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勇者も魔王も、村人も

後楽園に行くといつも号泣した日のことを思い出す。ずごご…という凄まじいジェットコースターの音が常に響くスパラクーアへ、12歳からの友人3人で行った日のこと。


カップル利用が多いスパゾーンで3人でガハハと笑いながらアイスを食べたり、色んな種類の温泉にちょっとずつ浸かったり、サウナの我慢大会をしたり。恋愛や仕事の話をかしましくし続け、みんなで逞しく稼ぎましょうとか、幸せになりまくろうなとか言い合って、本当に楽しい日だった。


学生時代の話もした。中高一貫校で、あらゆる黒歴史を共有して卒業した我々の話題は尽きることがなかった。学校から帰っても家でずーっとチャットで喋ってたこととか、今振り返るとヤバいなとか笑い合いながら私はこっそり彼女との一つの記憶を思い出していた。


放課後の空き教室で、私と彼女は制服を交換したことがあった。どうしてそういう流れになったのかは思い出せないけど、私もそっち着てみたいしさ、とかなり軽い気持ちで提案した気がする。薄暗い教室で羽織った学ランの重みと、私の制服を着て気恥ずかしそうにしている彼女の姿を覚えている。

私は中高生時代、日頃の邪悪な言動からか「魔王」というとんでもないあだ名で友人達からはよばれており、それを渋々受け入れていた。私のスカートを履いた彼女ははにかんで「魔王っていうかさ。勇者のほうだよ」と呟いた。魔王って呼び出したの、その子なのに。もう本人は覚えてもいないかもしれないけど、私の心を刺した一言として今でも鮮明に思い出せる。


なんでもないことなんだよ。本当になんでもないことだ。着たい服を着たり、呼ばれたい名前で呼ばれたり。そんなのは全部なんでもなく、当たり前にみんなそうだと思っていたからそうしただけだった。こんなのは村人Aでもできることなんだから大袈裟だと、本気でその時は思った。
友達同士で一緒に温泉やサウナで寛いで遊ぶのだってそうだと思っていた。だけど、この日に至るまで本人に想像を絶するような努力や苦労があったことを、今の私は知っている。


サウナでみんなで汗だくになりながら、「嬉しいよ、大人になっても皆で一緒にこうやって遊べて」と口走った瞬間、涙が死ぬほど出てきた。汗を拭くふりをしてタオルに顔を埋めていると、人の気も知らずに「暑いから先に出るね〜」と声が降ってくる。全裸で泣いているのは恥ずかしすぎるし絶対にバレたくなくて、おっけ!と変に大きい声で返事をしたら周りの人達に見られてやはり少し恥ずかしかった。

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