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#35 いい仕事

張った糸が切れた、とはこの感覚を指すのだろう。

10連勤くらいしただろうか。一年で最も忙しいとされるカーネーションの出荷シーズン。今年で25歳になるのだが、感覚としてはもう若くない。そんな体を無理やり動かし、鈍りに鈍った身体に鞭を打って、最後は気分がハイになっていた。そして頂いた休日。温泉に入って、美味しいご飯を食べて、よく眠って…。迎えた出勤日。布団から身体が動かなかった。

気づけばあと5日しか出勤日が無い。その事実を我が身に示し、豪快に白湯を飲んだ。少し火傷した喉仏の痛みで目を覚まし、朝日を浴びる。車に乗り込み、最近ハマっている羊文学の曲を大音量で流す。窓は全開。田園、畑、山道を突き抜け、風の丘ガーデンまで1時間半のドライブ。車は良い、つくづく所有したくなった。

風の丘ガーデンでの研修35日目、今日は個人向けカーネーションの発送準備を行った。発送作業は、力仕事ではなく繊細さ…つまり、綺麗な箱詰めや絶対に送り先を間違えないように細やかにチェックする能力がある。新卒で入った会社でECを担当していたが、自分の曖昧な確認で幾度となくお客さんから怒られた。発送先が違う、商品が違う、発送が遅い…。その苦い思い出が身体の芯まで染み渡っているので、今回の作業はより一層身を引き締めた。「あいまいでいいよ」なんて言っていられないのである。

ラミネートされたカーネーション

ダブルチェックを重ねたので、多分大丈夫だろう。いや、絶対大丈夫なはずだ。商品の発送準備が終われば、祖父母が農園に遊びに来てくれた。カーネーションを5鉢お買い上げ。近所の人に配るそうだ。曲がりなりにも、自分が関わった花を綺麗と言って感動してもらえると、中々に嬉しい。オーナーの気遣いで昼ごはんは祖父母と一緒にうどんを食べに行った。「お前が一番手がかるが、一番良い孫やわ」と言ってもらえて大満足。良い孫であることは重々自負している。

そう言えば、一般のお客さんも多く来店されるようになった。母の日に向けて店頭にカーネーションが並び始めたからだ。常連さんが多いので、毎回「研修生です」と挨拶をする。すると、「いい仕事に就いたね!」と言われる。厳密に言えば雇用されてないので仕事に就いているわけでは無いのだが、ここで一つ疑問に思った。

この仕事をしてます、と言って誰からも「いい仕事だね!」と言ってもらえる仕事はどれだけあるのだろう?

仕事には大抵そのイメージに沿った枕言葉が用意される。
あくまで筆者の意見だが、「公務員」といえば「安定している」、「金融業」だったら「給与が良い」、「営業」だったら「大変そう」、IT関連だと理解してもらえる層が限られている。

もちろん、花屋は体力使うし、水仕事だし、朝も早い。大変な側面の方が多いと思う。だけど、ここまで誰からも「いい仕事だね!」と言われる仕事も珍しいなと思う。

母の日前にカーネーションを送った相手からはとても喜ばれた。祖母は「綺麗だねぇ!!」と満面の笑みを見せてくれた。花屋っていい仕事だなあと強く思った日だった。

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