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マリッジリング・ストーリー 【ショートショート】

深夜1時、隆史は隣で寝ている香織に気づかれないよう彼女の中指から慎重に指輪を外した。

ゴンゴンと音を立てるドラム式洗濯機の前に座り込み、盗んできた指輪を見た。普段からジュエリーを身につけない香織が1週間前から突然身につけ出した指輪だ。装飾がなく究極にシンプルながらもエレガンスで吸い込まれそうな魅力がある。

指輪の内側を覗くと、見たことのないブランド名と刻印を見つけた。

ONE MORE LIGHT (July 20, 2017)

「ワン・モア・ライト。。。なんの日付だよこれ・・・。」

指輪をSearch by imageで検索するとすぐにブランド名と一致した商品サイトに辿り着いた。

「30万円のマリッジリングかよ。。。しかもこれ、男性用じゃん・・・。」

香織とは昨年入籍したばかり。
まさか香織が不倫をしていたとは思いもせず、隆史はうなだれた。

意識を失いそうになりながらも隆史の指はネットサーチを続けた。

刻印されたワン・モア・ライトは隆史と同世代の男性なら誰でも名前を聞いたことのあるアメリカのロックバンドの楽曲であること。刻印された日付はそのバンドのボーカリストが自殺した日であること。ボーカリストの自殺後、その楽曲が彼に捧げられた曲になっていることが分かった。

香織には普段から音楽を聴く習慣もない。

眠ることが出来ないまま、隆史は朝を迎えた。

「香織。おはよう。ごめん。話があるんだけど。」
「おはよう。珍しく朝早いね。顔だけ洗ってくるからその後でもいい?」
「うん・・・。この指輪のことで。」
「あっ。えっ。なんで持ってるの?!」
「ごめん。昨日の夜、香織の指から外した。」
「・・・。分かった・・・。ちょっと待ってて。」

戻ってきた香織は深く深呼吸をした。

「ごめんなさい。自分でも気持ちの整理がついていませんでした。」
「・・・。」
「この指輪のこと、隆史にもちゃんと話したいです。」
「・・・うん。実は指輪の内側の刻印見ちゃって。」
「今夜、ちゃんと話します。それまで、少しだけ、待ってて欲しいです。」
「・・・分かったよ。」

香織は毎週通っている水墨画教室に行き、隆史は何もせず一日を過ごした。

「ただいま。お待たせ。今朝のこと、話したいからついてきてくれる?」
「うん。って今からドライブ?」
「そう。工場夜景が見えるところまで。ちょっと行ってみよう。」

香織が運転すること1時間半。
港に到着し、車の中から海を見つめる中、香織が話し始めた。

「あの指輪はね。譲ってもらったの。」
「・・・はい。。。」
「水墨画教室でずっと仲の良かった由里子。彼女の話はしたことあるよね?その子から。譲ってもらった。」
「え・・・。あ・・・。そうだったんだ・・・。うん。。あのカッコいいモデルみたいな人だよね。一度だけ会った事がある。オーラがあって芸能人みたいだった。」
「そう。。由里子がね1ヶ月前から急に教室に来なくなっちゃって。連絡しても既読にならなくて。おかしいなって思ってたんだけど。。。先生経由で、由里子が亡くなったって聞いたの。」
「・・・え。病気?・・・自殺?」
「・・・。由里子が残した遺書にこの指輪を私に渡して欲しいって書いてあった。先生に住所を聞いて。由里子の実家。お母さんに挨拶に行ったのが1週間前。由里子の部屋には私が描いた作品がたくさん飾ってあった。」
「・・・うん。」
「・・・指輪にあった刻印のことは調べた?」
「・・・少しだけ。」
「曲はもう聴いた?」
「曲?・・・ううん。まだ。。俺、勘違いしてて。そんな気分になれなくて。」
「由里子が大切にしてた曲。この場所で隆史と一緒に聴きたくて。いい?」
「うん。わかった。」
「じゃぁ、かけるね。」

バラード調の曲が流れはじめ、周りの音が消えた。

” 光が一つ消えたって誰が気にかけてくれるだろう?
 無数の星がある空の中では一瞬の光に過ぎない
 一つの命が終わったとして誰が気にかけてくれるだろう?
 一生なんてほんの一瞬、いやもっと短いとしたら
 光が一つ消えたって誰が気にかけてくれるだろう?
 僕は気にかける 僕は気にかけるよ"

「私。由里子のことを忘れない。。。なんで居なくなっちゃったのかも分からない。。。でも、由里子が大切にしてた指輪も由里子との思い出も、ずっとずっと抱えて生きていきたい。。。」

たくさんの小さな光の粒を海面が飲み込み、幻想的に表情を変え続ける様を眺めながら、隆史はそっと香織の手を握った。

そこにはマリッジリングの冷たい感触があった。

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