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【小説】15光年


※この物語はフィクションです。細かい設定は実際と異なるものがあります。






「ねぇ、星って独りなんだって。地球からみたらお隣で仲良くしてるみたいに見えるけど、ほんとはすごく離れてるんだって。」

******

なぜ最近、あいつの事を思い出しているのだろう。

こんな真っ昼間に、星も見えないのに。

「ゆきちゃんせーんせーい」

振り返ると、先週が期限のはずの夏休みのレポートを持った学生が立っていた。

「ぼーっとしちゃって、夏休みボケですか?」

「ボケてるのはお前の方だろう、1週間も過ぎてるんだぞ。」

「へいへーい。てかゆきちゃん?」

「なんだ。先生をつけなさい。」

「なんで宇宙についての疑問っていう課題なんですか?ゆきちゃんの教科って化学ですよね?」

私は高校の教員だ。教員免許は理科で取得したので化学物理生物、もちろん地学でも一通りは教えられる。私は元々地学分野が守備範囲なのだが、不幸なことに赴任先のこの高校には地学の授業がない。今年は化学を担当しているが、地学と少しでも繋がっていたかったのかもしれない。なぜか今年の夏は特に、宇宙の事をなにげなく考えていた。

「私は理科教員だ。化学だろうと宇宙だろうと理科は理科だ。お前も理系なんだからどちらもできるようにしておきなさい。」

「はぁい。じゃねゆきちゃーん。」

「吉藤先生だ!ぼけ!」

放課後の賑やかな渡り廊下で小さなため息をついた。若い女教師とはここまで舐められるものなのか。

******

私が宇宙に興味を持ったのは、小学校の頃だった。キャンプファイヤーのダンスでペアになったユウキが、練習中ずっと宇宙の話をしてきたのだ。

ユウキはクラスの中で浮いているわけではなかったが、別段誰かと遊ぶ様子はなかった。いつも空を眺めているか、宇宙関連の本を読んでいた。

誰もその姿を気に留めることはなかったが、いつも教室で友達と絵を描いていた私はよく目に入ったので気になっていた。

「いつも読んでいる宇宙の本、何が面白いの?」

止まらない宇宙の話に耐えきれずふとそう聞いてしまったのがいけなかったのだ。宇宙への関心などなかったのに。

あの時のユウキの輝く笑顔は忘れられない。

それからユウキは私に毎度のごとく豆知識を教えてきた。はじめは練習中にひそひそとだったのだが、だんだん大声で話すものだから、2人でよく先生に怒られていた。だがユウキは全く懲りることなく、そのうち教室でも話しかけてきて本を自慢げにみせてきたのだった。私はユウキの圧になぜか弱かった。あんなに夢中に話せるものが自分にはなかったので、ユウキが羨ましかったのかもしれない。宇宙にうっすらと興味を覚えたこともあり、話しかけられた時は邪険に扱うことなくいつも時間の許す限り最後まで話を聞き続けた。

完全に受け売りだったのだ。そして彼のプレゼンがよほど上手かったのだろう。私は有名な地学研究会のある大学に進学し、星同士の距離をはかる研究をしようと志した。それもまた、ユウキの影響だった。

「あの星とあそこの星はどれくらい離れてるんだろう?どうやって分かるんだ?」

教室の窓から昼なのにやたら光る星をみながら私は言った。

ユウキはニヤッと笑った。

「ね!ゆきちゃん。約束しようよ。」

「約束?」

「2人でさ、宇宙にある星全部の位置関係を突き止めるんだ。俺は空から。ゆきちゃんは地上から。」

「そんな全部って…え、空から?」

「そ!俺宇宙飛行士になるから。高校卒業したらすぐ準備始める。」

「大学は?」

「行く必要ないだろ、もう大体頭にはいってるし。」

「はぁ…」

「じゃ!地上は任せたからねゆきちゃん!」

それからユウキは私がのんびり就活して新任教師になる頃には、史上最年少で宇宙飛行士の資格を得ていたらしい。お互いに連絡無精だったので高校卒業以来ろくに連絡を取っていなかったのだが、ニュースで知った。

******

彼はもう地球の外をみているのだろうか。私が宇宙から離れている間に。

そう思いながら、ベランダでビールを飲みながら星をみていた。結局私は地上で何をしていたのだろう。星の距離をはかるという卒論もテーマが曖昧ということで実際は全く違うことを研究せざるを得なかったのだ。そもそも星の距離も計算の仕方もだいたいすでに解明されている。それを私が知ったのは愚かにも大学に入ってからだった。だが、博識な彼はそんなこと知っていたはずだろう。どうしてあんな約束なんてしたんだろうか。

まぁ、今からでも遅くはない。約束は約束だもんな。

部屋にはいってテレビをつけた時、小学校からの友人の夏帆からの電話がなった。

「ねえ!今すぐテレビみて!ニュース!」

「なんだよ騒々しいな、いまつけたところだが?」

「蒼井くんが!ユウキくんが…!」

後半の言葉は聞くまでもなくテレビの画面から入ってきた。

『最年少宇宙飛行士蒼井裕希、ロケット着陸失敗により即死』

『…非常に残念なニュースですが、ここで出立前の未公開独占インタビューを追悼として流させていただきます。このインタビューは蒼井さんの希望で、帰ってきてから公開してほしいということでした。』

『「今回初めて宇宙に旅立たれるわけですが、楽しみにしていることはありますか?」

「もちろん!私は小さい頃から宇宙が大好きで。この目に全て焼き付けるつもりです。

あとはそうですね、大事な人との約束をやっと果たせると思うと、楽しみです。」

「約束というのは?」

「星同士の距離を全て明らかにするというものなんです。俺は空から、あいつは地上から。まぁ実を言うと星間の距離というのはおおかたもう明らかになっているし宇宙からできることは限られています。ただ、同じ夢に向かっているという事実を作りたかっただけなんですよね…同じ世界に引きずり込みたくて。それにあいつ約束だけは守る奴なんですよ。ふたりで解き明かすぞっ!なーんて、照れますねぇアハハ」

「もしかして彼女さんですか?」

「そんな!怒られます!…まあそうなれたらいいですが、なれるかどうかは僕の研究成果次第ですね。やっぱかっこつけたいんでね。

星の距離で言うと織姫と彦星、15光年も離れているんですよ。1光年がだいたい10兆キロいかないくらいなので、私たちの感覚では絶対会えないですよね。でも、彼らは年に一度は会えている。そう信じた方が都合がいいでしょう?

こんなに遠い2人が愛し合えているんです。あいつと俺も宇宙を通して必ず繋がっている。なにしろお互いの名前からしてもう運命で…これは言っちゃダメか。

まぁ今はそれでじゅうぶ…………あ……すいませんこれもしかしてプロポーズになったりします!?やーどうしよう、あの帰ってくるまで流さないでもらえますか?いやぁ語っちゃったなぁ!ははは…」』

ユウキはいつもの調子のままテレビで話しすぎたと焦ってわたわたしていた。本当ならほっこりされるべき映像だったはずだ。

『日本最年少宇宙飛行士、宇宙への夢果たせず』

そんな無慈悲なテロップと共に映し出されたユウキの笑顔をみながら、博識なくせに相変わらず自分語りばかりで会話ベタな奴…なんて不謹慎にも懐かしく感じてしまっていた。

******

その年の春、私は高校教師をやめることにした。

「ゆきちゃんせんせーい!裕希先生ってば!」

「その呼び方やめなさいと何度も…」

「俺さ、宇宙飛行士になるわ!」

「なんだ急に。医学部志望じゃなかったのか?」

「先生が出してくれた課題、わりと楽しくてさ。俺宇宙なんて全く興味なかったんだけど、先生のおかげで知るきっかけになったよ。それに去年日本の人しんじゃったじゃん?あの人の心、なんかかっこいいなぁって。それみてたらさ、次は俺がなってやるーってなったんだよね。かっけーだろ?」

「…宇宙を甘くみるんじゃない。なにしろ相当な距離があるんだから。1光年がどれだけあるか知ってるのか?」

「1光年?なんか光だと超はやいやつ?」

「…お前宇宙飛行士なる気あるのか」

「ねぇ、先生はやめてどうするの?」

「そうだな…私は約束は守る奴らしいからな。」

「…ふーん?」

お互いにいつか届くからと、宇宙に比べれば近いからと会うことをしなかった。それがいつの間にか宇宙と地球よりも遠く一生届かない距離になってしまった。私はあの日から毎日のように空を見上げている。

そうだ、あいつの代わりに私が宇宙にいこうか。そう思った日もあったが、私は地上って彼がいっていた。私を危険にさらさないようにしてくれたのだろうか、そんな風に都合よく考えていたがおおかた自分が宇宙にいきたいだけだったのだろう。

私は教師をやめたその日、約束をしたあの日と同じように真っ昼間にやたらと光る星をみた。

約束なんかなくたって、私たちはいつまでも宇宙を通して繋がっている。だってそう信じた方が都合がいいのだから。