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恋人の弟子

浮世離れしてるわたしでも、ニュースでミサイルがどうとか騒がれていることからどうやら世界情勢が不穏であるらしいと嗅ぎ取り、恋人と共に死ねたらいいが、そうもいかなくもしもわたしだけ死んだ場合の遺言(葬儀の執行い方、骨の散布場所など)を恋人に託した。考えてみれば結婚もしていないのに重い女以外の何者でもないのに、何事でもないように受け止めてくれる恋人はすごい。

感性を伝える道具が言葉だから、その道具の使い勝手や使い心地を、限りなく近い形で共有できる人をずっと探していた。恋人に出会う前に好きになってしまった人は、そうだと思ったら違ったのに手遅れでずいぶん苦しかった。その頃わたしは、苦しみのあまり言葉をぞんざいに扱っていた。悔い改めたい。

2017年8月30日

恋人の弟子という体裁で、ワイン業社開催の試飲会へゆく。南仏のロゼはピンクグレープフルーツ色でスペインのロゼはラズベリー色というぼんやりとした認識しか無いわたしが、プロたちに混ざって試飲なんてふざけているけれど、弟子らしくおとなしく振る舞おうと思っている。というか、寡黙に存在するからどうか誰も話しかけないで。

ワイン試飲会、異次元で最高。味覚はもちろんのこと、嗅覚が研ぎ澄まされることに驚く。そしてそ不思議なことに、むしろ子供の頃の感覚が呼び起こされる。雨の日の校庭とか、掃除用具入れロッカーとか、科学的なゴム風船とか、姉が油絵を描くアトリエにしていたおじいちゃんの部屋とか…。

けっこう飲んでいるよ。しかも朝一健康診断からの空腹での試飲会。で、恋人の弟子体裁なのでもちろんいちゃいちゃもしないよ。で、けっこう飲んでいる。だから、うんと仕事モードで次々とスマートに試飲しながらも時たま、大丈夫?とわたしを気遣う恋人なのだけれど、無意識にいつものやり方でわたしの髪を優しく触った彼こそ、もしかしたらほろ酔いなんじゃない?


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