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魔源郷 第9話「金色の狼」

「…見つけた。」
 フィンは、町を見下ろせる崖の上で、一人佇んでいるジンジャーを発見した。
「ジンジャー。何浸ってんだ。」
「…フィン。」
 ジンジャーは、寂しそうな顔で振り返った。
「戻って来い。俺一人じゃ、あの二人は手に負えない。特にテキーラは…。頼むよ。困るんだ。俺に面倒を勝手に押し付けて消えないでくれ。」
「…俺は…仲間を守りたい。」
「だったらさっさと戻ろう。」
「バンパイアだけでなく、魔物は皆仲間だ。人間に作り出された生き物全て…。なのに、人間に憎まれて、殺されて。だから、俺は人間を憎む。身勝手な人間を。」
「そういえばお前は、初めて会ったとき、魔物の村を守ってたな。」
「長い間、自分と同じバンパイアの仲間を探しながら、そうやって何かを守りながら生きていたんだ。でも今は、仲間がいる。今は、近くにいる仲間を守りたい。」
 ジンジャーは微笑んだ。
「だから、もう二度と仲間を傷付けたくないんだ。」
「アリスは、お前がいなくなったら傷付くし、苦しむ。今だって、お前のことで苦しんでた。仲間なら、二度と離れるな。今お前が探しているブランデーだって、離れなければ探す手間もなかったはずだろ。手間とかの問題じゃないが…。とにかく、仲間なら、ケンカしたって仲直り出来るんだ。失敗したって、それだけで全てが駄目になるわけじゃない。戻るんだ。仲間なら、絶対に離れるな。」
「…そうだな…。お前の言う通りだ。俺はまた間違いを犯す所だった。ブランデーと別れたことを後悔しない日はなかった…。」
「よし。」
 二人で崖を降りて、宿へと戻った。

 ジンジャーが、扉を開けた。
 一瞬、アリスはびくっとして振り向いたが、ジンジャーと分かると、布団から飛び出して、ジンジャーに抱きついた。
「ごめんなさい!ごめんなさい!ひどいこと言って!大嫌いなんて、嘘よ!あたし、ジンジャーを言葉で傷つけたわ!」
 アリスは泣きながら謝った。
「アリス…。ごめん…。」
 ジンジャーは目を閉じて、優しくアリスを抱きしめた。
「どうした…?」
 部屋に入ったフィンに、猫の姿になったテキーラが心の中に話しかけてきた。
(さっき、変な男が来たんだ。名前は確か…ラムとか言ってたな。そいつが、お前を探してたんだ。)
「ラム…?」
 ラムという言葉を聞いて、ジンジャーは目を開けた。
(気を付けろ。そいつはバンパイアだ。)
「何!?」
 フィンは驚いた顔をした。
「何でそんな奴が俺を探してんだ…?」
「フィン。テキーラは、何て言ってるんだ?」
(しかも、そいつはあたしたちを殺そうとした。でも何故か突然苦しみ出して、逃げていったんだ。奴は、あたしたちを殺すって捨てゼリフを残していったよ。なんだか、危なそうな奴だったな。最初は気持ち悪いほどにこにこして、銃を持った途端目つきが変わった。あんなのが仲間だなんて、認めたくないね。嫌な奴だよ。)
「そいつは、どんな姿をしてたんだ?」
(やたらでかい白い帽子を被ってたな。あとは、青いマントに、銃を持ってた。)
「白い帽子…?そいつはもしや…。」
「フィン。俺にもテキーラの言葉を伝えてくれ。」
「…つまり、昨日アリスを撃った猟師は、ラムというバンパイアだってことだ。」
「バンパイア…!?あいつが…!?」
「何だ?知ってるのか?」
「見た目がブランデーにそっくりで…。ブランデーだと思って声をかけたんだ。本人は違うと言っていたが…。しかしバンパイアだとは…。ますますブランデーだとしか思えなくなってきた…。」
「そうか。それで、確かめずにはいられなかったんだな。」
「ブランデーって、確かジンジャーの親友でしょ。」
 アリスがジンジャーにくっついたまま言った。
「…しかしそいつはどうかな。何しろ、そのラムという奴は、アリスとテキーラを殺そうとしたんだ。ブランデーは、そういう奴なのか?」
「とんでもない!ブランデーは、バンパイアになっても、人間を襲わなかったんだ!いつも血の渇きに苦しんでいた。とても優しい奴だ。人を傷つけるような奴じゃない!」
「だったら、そのラムって奴は、ブランデーに似ているだけなのかもな。」
「…それにしても、あまりにも似すぎているんだ…。一体どういうことなんだ…?」
 突然、外で何人もの足音がどかどかと聞こえてきた。
 そして、いきなりドアが乱暴に開かれた。
「お前ら!魔物だな!!」
 入ってきた人々は、口々に言って、フィンたちを捕らえようと、鎌や斧を持って身構えた。
「昨日の夜、猟師に撃たれた魔物が、その子供の姿になった。その子供は、化け物だ!」
「お前ら皆、仲間だろう!人の姿をした魔物もいるって話を聞いたことがある。」
「俺たちは仲間だ!お前らは敵だ!」
 ジンジャーはそう言って、入り口を塞いでいる人々に襲い掛かった。
 瞬時に、ジンジャーの爪がかまいたちのように人々を切り裂き、人々は倒れた。
 ジンジャーは倒れた人々の手から血を吸い取った。
 どさくさに紛れて、テキーラも一人の首に噛み付いて血を頂いた。
 部屋に入り込んできた人々は、皆殺された。
 フィンたちは窓から外へと飛び出し、日の光が照り付ける中を走り、逃げていった。

 トパーズの町から脱出した。
 街道からそれた人通りのない林の中を、フィンたちは歩いていた。
 夕暮れの中を、皆無言で歩いていた。
 林の中は涼しく、夕日も木々に遮られ、薄暗くなっている。
 ジンジャーはマントのフードを被り、テキーラは猫の姿に変身していた。
「…待て。」
 急にフィンが立ち止まった。
「魔獣の気配がする…。」
 フィンは、その方向へゆっくりと歩き出した。
 ジンジャーは、アリスとテキーラを引き寄せて、フィンの後方で身構えた。
 茂みの中から、金色の魔獣が姿を現した。
 わずかな日光を受けて、きらきらと輝いている金色の毛。
 目は赤く光り、鋭くこちらを睨みつけている。
 狼のような姿をした魔獣だった。
 金色の狼。
 今にも襲い掛かりそうな姿勢になって、牙を剥き出した。
「こいつは…。」
 フィンが呟いたとき、その金色の魔獣がいきなり襲い掛かってきた。
 仰向けに倒されたフィンの上に魔獣がのしかかり、赤く光る目で他の三人の方を睨んだ。
「フィン!」
 ジンジャーが駆け寄ろうとした。
「来るな!」
 フィンが、倒れたまま叫んだ。
「こいつは…ラムだ。お前らを殺そうとしている。」
「ラ…ラム…!?」
 ジンジャーは立ち止まって、目の前の魔獣を凝視した。
「フィン!」
 アリスが叫んだ。
「俺が引き付けてる間に、逃げろ!」
「引き付けるって、やられそうじゃないか!」
 金色の魔獣は、フィンの首に噛み付いた。
「やめてーー!!」
 アリスが絶叫して、フィンに走り寄っていった。
「アリス!」
 ジンジャーが止めようとしたが、間に合わなかった。
 アリスは泣きながら金色の魔獣の方へ飛び込んでいった。
 魔獣は後方へ飛び退き、フィンから離れた。
「フィン!!」
 アリスは魔獣を無視してフィンを覗き込んだ。
「俺は大丈夫だ。こっちに来るなって言ったのに。」
 フィンの首に牙の深く刺さった痕があり、そこから赤い血がどくどくと流れ出ていた。
「死んじゃやだーー!!」
「だから、大丈夫だって。しかし参ったな…。」
 フィンは身を起こして、こちらを睨み付けている金色の魔獣を見つめた。
「ものすごい殺意の塊だ…。説得が通じない。」
「ウウウウ…。」
 猫の姿のテキーラが唸り声を上げて、金色の魔獣に襲い掛かろうと、身構えた。
「テキーラを押さえとけ。ジンジャー。」
 フィンに言われて、ジンジャーは、飛び出そうとするテキーラを押さえつけた。
 立ち上がったフィンは、金色の魔獣をじっと見つめたまま、動かなくなった。
 魔獣、ラムもじっとしたまま、動かなくなった。
 二人は、睨み合っていた。
 たった数分間だった。
 しかし、フィンとラムの対峙していた時間は、それよりも長く感じられた。
 金色の狼は、茂みの中に消えていった。
「フィ…フィン!あいつは…!?」
 ジンジャーが焦ったように言った。
「待ってろ。まさかこの場で変身を解かせるわけにはいかんだろ。あいつは、自力で変身したり元に戻ったり出来るんだ。テキーラと同じようにな。」
 そして、すぐに茂みの中から青いマントを着たラムが現れた。白い帽子は手に持っていた。帽子を被っていない金髪が、わずかな光に照らされてきらきらと光っている。
「驚いたなあ。君…フィンは、魔獣の心が分かるんだね。」
 ラムは、笑顔を作った。
「猟師といっても、魔獣を殺すのではなく、魔獣の心を解き放って、浄化する能力を使って、魔獣を消しているんだね。でも、残念ながら、僕を浄化することは出来ないよ。バンパイアだからね。変身型のバンパイアさ。君と一緒にいるバンパイアたちは、ブランデーとかいう奴を探してるんだってね。でも僕がいくらそいつに似ているからといっても、ブランデーって奴ではないよ。」
「しかし、お前の心には、空白があった。」
 フィンが言った。
「つまり、記憶が一部失われているということだ。」
「アリスと同じだな。」
 ジンジャーが言った。
「…確かに、僕は旧世界のことをほとんど知らない。でもだからと言って関係ない。」
「お前は、バンパイアを滅ぼそうとしているな。」
「何だって!?フィン…それも心を読んだのか!?」
「ああ。こいつは、自分以外のバンパイア全てを滅ぼそうとしている。」
「その通り。」
 ラムは不敵に笑った。
「何を考えているんだ!?自分と同じ仲間を…。正気か!?」
「正気だよ。僕以外のバンパイアは、いらない。」
 にっこりと、ラムは微笑んだ。
「何故…。」
 ジンジャーの問いには答えず、ラムは、大きな白い帽子を被った。
「今は君たちを殺さないよ。そいつがいるからね。いくら僕が強くても、そいつには敵わない。僕の力が吸い取られてしまう。殺意が抑えられてしまう。不思議だね。」
 ラムは、フィンをじっと見つめた。フィンはさっきラムに噛まれた首の傷を包帯で処置していた。
「とても興味深いな…。」
「何故、俺たちを殺そうなどと!何を考えているんだ!」
 ジンジャーがラムに詰め寄った。
「お前は、自分以外いなければいいと、思ったことはないのかい?」
「…そんなこと、思うわけがないだろう。孤独を好むなんて、どうかしている。」
「僕は、他の奴らが邪魔なんだよ。人間は僕の獲物。僕のものなんだ。他の奴らや魔獣なんかには渡したくない。…これが理由かな?」
「人間を殺すために、他のバンパイアが邪魔だと?」
「そうだね。」
「…本当に、ブランデーじゃないんだな…。ブランデーは、バンパイアになっても人間を襲わなかった。あいつは、いつも苦しんでいた。人間を襲わなければ、死ぬほど苦しいのに、それに耐えていた。あいつは、人間の心を捨てなかったんだ。俺は自分をこんなにした人間を憎んだのに、あいつは憎まなかった。誰も恨まなかった。あいつは一人で苦しんでいたんだ。」
「僕は別に人間を憎んでいるわけじゃないよ。人間は獲物。それ以外の何でもない。君たちだってそうだろ?そのブランデーって奴がおかしいのさ。」
 ジンジャーは、突然ラムに掴みかかった。
「憎みたくて、憎んでいるわけじゃない…!記憶のないお前には、分からないだろうが…。」
「…離してくれ。僕はもう、君たちを殺す気はなくなったよ。何故かな。フィンに説得されたからかな。いつになく気分が穏やかなんだよ。」
 ラムは、ジンジャーに首元を掴まれたまま、笑った。
「お前が分からない…。」
 ジンジャーは手を離した。
「僕は実の所、自分が何者なのか分からないんだ。ラムって名前も、自分で付けたんだ。そのへんにあった酒の名前だね。だからブランデーと無関係ってわけでもないかもしれないよ?」
「…あんなに違うと言っておいて、今更何を言うんだ…。」
「君たちに分け前を与える代わりに、ブランデーを探すのを手伝うと言っているんだよ。」
「…仲間になるってのか?」
 ラムは笑って頷いた。
「…信用出来ないな。お前は、俺たちを殺そうとしただろう。仲間になると言っておきながら、隙を狙って俺たちを殺す気か?」
「信用しなくてもいいよ。僕は勝手についていくから。殺すか殺さないかは、分からないけどね。とりあえず、フィンがいる限り、君たちは安全だということは言っておこう。僕は、フィンが気に入ったんだ。」
 フィンは複雑な表情でラムを見た。
「…フィン。お前は、バンパイアに気に入られる体質のようだな…。」
 ジンジャーも、複雑な顔でフィンを見た。フィンは困惑していた。
 アリスは、大きな黒い瞳で、じっとラムを見ていた。
「怖い…。」
 アリスは震え出して、フィンにしがみついた。
「いや…あの人…いや…。」
 それでも、アリスはラムを見続けていた。
「大丈夫だ。俺が守る。」
 ジンジャーが、アリスの頭を撫でた。
 アリスは、ラムを見つめたまま、がたがたと震えていた。

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