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夏至前夜の短編小説「レシピ」

大学生の頃「二十四節季のうち好きなものをひとつテーマに選んで短編小説を書け」という課題で書いた作品のデータを発見しました。

ちょうど季節がぴったりなので、表記ゆれだけ直してそのまま載せます。

クラス内でも群を抜いて短かったショートショート作品なので、宜しければ楽なお気持ちでどうぞ。


『レシピ』

 高熱には蒼い花が良いらしい。そう聞いたので一鉢買ってきて漬物にしてみたが、幼い妹の口には合わなかった。
「そうですか、食べませんか。妹さんおいくつ?ああ、五つじゃホタルグサの漬物は無理だ。夜明け前の朝露をかけてあげなさい。多少効果は落ちるが、だいぶ甘くなるからね。」
花屋の親爺は、これからも御贔屓に、といって小さな硝子壜を一つくれた。

 地下の花屋には窓が無く、おもての様子がわからない。すっかり遅くなってしまったと思い慌てて店を出て螺旋階段を駆け上ったが、あたりはまだぼんやりと明るかった。随分と日がのびたものだ。妹もわざわざこんな季節に熱を出さなくたっていいじゃないか、と少し恨めしく思ってしまう。よりにもよって、明日は一年で最も早く太陽が昇る朝だ。 
 
 暦に夏と書いてあったって、夜明け前は肌寒いだろう。寝間着の上に何か一枚羽織ったほうが良いかもしれない。薄暗い勝手口から、猫の額ほどの庭に降りる。頬には風、足元には露、どちらもひやりと感じるだろう。花屋にもらった硝子壜に、慎重に朝露を注ぐ。どれくらいの量が必要かわからないが、とにかくなるべく溢さないことが肝要だ。夢中になって集めているうちに、きっとすぐ夜は明けてしまうだろう。朝日が昇ってきたら、光を直に浴びせないように急いで壜の蓋を閉めて家の中に入るべきだ。それまで葉や草の上に一滴一滴ひとりぼっちでいた朝露たちは、硝子壜の中で仲間たちと一緒になってさも嬉しそうにキラキラと輝くに違いない。夜のうちに、いくつか星の欠片が溶け込んだのかもしれない。お行儀の悪さに目を瞑って、壜に指をつっこんで朝露を舐めてみれば、きっとそれは幼い頃にお祭りで買ってもらった金平糖の味がするのだ。

 自慢できることじゃないが、早起きは苦手だ。今日は早く布団に入るとしよう。枕の横に置かれた鉢では、ホタルグサの蕾が明日の朝に向けて眠っている。蒼い色をした彼より先に、目を覚まさなくてはいけない。

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