり動物園にも何度も行っているということもあってかハシビロコウに特別注目したことがなかった。今だってハシビロコウの展示は10秒見たら満足して次の檻を見に行くだろう。私にとって上野動物園やハシビロコウはそこまで特別なものではない。
「24時間やってる浜焼きの有名店が最近できたからみんなで予約して行った」という連絡が母から来て、よくよく聞いたら磯丸水産だったことを思い出した。私はその店で何度もグロッキーになったことがある。

実家を出てもうすぐ10年になる。
最後に両親と共に何かに熱中したのはいつなんだろう。多分、ちょっと前の宮藤官九郎のドラマとかだと思うけど、東京の私の家にはしばらくテレビがなかったのもあって、もうほとんどドラマは見なくなってしまった。


上野動物園に行った時も相変わらず両親は小さな言い合いをしていたらしい。父に対する愚痴にはい、はいと適当に相槌を打っていると、突然母が「あんたハシビロコウみたい、似てるよ。表情よく分からなくて、喋らない感じとか」と言い出す。

東京ではもう少しよく喋るし、活発でいるつもりだと反論しても母は信じてくれない。私のことをすっかりハシビロコウだと思っているようだった。褒められたのか貶されたのか分からない。ハシビロコウの良さも分からない。
「もう、こっちに住むことはないだろうなぁ。東京が好きだし」と私が言うと、「だよねぇ」と母はテレビドラマの再放送から視線を外さずに呟いた。

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