バターでチョコレートを作った話
ナショナルデパート秀島です。
普段はカノーブルというブランドでバターを作っていますが、今日はリバースエンジニアリングの手法を用いてチョコレートを再構成する試みについて書こうと思います。
僕の考える食のリバースエンジニアリングとは、すでにある食品の原材料を分析・解析して、一部また全部の原材料を置換して、今までにない新しいものを生み出すことです。
専門的なところを詳しく解説すると長くなるので、数値や名称はざっくりとした感じになると思います。このへんはご了承ください。
どうしてチョコレートを作ろうと思ったのか
カノーブルのバターは“食べるバター”を提案しているのですが、国内で「バターを食べる」という感覚がなかなか伝わりにくかったのですが、スイーツをモティーフにしたバターの反応が良くなってきて手応えを感じていました。
で、もっとダイレクトに“バターを食べる”という行為に馴染んでいただこうと思い、馴染みのあるチョコレートをバターで作るというチャレンジしてみようと。
チョコレートといえば最近はビーントゥバーなどが人気ですね。カカオ豆の産地に赴いて仕入れたり、フェアトレードを提唱したり、デザインにこだわったりと様々なアイテムが世界中で生み出されています。
じゃあ、素材や製法にこだわったチョコレートをバターで作ってみよう!ということになりました。
過去に作ったチョコレート使用のバター製品
とはいえ、すでにチョコレートを使ったバターは販売しています。
マダガスカル産カカオのチョコレートを細かく刻んで国産発酵バターに練り込んだもので、バターとチョコレートが混ざらず味わえるので、産地によるカカオの特性(マダガスカルなら酸味やベリー香)が活きてます。
これはバターとチョコレートの融点の差を利用して、口内で溶ける順番を「バター>チョコレート」と言う順番にコントロールできるよう設計しています。いわゆる口溶けですね。
いままで作ったチョコレートを使用したバター製品は、あくまでバターとチョコレートを口内で溶かして一体にして味わうという設計です。今回の開発テーマ「バターでチョコレートを作る」とは別の思想で作られています。
で、この口溶けをコントロールすると、味覚にどのような作用があるのかを図示したものがこれです。
口溶けの時間差で味を設計する
バターは20℃くらいから、チョコレートは28℃くらいから溶け始めるので、口内に入れた瞬間からバターは溶け始めます。
バターが溶け始めると練り込んでいる粗塩の結晶が舌に触れ、脳はまず塩味を知覚し、次に脂が溶けることで旨味を知覚し、最後にバターに含まれる乳糖によって甘味を感じます。
一方チョコレートは28℃あたりから溶解開始するので、口内でバターが溶けて脳が脂の旨味を知覚するくらいからカカオの香りが鼻に抜け始め、バターの乳糖(甘味)を知覚するタイミングでチョコレートの個性である酸味や苦味を知覚し、最後はチョコレートに含まれている砂糖の甘味でフィニッシュする設計です。
この、口内で異なる味が混ざり合って新しい食味を生み出すことを、僕は「カプチーノ理論」と呼んでいます。
柔らかく甘みのあるミルクフォーム(泡)と苦味のあるコーヒーの異なる傾向のが2層になって上顎と舌で異なる知覚を得ることで、口内で新しい味として完成するということです。
今回の「バターでチョコレートを作る」というテーマは、リバースエンジニアリングの手法を用いてチョコレートを再構成するという手法で実現していきます。
チョコレートでありながらも、同時にバターでもある、バターの口溶けなのに味はチョコレート、というのを実現するには原材料を組み替えて再構成しなければいけません。原料を再構成する理由は以下の3項。
原料を再構成する理由
1.融点を調整する(口溶け)
2.着色・着香する(個性)
3.栄養素を調整する(食味)
上記をふまえてバターでチョコレートを作るという作業に進みます。
チョコレートを知る
バターでチョコレートを作るためには、まずチョコレートについて知らなければいけません。チョコレートは何から作られているのか、バターでチョコレートを作るには、どの原材料を置換するか、どの工程でバターを加工するかを検討していきます。
チョコレートはカカオ豆が主原料です。
カカオ豆の胚乳を発酵、乾燥、焙煎して石臼などですり潰す(磨砕)したものが液状の「カカオリカー」となり、そのまま冷却すれば「カカオマス」になりますし、「カカオリカー」を圧搾すれば「ココアバター」(カカオ豆の脂肪分)を取り出すことができ、残りは「ココアパウダー」になります。
カカオ豆を加工して得られる素材
カカオリカー(カカオ豆を磨砕した液状のもの)
カカオマス(カカオリカーを冷却固化)
ココアバター(カカオリカーを圧搾)
ココアパウダー(ココアバターを取り出したあとのココアケーキを粉砕)
カカオ豆は加工されることで、カカオリカー、カカオマス、ココアパウダー、ココアバターの4種類の状態となって、チョコレートを構成する主要な素材になります。
チョコレートの定義
チョコレートはその表示について決まりがあります。
チョコレート類の表示については、昭和46年3月、不当景品類及び不当表示防止法の規定に基づき、公正取引委員会の認定を受けた「チョコレート類の表示に関する公正競争規約」(以下「表示規約」という。)が設定されています。
この表示規約の中で製品中のカカオ分の含有率によって表示できる品名が決められています。
チョコレート製品の区別
・チョコレート(チョコレート生地が60%以上)
・準チョコレート(準チョコレート生地が60%以上)
チョコレート、準チョコレート、この違いを区別する基準となるのがチョコレート生地と呼ばれるもので以下の表のように規定されています。
ここでいうカカオ分とは、カカオニブ、カカオマス、ココアバター、ココアケーキ、ココアパウダーの合計を指します。
上記の表から見ると、カカオ分が35%以上、そのうちココアバターが18%以上であれば「チョコレート」と呼ぶことができます。
このチョコレート生地だけのもの、あるいはチョコレート生地が60%以上のものだけが「チョコレート」と表示できるので、今回はこの「チョコレート」表示ができるバターを作っていきたいと思います。
チョコレートの原料
チョコレートとして成立させるためにはカカオ分の割合が重要ということなので、これに含まれるカカオニブ、カカオマス、ココアバター、ココアケーキ、ココアパウダーについて少しまとめます。
カカオ豆
このカカオ豆の胚乳を発酵乾燥したものを焙煎して、粗く粉砕したものを「カカオニブ」と呼び、さらに石臼などですり潰す(磨砕)したものを「カカオリカー」と呼びます。外皮と胚芽は工程中で除去されます。
カカオリカー
焙煎したカカオ豆(カカオニブ)には40%〜50%の脂肪分(ココアバター)が含まれているので、磨り潰していくとドロッとした液体になります。この液状になったものをカカオリーカーと呼びます。状態は練りごまをイメージすると分かりやすいかも知れません。この状態のものに砂糖を加えて冷やし固めてつくるビーントゥバーもありますね。
カカオマス
カカオリカーを冷却・固化したものをカカオマスと呼びます。写真で言うと真ん中奥のブロック状のものですね。主にチョコレートの原料として利用されます。この状態でカカオマス中にはココアバターが55%含まれています。
ココアバター
ココアバター(写真中央の白いもの)はカカオリカーから圧搾してつくられます。ココアバターを取り出した残りを「カカオケーキ」と呼び、この「カカオケーキ」を細かく粉砕したものが「ココアパウダー」となります。
チョコレートの構成
ここまでチョコレートを構成する原材料について見てきましたが、ここでチョコレートを構成している原材料の割合を見てみましょう。まず、一般的なビターチョコレートを構成している原材料の割合を見てください。
これがチョコレートと呼ばれているものの基本的な構成です。左側のグラフは原材料の構成です。右のグラフはカカオマス中の55%を占めるココアバターを残りのココアパウダーと分けた場合を示しています。
これを見ると、チョコレートの香りや苦味を受け持つ「ココアパウダー」よりもカカオ豆の脂肪分である「ココアバター」のほうが構成比率が多くなっているのが分かります。ここにバターでチョコレートを作るヒントがありそうです。
※「カカオマス」中から「ココアバター」を除いた成分を便宜上「ココアパウダー」と表記しています。
バターでチョコレート作る定義を決める
続いて流行の「ビーントゥバー」を見てみましょう。「ビーントゥバー」はカカオ豆から一貫加工してチョコレートを製造するのが主流で、一般的なチョコレートのように、カカオ豆から生成されたカカオマスとココアバターを混和する製法ではなく、カカオ豆そのままの味を楽しむという感じです。
※すべてがこの製法ではありません。
ここで分かるのは、カカオの味をそのまま楽しむ「ビーントゥバー」でもココアバター(成分としての脂肪)が原材料中の大部分を占めているのが分かります。ココアバターの割合が多くてもカカオの風味は楽しめるということですね。
ここまで見てきて「バターでチョコレート作る」を実現させるためには、原材料中のココアバターを乳由来のバターに置き換えたら可能なのではないかという仮説です。この線で行きましょう。
ココアバターをミルクのバターに置き換える
チョコレートを構成するココアバターを乳由来のバターに置き換えることでバターチョコレートを完成させるという方向性は見えてきたので、ここから乳成分を含むチョコレートを見てみしょう。
みんな大好きミルクチョコレートですが、日本に最初に伝わったのがミルクチョコレートだったので、いまでも日本ではこのミルクチョコレートが主流になっているそうです。
ミルクチョコレートにはその名の通り「ミルク」「乳」(乳成分)が配合されているわけですが、ここでいう「乳」とは牛乳や生クリームなどの液体ではなく、粉末状の脱脂分乳成分や全脂粉乳を指します。チョコレートに水分が混ざると固まっちゃうからです。
続いてホワイトチョコレートですが、他のチョコレートとの大きな違いは、風味や苦味などのカカオの個性を表現する「カカオマス」が含まれていないことです。これについてもバターで再構成可能です。検討していきましょう。
最後に、ビターチョコレート、ビーントゥバー、ミルクチョコレート、ホワイトチョコレート中のココアバターの含有量を見てみます。
カカオの個性を打ち出すビターチョコレートやビーントゥバーでもココアバターの含有量は35%以上、柔らかい口当たりのミルクチョコレートやホワイトチョコレートで30%以上、ココアバターに乳成分を足した割合は50%以上ということになりました。
決まりですね。
ココアバターをミルクのバターに置き換える、ココアバターと乳をミルクのバターに置き換えれば、バターの口溶けを有したチョコレートを作れるというの、もう決まりました。
バターチョコレートを試作する=優勝
仮説を詰めたので、さっそく試作をしてみました。
弊社のブールアロマティゼのバターモールドに流し込んだのでバターの形をしていますがいちおうチョコレートです。配合はオーソドックスにココアバターをミルクのバターに置換したシンプルな配合。
試作の配合
・カカオマス
・ミルクバター
・砂糖
官能検査の結果は以下に。
食味=チョコレート(苦味・香り)
口溶け=バター(バターよりは溶け残る)
食感=チョコレートとバターの中間
バターを混ぜてもカカオの香りは損なわれていませんでした。植物性の香気成分にミルクバターという動物性の脂肪をあわせたことで、異質なものを組み合わせた結果むしろカカオの風味が際立っているという印象です。
これはカカオの産地ごとの個性もこれで表現できそうです。
試作は優勝ですね。
チョコレートモールドを設計する
さあ、バターで作ったチョコレート、名付けて「バターチョコレート」(仮)の基本設計が終わりました。試作も優勝。でもこのままでは販売できません。
そこで、昨今のチョコレート市場で一般的になってきた形状の個性化を行っていきます。チョコレートは粘性の生地を「モールド」という流し型に流し込んで冷やし固めて成形します。ここでやっと量産に向かうわけです。
さっそく3DCADでチョコレートモールドを設計していきましょう。最終形状のだいたいまではデジタルの範囲内で決めます。体積の計算も同時に行えるので、内容量の決定もこの段階で終えてしまいます。
で、設計が完了しました。
今流行のブロックごとに形状を変えて口溶けをコントロールする手法を踏襲しています。ブロックによっては溝が彫り込まれていますね、これには理由があります。
ブールアロマティゼはもともと木製のパドルで成形していました。このときパドルに彫り込まれた溝形がバターにつきます。この溝がブールアロマティゼの個性でもあり、ブランドのストーリーでもあり、またチョコレートにしたときに上顎に触れる面積を調整して空気の抜けを良くしてくれます。
この溝はデザインの要素として継承していきます。
3Dプリンタで原型を出力してフィジカルな調整をした後、食品グレードの樹脂でモールドを作成して、量産の検証を行います。
はい、こうですね。これも優勝。
流し型の設計はレオロジーが絡んでくるので面倒くさいのですが、このへんはサラッと作っていきます。
パッケージデザインを設計する
チョコレートモールドの設計と量産の検証を終えて製品化の目処が立ったらパッケージデザインの設計に移ります。
現状で3パターンに絞り込んでいますが入稿期限までは時間があるので、最後まで粘って検証していこうと思います。
これまでのバターや、今回のチョコレートにも刻んでいる溝型をパッケージデザインにも取り入れていくかどうかというところが悩みどころですが、僕は巨匠デザイナーではなく食品メーカーの社長なので、トンチを効かすよりもギフトで贈ったときにクセのないデザインを目指します。
この3パターンに絞られるまでに無数のパターンを描いていますが、まあいろいろ試してみるのに無駄はありません。
ここまでの流れですが、着想から試作、モールド設計、パッケージデザインまでかかった時間はだいたい3日間ぐらいです。最終検証に時間を割きたいので、3日ぐらいで形になったらすぐにリリースします。
で、今回はプレスリリース前にECで先行発売をかけるので、開始から3日の時点で出来上がっているパッケージデザインでECに商品登録します。
バターチョコレートの先行発売
ここまできたらすでにECで販売する材料は揃っているので、躊躇なく予約販売を開始します。パッケージデザインは検討初期のものを使っていますから、リリース前の先行予約ということで、予告なく変更がある旨を書き添えています。
最後に
いかがでしょうか、僕が商品開発の流れはだいたいこんな感じです。
こんな物を作りたいな〜から発売orリリースまで、だいたい3日で終わらせないと他の仕事に取りかかれないので短期勝負でやってます。
3日でリリースまで持っていくの?とよく驚かれますが、1年は365日なので、3日に1商品をリリースしても年間100ちょっとしか出せないんですよ。
もしヒットの確率が1/100なら、3日に1商品をリリースしてもヒット商品が出ないという結果もありえますから、インフルエンサーで無い僕の商品開発はスピードありきだと思ってます。
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どうぞよろしくお願いします。
これからも「唯一無二のプロダクト、唯一無二の体験」を作っていきます!応援よろしくお願いいたします!!