見出し画像

万年筆がくれたもの、受けとりました?

「ペリカンの万年筆を買った!」
いつだったか父が興奮気味に話しかけてきたことがある。

欲しい欲しいと思っていた「ペリカン」の高級万年筆をとうとう手に入れたらしい。
憧れの万年筆を手にし、サラサラとペン先を紙にすべらせて父はとても嬉しそうにしていた。

今回は、そんな万年筆に浮かれた父との思い出のお話。


私と万年筆の出会い、父とともに

その日からしばらくして、父と神戸へ出かけていたある日のことだ。

「ももこにも、万年筆を買ってあげようか?」

よほど万年筆を気に入ったのか、父は私にも「買ってあげる」と声をかけてきたのだ。

おそらく「買ってあげたい」というよりも「万年筆の良さを知ってほしい」という気持ちの方が大きかったのではないかと、今はそう思う。

私は父がどういう思いで声をかけてきたのかなど全く考えず、「もらえるものはもらっておこう」精神で「欲しい」と返事をした。

これが私と万年筆の出会いとなった。


我々は早速大きな本屋の万年筆コーナーへ向かい、一緒に万年筆を選んだ。

どれも大事そうにケースに並べられ、つやつやと輝いている。初めて見る万年筆に対して私はどう選べばいいのか分からず困惑したが、手ごろな値段でデザインが気に入るものをチョイスすることにした。

私が選んだのはセーラーのオレンジ色の万年筆だ。

万年筆を選んだら次はインクも必要になる。数あるインクの中から私は「六甲グリーン」というカラーを選んだ。
「六甲」と名前についているとおり、神戸の六甲山をイメージしたグリーンだ。

神戸に来ていたからその記念と、私が1番すきな緑色。この時の私にピッタリのカラーだった。

ブルー系を選んでほしかった父からは「緑かぁ…」と、ちょっと不満そうな声が漏れていたのを私は聞き逃さなかったが、使うのは私だから遠慮はしない。

万年筆だけでなくちゃっかりとインクを買ってもらった私は、こうして万年筆デビューをはたした。

もう10年以上も前の日の出来事である。

画像1


万年筆がくれるもの

私は、「万年筆のいいところ」ってこういうところだと思う。

例えば、ボールペンやシャープペンシルを買った日のことを鮮明に覚えているだろうか?

今、あなたの手元にあるペンは、いつ、どこで、どんな風に買って、どんなエピソードがありますか?と聞かれてもあまり思い浮かぶことはないのではなかろうか。

でも万年筆の場合、10年以上前の出来事でもこうしてしっかりと思い出すことができる。

父が「緑かぁ…」とちょっと渋ったことすら覚えているんだ、私は。

なぜ万年筆の場合こんなに鮮明に覚えているかと言うと「しっかり選ぶ」からであろう。

決して安い買い物ではないので、それぞれの特徴を見比べ、書き心地を試し、デザインやカラーを選ぶ。

万年筆だけではない。

インクだって、どれにするか結構悩んでしまう。

スタンダードで使い勝手がいいブラックか。いやいやでもせっかくだから黒以外がいいな。

クールなブルー系も、捨てがたい。グリーンも優しくていいな。あ、パープルもいいかも!

そんな風にインクだって目移りしてしまう。


そうなると思い出に刻まれるのは当然なことであろう。万年筆は書き心地の良さや味のある字だけでなく「買った時の思い出」も私たちに与えてくれる。

あまりいい表現ではないが、私はいつか父と死別した時にもこの万年筆を買ってもらった日のことを思い出すだろう。

もしかしたら、その日の日記もこの万年筆で書くかも知れない。
きっと文字がにじむに違いない。それが万年筆のインクそのもののにじみか、ぽたぽたと流れ落ちる私の涙によるにじみか、それはどちらかわからない。

にじんでしまうこともまた、万年筆のよさだろう。そうして万年筆は日記帳とともに私に新たな思い出を増やしてくれる。

画像2

etsuさんの本

私が今回万年筆の記事を書いたのは、etsuさんの書籍を読んだことがきっかけだ。


etsuさんの本には万年筆を使うメリット・万年筆の選び方といった万年筆初心者やこれから万年筆を買おうか迷っている段階の方が知りたい情報が丁寧に書かれている。

この本では「どの万年筆をどう選んだらよいのか分からない方はご相談ください!」とetsuさんの熱い思いとともにSNSへのリンクが何度も貼られている。

「万年筆を買ってあげようか?」と声をかけてきた私の父の、「買ってあげようか?というより買ってあげる!というより、万年筆を使ってほしい!万年筆の良さを知ってほしい!」という思いと通ずるものがあると感じる。

万年筆を使って、良さを知ると「ぜひ使ってみてほしい!」と熱い思いがわいてしまうものなのかもしれない。

そして何よりおもしろいのは、この本の前半部分を占める「etsuさんと万年筆の出会い」のエピソード部分だ。

上司の書く指示書の字に憧れて万年筆を求めるetsuさんの、実にまっすぐで素直な行動が分かりやすく描かれている。

20年近く前のエピソードをこんなにもこと細かく思い出して文章にできるというのは、それだけ「万年筆がくれた思い出」がetsuさんの中に深く刻まれているからであろう。

私が、10年以上前の神戸での1日を未だに鮮明に思い出せることと同じだ。



万年筆はこうしてその1本1本にエピソードがあり、気づきがあり、そしてまたその先のストーリーがある。

これが万年筆のくれる楽しさだと私は感じる。

あなたはもう、万年筆からの贈り物は受け取りましたか?
あなただけの思い出を運ぶ万年筆が今、どこかであなたを待っているかもしれません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?