再掲【ある文章】「桜」
会社からの帰り道
駅から家へと繋がる坂道の手前にある公園で立ち止まった
街灯の白い光に照らされて
桜の木が浮かんでる
少し間隔を置いて三本並んでるその風景を
何回、何十回、何百回、何千回と見てきた
一番咲き誇る時期がもう終わろうとしてる
毎年、この三本のうちの一本だけが散るのが早い
ほぼ同じ場所に立ってるのに
ほぼ同じ時間を過ごしてるのに
その一本がもう葉桜となっていた
桜色の花びらもいいけど この黄緑色の葉も鮮やかな色でいい
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散らない花はない
それは「消えない命はない」とほぼ同義だ
永遠に咲き続ける花などない
咲いた瞬間から花は散る瞬間へと時を刻む
この世に生を享けた僕らが
産声を上げたその瞬間から
いつか分からないけれども確実な死へと向かうように
どこでこの命が喪われるのだろう
ただ一度きりの「生きる」こと
もう二度と歩むことのできない過去をずいぶん積み重ねてきた
今夜、その場所で桜をしばらく見上げてた
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去年の今頃 好きになれたかもしれない人と連絡を絶った
僕がほんの少し言葉を違えてしまった
それを静かに責めるその人の言葉を
僕も静かに受け入れてそして手を振った
その人は僕に引き止めて欲しかったのだろうか?
今頃になって
もう聞くこともできない問いかけをふと思った
例えば、そんな風に
ちぐはぐなことばかり繰り返してる
その繰り返しの中で僕は素直じゃなくなってきた
ずっと笑って過ごすことでごまかしている
確か、素直な色でいれた時もあったはず
いつか、鮮やかな色を持っていたはず
いつから僕はこうなったんだろう
ざわめきの中に聴こえない音があることを知った時だろうか
誰かのささやき声が僕には何の言葉にもならないことを知った時だろうか
聴こえないことに僕は確かに怯えてしまった
そして、今も笑いながら怯え続けてる
考えてもしょうがないことが
ぐるぐる僕の頭の中を回る
桜のさらに上に視線を向けた
ここからは月が見えないから
冷たい空気を浴びるだけだ
まだ夜の中だ
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でも、僕は知っている
闇を消す光は僕自身が持っている
か細い光がいつもこの胸の内で灯ってる
その光が大きくなるようにと信じればいい
そしてその信じるところにしたがって生きればいい
散らない花はない
だから美しく咲く
消えない命はない
だからその生が輝く
幸せだと思う方へ この光をかざそう
明けない夜はない
必ず朝は来る
その繰り返しの中で僕はまた変われるだろう
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今夜、その場所で
白い光の中を静かに散る桜の花びらを見つめながら思った
「来年の春、また会おう」
今年とは違う花びらに
今年とは違う笑顔で
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