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魔源郷 第23話「化け物」(2)

「フィン!」
 アリスは、歩いているフィンの後ろ姿を見つけるなり、急いで駆け寄って行った。
 フィンは足を止め、アリスの方を振り返った。そして、ため息をついた。
「何だってんだ…。もう、お前の正体が分かっただろう。それ以上、何をしろってんだ。」
「フィン!お願いよ!ずっとそばにいて!」
 アリスは、フィンにしがみついた。
「うっとおしいな…。」
「フィン!」
 そこへ、ジンジャーとテキーラも駆けつけてきた。
 ジンジャーは、肩に背負っていたラムをどさりと地面に降ろした。ラムは依然として気を失っていた。
「こいつがまだ残っている。フィン、お前がこいつの謎を解くんだ。」
「そいつはブランデーなんだろう。フィズが言ってたじゃないか。本人は否定してるが、頭がイカレて、自分のことも忘れたんだろう。そんな奴に、これ以上関わる必要はないと思うが。」
「だったら、思い出させるんだ!アリスが記憶を取り戻したように、こいつにも、記憶を取り戻させるんだ!それが、フィズへの供養になると思わないか。フィズは、ブランデーとの再会を願っていた。もしもこいつが本当にブランデーなら、記憶が眠っているはずなんだ。お前には、それを取り戻させる力がある。俺たちには、出来ないことだ。」
「そんな力はないさ。ただ、たまたま研究所でフィズを見つけて、それがアリスの記憶を取り戻させただけで。あんまり俺を頼らないでくれ。俺は俺のやるべきことがある。邪魔するな。」
「それは一体何なんだ?お前は何かに縛られているように見える。それが何なのか、そろそろ教えてくれたっていいだろう?お前は話したくないと言うが、俺たちはもう、仲間だろう!何一つ隠さないで教えてくれ!俺は何も、お前を苦しめたいわけじゃない。本当のお前を知って、力になりたいんだ!」
「…余計なお世話だ。」
 フィンは冷たく言い放ち、アリスの手を強く振り解いて、歩き出した。
「待て!」
 歩き出したフィンの腕を、ジンジャーは強く引っ張ったかと思うと、いきなりフィンの頬を殴りつけた。フィンは殴られた衝撃でその場に倒れた。
「フィン!お前は何かを隠している。言え!言わなければ殺す!!」
 ジンジャーの目が鋭く光った。
「…俺は死なない。」
「そういえばそうだったな。じゃあ半殺しだ。お前の血を全て吸い取ってやる!」
「やめるんだ…。」
 突然、ラムが起き上がった。
「争いはよくないよ…。」
 ラムはゆっくりと立ち上がって、にっこりと微笑んだ。
「…あの娘…いなくなったんだね…。」
 ジンジャーは、ラムを睨み付けた。
「死んだんだ。」
「そうか…良かった…。」
 ラムの言葉を聞くと、ジンジャーは拳を強く握り締めたが、歯を食いしばり、怒りを抑えているようだった。
「…僕もね…少しだけ思い出したんだよ。あの娘のせいかな。僕がブランデーかどうかは分からないけどね。」
 ラムはふっと弱々しく笑った。
「僕は…冷たくて苦しかった…。温かい光を求めていた…。光を見つけて、僕は迷わずそれへと向かっていった。僕が思い出したのはそれだけさ。僕が何者なのかは分からない。何者でもないのかも…。」
 ラムは、フィンをじっと見つめた。
「その光に似ているんだ。フィンが。だからかな。フィンについていきたくなるのは。僕がフィンに執着するのは。僕が求めていた光…。苦しみから解放された光…。それに似てるんだ。」
「…わけの分からないことを…。はっきり言って迷惑だ。」
 うんざりしたように、フィンはラムを睨み付けた。
「これ以上俺に付きまとうな!もううんざりだ!」
 フィンはいつになく感情を露わにして言った。
「何故邪魔をするんだ!俺には使命があると言ったはずだ!お前らの過去探しにこれ以上振り回されてたまるものか!もう…やめてくれ。」
「フィン…。」
 アリスが涙をこぼした。
「ちくしょう!!」
 フィンは大声を張り上げ、背中に差していた剣を取り出し、地面に叩き付けるかのように放り投げた。だがそれは、地面に着く前に止まった。まるで、見えない何かによって止められたかのように。そして、剣はふわりと柔らかく地面に着地した。
「フィン…一体その剣は…。」
 ジンジャーは剣の動きを不審に思った。
「…これは…何も傷つけられない剣…。そして…俺の命…。俺はこいつに支配されているんだ。こいつから逃れることは出来ない。ずっと…。」
「それなら、剣を壊せばどうなるんだい?」
 ラムが言った。
「壊れない。俺が死なないのと同じだ。絶対に壊れない。」
「じゃあ試してみようか。」
 そう言ったかと思うと、ラムはすばやく剣を奪い取った。
「こんな機会をずっと待ってたんだ。君は剣を絶対に手放さなかったからね。僕はこの剣にも興味がある。」
「よせ!」
 はっと顔を上げて、フィンは叫んだ。
 一度だって手放してはならないのに。
 いや、手放そうとしても離れないのだ。あの剣は。
「…!重いッ…!」
 ラムは思わず剣を落とした。剣は音も立てずに地面に落ちた。
「フィン…、君はこんな重いものを背負ってたの?一体どうやって…。こんな重い剣、普通は持つことすら出来ないよ。」
「そうだろうな…。」
「見かけによらず、力持ちってわけじゃあないよね。それに…何か嫌な感じがしたよ。よくそんなものを持っていられるね。捨てればいいじゃないか。」
「それは出来ない。これは俺の使命そのものなんだ…。」
「フィン。その使命ってのを聞きたい。ただ魔物を浄化するってだけじゃないんだろう?何かもっと理由がありそうだ。」
 ジンジャーが言った。
「この世界の全ての魔物を浄化する。ただそれだけだ。」
「それは猟師と変わらない理由だ。もっとお前の理由ってものがあるだろう。それを知りたい。」
「詮索しないでくれ。俺はもう…疲れた。」
「フィン…あたしたちにはフィンの力になれないの?」
 アリスが、涙を流しながら言った。
「あたしがいると邪魔なの?あたしはフィンの邪魔をしたくない。でも一緒にいたいの。それがだめならどうしたらいいの?あたしもフィンの力になりたいのに…。」
 フィンは深くため息をついて、しばらくぼうっと空を眺めていた。
「…もう何も感じない…。俺はもう人間じゃないのかもな…。」
 昔出会った一人の猟師、マリーの言葉を、フィンは急に思い出していた。
――「美しいものを美しいと感じられなくなったら…」
 もう、その人の顔すら、ぼんやりとした記憶に変わりつつある。
「その通りさ。」
 ラムが笑いながら言った。
「君は人間じゃない。分かってきたようだね。僕と同じなのさ。仲間なんだよ。だから、共に生きていこうじゃないか。」
 ラムが、フィンの腕を掴んだ。
「何…を…!」
 フィンは突然頭を押さえて苦しみ出した。
「ははは…どうしたのさ。」
 ラムはにやりと笑った。フィンは両手で頭を押さえてその場にうずくまった。
「てめえ!フィンに何をした!?」
 ジンジャーがラムに掴みかかった。
「何も?ただ、フィンの心を読もうとしただけだよ。何も見えなかったけど。」
「てめーはそんなことに力を使うな!」
「うああああっ!!」
 フィンは絶叫した。
「フィン!」
 アリスがフィンに駆け寄った。
「来るな!」
 フィンの体から、風が吹き出したように見えた。その風で、アリスの体は後ろによろめいた。
「フィン…?」
 フィンは倒れたまま、剣に向かって這っていった。
「こんなもの、捨てていけばいいだろ?ただの錆びた剣じゃないか。」
 ラムが、剣を片足で踏みつけて言った。
「や…めろ…。それは…。」
 フィンは苦しそうに呻き声を上げながら、剣の柄に触れた。
 その手を、もう一方の足でラムは踏みつけた。
「なんだか楽しいよ。君がそうして苦しむ姿を見るのは。君は本当は違うんだ。もっと本当の自分に目覚めたらどうなんだい?君に自由はないんだ。使命とやらがある限り。そうじゃないのかい?」
 ラムはにっこりと微笑んだ。
「それが…今の俺の全てだ…。過去も現在も…捨てることなど出来ない…。俺は全て背負って生きていくしか…。」
 ラムはふんと鼻を鳴らして、足をどかした。
 フィンは震える手で剣を掴み、身を起こした。
「…少しだけ、ほんの少しだけだけど。見えたよ。」
 ラムは上からフィンを見下ろして言った。
「その剣の重さは…人殺しの罪の重さなのかい?」
 ふふん、とラムは笑った。

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