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ある人を好きになった

笑えば切れ長の二重がヘニッと折れ、だけど歯は見せずに口角が上がる、優しそうな見た目の人だった。
でも私の彼への第一印象は優しそうな人ではなく、なんだか不思議な雰囲気の人だなあ、だった。

エイヒレをつまみながら彼は、低めの身長に昔は悩んでたけど今でこそ個性と思え、気に入ってる、僕より小柄な君は新鮮だなぁ、と言った。
新鮮だ、とポジにもネガにも属さない丁度いい表現をするところがいいと思い、彼のことを好きになった。

古着と音楽が好きな彼は、同じく古着と音楽が好きな私を、高円寺のkanaや目黒のwaltzに連れて行った。私が店頭でいいなと言ったもの別の日に突然プレゼントしてくれるような粋を持ち合わせていて、私は本当にそれが欲しいわけじゃなかったけど、彼のその心意気や気概が嬉しくて、好きだった。

彼の好きなところは他にもある。
私に優しいけどちゃんと自分自身のことを大切にしているところ、手が綺麗なところ、その手は互いの友人の前でも臆さず私の手を離さないところ、口笛下手なのに酔えば私が半ば怒るまで吹き続けるちょっとうざいところまで好きだなと思えた。

好きが色々あるけれど、その中でも関心を伴って好きだなと思えることが一つあって、
それは彼が視える人、霊感がある人ということだった。


元々オカルト好きがこうじて私たちは交際に至った。もっといえばオカルト掲示板のオフ会が出会いだった。
この人の書くエピソードはリアリティあるなぁと、読み専の私はなんとなく同じIDの人の投稿を追っていた。出会う前から私は彼に強い関心があった。

交際してから、オカルト掲示板に書かれていたのは全て彼自身の実体験であったと知る。

ねえ、何かお話聞かせて。
せがむと彼は、またぁ?とニコニコしながら掲示板にも書かれてた話をする。
「僕がね、視えるようになったのは突然で。
上京して半年経ったある日の帰り道、家と家の間に隙間あるでしょ?そこに子供がこう、ギュッと入ってた。無理矢理押し込まれたみたいに。
で、目はギョロギョロで身体は異常な形してたし、あ、これは人じゃないなって。思わず声が出て、バッチリ目が合ってしまい、逃げるように帰った。寝て忘れようとベッドに入ろうとする。
そしたら居たんだよ、ベットと壁の隙間。それから何をするでもなく暫く家の隙間のどこかに絶対いて、こっちを見てんだよなあ。それが多分初めての体験。」
「病院や墓地の近くもダメ。僕は目的地行く時のルート決めてて、絶対にその辺りは通らない道選んでる。誤って近寄ると、少しの間憑かれることもある。」




この日も私は出先のカフェでいつものように彼のエピソードを身を乗り出して聞いていた。
でも、悪霊に憑かれてなくてよかったよねえ、と私が言うと彼は、でも実は君と出会う一年くらい前にさ、と少し俯きながら話を続けた。

「君もだけど、僕って散歩好きじゃん。
酔っ払った帰り道直ぐに家に帰りたくなかって、家とは逆方面にめちゃめちゃに歩いてたのよ。音楽聴きながら。結構な夜中だったし、大通り歩いてもどうせお店閉まってるしなぁ、で、
なんとなく住宅街の方歩き回ってた。
そしたら、住宅街のど真ん中に、小さな祠みたいなのがみえて。こけしみたいな小さいお地蔵さんがポツンとあるだけの古い祠。
普段の僕なら気にも留めないような祠なんだけど、酔っ払ってて気が良くてさ、賽銭箱もないのに、ポケットにたまたま入ってた5円玉をお地蔵さんの前に置いたのよ。
なに願掛けしたかも覚えてないしただ両手合わせて帰っただけなんだけど、」
彼はアイスティーをギュンと飲んで続ける。


「なんでか、それからずっと調子悪くて。
2ヶ月に一度くらい骨を折るか病気して、仕事も不祥事に巻き込まれて降格した。
僕は自分に憑いてきてるものは視える筈だけど、不調の原因の奴は視えないんだよなあ。
初めて家で盛り塩したら、一部黒くなってしまった。」
そんなことあり得る?

「そう、訳がわからなかった。
電気を消してベッドに入って目を瞑ると、すぐ近くに気配は感じるんだ。多分だけど、僕の顔のすぐ前に“それ”がいて、
……ほら、目を瞑って自分の手を目の前に近付けてみ。生きてるから温かい気配するよね。でも“それ”は多分冷たいんだろうね、ひんやりしたものが目の前に居るって分かるんだ。
目を開けたら駄目だと本能的に感じるも、開けたこともある、でも何も視えなかった。再び目を閉じるとまだ冷たいんだ。
ヤバいものに憑かれたと思い、お祓いに何度も行こうとしたけど、急に大事な予定が入ったり、向こうの都合で断られたりが続いてさ。」
えっ大丈夫なの?

「大丈夫じゃなかったよ。結局祓えず仕舞いだった。思い当たるのが住宅街の中にいたあのお地蔵さんしかなくて、謂れがあるか調べたんだけど、どこにも出てこない。
ただ、ひとつ分かったことがあって。」
ひと息ついた彼が真顔になった。

「住宅街の中に突然ポツンとある祠とか、祀られてるような所って昔からその地域に根付く不幸や悪霊や、兎に角悪い物を閉じ込めているんだって。だから、ほんとは近づいては駄目ってさ。
もしかしたらあの祠は、相当邪悪なものを閉じ込めてたのかもしれない。」
でも、あなたはお賽銭したし…

「そう。でもね、彼等は分かんないんだって。
その判別がつかないくらいの悪霊になってしまってる。」
そんな、どうしようもないのかな…
「きっと運が悪かった、仕方がないんだよ。」
でもね、と私の目を見ながら彼は続ける。

「君と出会ってから、毎日楽しいし、幸せだし、なにより僕は調子がよくなった。そうそう、もう一つ分かったことがあって。」
分かったこと?

うん、と彼は顔を上げた。

「どういう訳か分からないけど、僕に憑いてる“それ”が、君に移ったかもしれなくて。」
えっ。

口角をグイと上げ、歯を見せた笑顔になった。

「僕、初めて“それ”が視えたよ。
憑かれてる間は視えなかったけど、“それ”、今まで視えたもので一番黒いんだなあ。君にまだ何も悪さをしてないみたいだけど、たぶん時間の問題かなぁ。」


ワンテンポ遅れて理解し青褪める私を横目に、
こればっかりはさ、仕方がないよなあ、と言いながら底をついた私のカップに紅茶を継ぎ足した。



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