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異世界D

 ハチロクで峠を駆ける若き走り屋、写楽愛太郎(しゃらくあいたろう)は突如眼前に現れたトラックを避けきれず、絶命を覚悟した。しかし次の瞬間、愛車と共に異世界の森に漂着していた。


「サテ、どうすっかなぁ……公衆電話もあるわけねえよな」

 紙タバコに燻らせた煙が空へと登っていく。愛太郎が車に背中を預け、空を仰ぎ見ながらぼやいていると、背中から押される感触とドゴンと鈍い音が響く。
 車の助手席側を覗き見ると、ドレスを着た姫様が転がっていた。両手首が木の枷で拘束されている。車体に傷はない。

「た、助けてください!追われてるんです!」姫様は愛太郎にすがりよる。「こっちに落ちたぞ!」声のほうを見上げると、坂には木々が生い茂っていて、甲冑兵士の姿が垣間見える。アレが追手か。
 愛太郎の行動と決断は極めて早い。ドアを開けて助手席にお姫様を放り込む。

 愛太郎はハチロクボンネットを転がるように越えてすぐさま運転席に飛び乗る。困惑する姫様に身を乗り出すようにしてシートベルトで身体を袈裟懸けに固定。自分もシートベルトを締めて半クラでエンジンに火を入れる。 
 GOORRR、と鳴り響く獣のような唸りに「アイエエ!?」と姫様は驚くが、愛太郎は彼女をそっちのけで眼の前のルートを見やる。下り坂の林で、木々が生い茂っているが間隔は十分。ギアをあわせてアクセルで急発進。

 ハチロクが猛り走る。

 逃走に気づいた兵士たちが追いかけてくる。サイドミラーに映る追手の兵士たちがヴェロキラプトルめいた恐竜に馬の如く騎乗しているのを見ても愛太郎は冷静だ。眼の前には木々の群れが迫り来る。

「上等」

 一切アクセルを緩めぬまま正確無比なステアリングを切って木々の合間をすり抜ける。隣の姫様の大絶叫も、離れていく追手の怒号も愛太郎の耳に届かない。最後の狭間は片輪浮かせで突き抜ける。

 愛太郎と姫様を載せたハチロクが、緑広がる草原へと飛び出した。

【続く】(796文字)

私は金の力で動く。