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【小説】 報告

「私、婚約しました」

はにかみながら伝える高校の時の友人は、ひまわりみたいに輝いて見えた。素直に素敵だなと思ったし、お祝いしたい気持ちが湧き上がってきた。周りだってお祝いムードだ。この日はいい日になるだろうなと思った。


令和3年の8月某日、夏真っ盛りのこの時に、高校の友人たちと集まる会が催され、開口一番発表された。

暑さ対策にTシャツ・ズボンというラフな格好で挑んだ私は集まったメンバーと比べれば少々子供っぽいのか、少し浮いていたが、気にしない。友達と会うだけだもの。

「おめでとう」

「おめでとう」

メンバーが口々に言うおめでとうの言葉を受け止めながら、彼女は今後の身の上話を始める。

けれど、私はまだ知らない。本当の戦いはここからだったのだと。


***


お店はその場で空いているところを探し、流れで決まった場所に入り、注文を頼んでから各々の近況報告をしていた。この日集まったのは4人。それぞれ仕事をしていたり、恋をしている4人だった。久々と言いながら何年ぶりだろうと年月を数える。気がつけば2年〜4年くらい会っていないらしい。時間はあっという間に経つ。

婚約発表後、彼女の身の上話大会が始まり、徹底して喋る彼女の聞き役に3人が回った形となった。私自身聞き役の方が好きなので、頷きながら時々質問したりして話を進める。自分の身の上話に微塵も興味を示さないことを知っていたので、話さなくていい分、気が楽だった。一方で、時折私へ刺してくる言葉がきついと感じずにはいられない。

「えー?そうなの?マキなら上手くやってると思ったけどー?」

「マキに仮に子供が出来たとして、マキっぽくなったらやばいよねー?だってマキだよ?」

「マキって今何してるの?へぇー?わからないや」とか。

聞いておいてそれはないよと思うような答え方も勿論あるし、想定話でも悉く貶した言い方が一つずつ刺さっていく。恐らく本人は自覚していない、と信じたい。信じたいけれど、もし自覚してやっていたらどうなんだろう。或いは、自覚していないでやっていたとしても、恐ろしかった。

時間が経つと、人は記憶が消えていく。メモリに残されたものはいい思い出だったり、悪い思い出だったりするけれど、私の中に悪い思い出はそこまでなかった気がしていて、正直拍子抜けした。トモって、こんな子だったっけ?


自分以外婚約していない状況から少しでも上から見下ろしたいのか、

「結婚したら人生変わるわー」

って呟くし、結婚式を挙げようにもどこがいいかなぁとかボーナス分消えちゃうわーだとか、金銭面でもさらっとマウントを取ってくる。すごい。もうここまでくると色んな意味ですごいとしか思えなかった。

一方で、この人に他者への想像ってあるのだろうかって聞きたくなる。そもそも、あなただってまだ婚約した段階だから結婚していないだろうに。なんてツッコミを心の中で入れつつ、さらっとジュースを飲む。思わずストローで最後まで啜っちゃった。ズズズっと虚しい音が空を漂う。


女子同士の会話で、「共感ツール」は欠かせない。

自分だけ持っていても、会話は続きづらい。このゲーム知ってる?この雑誌知ってる?この芸能人知ってる?そういった「知ってる」ツールをリンクして会話が続く方式だから、誰も共感できないものは会話が続かない、ただのマウントだった。仮に婚約発表をしたところで、出していいのはそこまでの情報で、それ以上を言っていいのは他にも結婚した人がいる場なんだよ、って言いたかった。言いたかったけど、言わなかった。なぜ言わないかって?この人とこの先仲良く出来る自信がなくなっちゃったから。

人は、簡単に見捨てることが出来る。

こういう性格の人ってきっと直らない。直らないなら、その人とは距離を置けばいいだけ。大人になればなるほど、人間関係がドライになるって言い方もあるかもしれないけれど、逆に「自由」って捉えることも出来ると思う。「誰とでも仲良くしましょう」なんて言いつけは、小学生まで通用し、大人になれば当てにしなくていいのだから。少なくとも「建前」を除いた友人に限って言えば。


***


素直におめでとうと思っていた気持ちさえ薄れてしまうような仕打ちが待っているなんて思わなくて、最後には幻滅している自分がいた。

距離を置きたくなる日が来るなんて、きっとあの時の私は想像もしていなかっただろう。大人になっても仲良しでいられる人なんて、限られてくるのね、としみじみと感じながら帰路につく。


仲良しでいられる人が少なくなるかもしれないけれど、だからこそ数少ない友達を大事にしたいし、会いたい人に会う、人生でありたい。







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