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#12 個性と無個性

叔母がSUPER BEAVERにハマっているらしい。
聞けば息子も娘も。
かつてのルームメイトから昨年勧められて一時期聴いていたが、ぼんやりと歌詞を記憶している程度だった。
日曜日に叔母と登山をした。山に向かう最中、このバンドの良さを永遠と語られた。特に歌詞が良いらしい。そんなに言われたら興味が出ちゃうじゃないか。出勤の道中で「らしさ」という歌を流した。

個性を出さなきゃいけない 
そういう流行の無個性で
悟ったように 一歩引いた 
匿名希望の傍観者

エゲツない歌詞を書くバンドだな、と感じた。
今年で25歳になる。個人的には、若者と読んでもらえる年齢の最後の年かもしれないと思っている。いつまでも脳裏に媚びりつく捨てたいけど捨てられない青臭い自我。社会に上手く適合できない引け目や、どうしても周囲の目線を気にしてしまう自意識過剰さ。そんな弱い自分を簡潔に見事に表現された気がして、感動共に羞恥心を含んだ投げやりな笑いが込み上げてきた。

そんな、風の丘ガーデンでの研修12日目。

午前中はペチュニアの出荷作業。学校向けに大量の注文が入っていたので、従業員総出で作業をした。

午後はクリスマスローズの鉢上げ。
鉢上げとは、入荷した際に入っている小さなポットから、大きなポットへと植え替える作業のことを指す。

一つ一つ、丁寧にポットに入れていく

たくさんの苗が育つ小さなまき床では、土も水分も少ないため、すぐに苗の生育が止まってしまうらしい。
そこで、より大きなポットに栄養価の高い土を入れて、充実した環境で育てる必要があるのだ。

この土、近くの山から採取した土らしい。
そこに様々な種類の肥料を混ぜ合わせ、花にとって最適な土に仕上げていく。

風の丘ガーデンの土は通水性が高く、水を上げても比較的早く土が乾くそうだ。水をこまめにあげなければいけないというデメリットが予想されるが、その代わり綺麗な水を与え続けることができる。鮮度が落ちた水が残り辛く、植物は鮮度の良い水ばかりを求めることができる。

この鉢上げを終業までひたすらこなした。
黙々と作業をすると、いつものお決まりの内省が始まる。植物を人間に置き換えて思考する時間だ。

朝聴いたSUPER BEAVERの歌詞を思い出していた。

現代は個性が求められる。
いや、個性を出すことが必要な気さえする。
ただ、その「個性を出す」ということがパッケージ化され、気づけば個性的っぽい思考をしている。
そしてある時、それは本かもしれないしYouTubeかもしれない。自分が目の前の人と同じような考え方をしていることに気づく。

自我があるようで無いのだ。

その原因は何か。
結局、土台がしっかりしていないからじゃないのか。

花は一輪一輪明確に違う。
同じように見えるけど、目で見て触れるとその違いに気づく。そしてこれは綺麗だ!と思う花は誰がみても個性的だ。
水が良かったのかもしれない。気候が合っていたのかもしれない。でも、その全てを受け止める土が良かったからこそ、他の要素が活きたのではないか。結局土台だ。表面だけ個性的になろうとしたって意味がない。

同時に、傍観者にはなりたく無いなとも思う。
自分は個性的だと勘違いして、気づけば何のアクションも取らずに傍観しているだけの人生は、空虚な気がしてしまう。

いつまでたっても青臭いけど、
自分にしか無い個性は育てたい。
純粋にその方が人生楽しそうだから。

その為に、土台をしっかりさせようと思った。
そんなことを土を見ながら考えていた。

晩御飯、マックに寄っちゃったけど。

明日から本気だす。つもり。

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