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今さらながら、悪質タックル事件を語る

 すでに3年も前になる。今さら感があるが、2018年5月6日、関西学院大学・日本大学、春の定期戦で起こった、社会問題にまで発展したいわゆる「悪質タックル事件」について触れてみたいと思う。

私は二つのことを感じた。

 その当時、さんざんネットやテレビのニュース番組、バラエティっぽい番組にまで連日取り上げられていたのでたぶん皆さん記憶にあるかと思うが、簡単に、何があったかを紹介すると、


・関学/日大のアメリカン・フットボールの試合で、日大の選手が暴力ともとれるような反則タックルを行った。
・関学が日大を告訴
・日大の監督・コーチがけしかけた、との結論。監督・コーチは退任、当該選手は無期謹慎、日大アメリカン・フットボール部も対外試合禁止の処分となる。

 これについて、私が当時感じていたことをお話ししたいと思う。最初に断っておくが、賛否両論、もしかしたら非難をあびるような表現もあるかもしれない。
 私が現役でプレーしていたのはもう20年以上前のこと。その頃の時代感覚での話なので、現代の選手たちとの感覚とはずれがあると思う。さらにいえば、私がプレーしていたチームは、大学時代は2部、社会人ではプライベートリーグであり、日本でトップの位置にあるチームの選手とは考え方に相違がでてくるだろう。
 私がここで述べることは、そういった感覚のずれもありえる中での完全な私見である、ということで容赦願いたいと思う。

 あの事件で感じたことは二つ、あえて誤解を恐れずにいえば・・・

① あのタックル自体はわからないでもない
② 大乱闘や報復がなかったことが腑に落ちない

① あのタックル自体はわからないでもない

 まず、私はあのタックルを正当化するつもりは全くないし、あれが悪質な反則行為であることは間違いない。また、ニュース等で話題になった、日大の体制や監督の問題、それらに端を発したあのタックルに至る経緯などについては何も意見を言うつもりはない。
 私があの事件を最初に知ったとき、そして最後のあの選手が行った記者会見を聞いた後も、ずっと感じていたことは、「アメリカン・フットボールであのプレーはありえる」だった。

 アメリカン・フットボールは球技であるが、格闘技でもある。もちろん、カテゴリーは球技なのだが、特にあのタックルをした選手がプレーしていたポジション(ディフェンスライン)については、間違いなく格闘技の要素が大きい。
 総称して“ライン”と呼ばれるポジションがある。オフェンスでは最低5人、ディフェンスでもそれ相応の人数で、セットした際に最前列で向かい合う、屈強な選手たちである。ラグビーではフォワードに相当する。
 これらの選手たちは、目の前の選手とぶつかり合い、ブロックやタックルを行う専門家たちであり、試合中ボールを扱うことはほとんどない。まさに、体を使った相手との闘い、格闘技である。

 以前、ボクシングかK1か、何の格闘技かは忘れたが、選手がこんなことを言っていた。「リングには、相手を殺すつもりで上がる。そうでないと自分が殺されるから」。ラインの選手たちも同じような感覚なのだと思う(“思う”というのは、ラインをやったことがない私にとっては想像の域を越えないため)。アドレナリン出まくり、であろう。

 あの試合は、50年以上の歴史を持つ伝統の定期戦。しかも前年の大学日本一決定戦「甲子園ボウル」でも対戦しその半年後の再戦、という、双方にとってその年の春のシーズン最大の山場だったはず。そんな中でのプレーである。反則ギリギリのタックルなんて当たり前の世界だ。
 あの悪質タックルも、監督・コーチに何を言われていたとしても、言われて仕方なくやったのではなく、あの瞬間は相当なアドレナリンが出ていた猛獣のような状態であったはずだ。

 反則は反則であり、ほめられるものではない、ただ、ありえるプレーだった、というのが私の意見だ。

 タックルをした当の選手が記者会見を受けていたのも皆さん覚えているだろう。あのとき、大多数の記者は、見出しをおもしろくすることしか考えていないような、どうでもいい質問をしていたが、ただ一人、あるニュース番組のMCで、元関学エースQBで日本一も経験した有馬隼人氏の質問だけは違った。

「(あのプレーで)審判の笛は聞こえていましたか?」

 アメリカン・フットボールのことをよく知らない記者たちには質問の意図も理解できなかっただろう。しかし、この質問には、アメリカン・フットボール経験者ならではの重さがあった。
 “審判の笛”というのは、ボールデッド(プレーの終了)を意味する、審判のホイッスルのこと。野球のように1プレーごと区切るアメリカン・フットボールでは、1プレーの開始と終了は、審判のホイッスルが合図となっている。
 先に書いたとおり猛獣のような選手たちにとっては、「猛獣使い」による合図となる。プレー終了のホイッスルが鳴れば、アドレナリンが急激に下がりおとなしくなる、というプログラムが刷り込まれている。
 有馬氏の質問は、そこの部分がどうだったのか、というものだったはずだ。選手の答えは「聞こえていました」だった。これはこれで重い答えだ。
 つまり、猛獣使いの合図が聞こえていたにもかかわらず、アドレナリンが下がらないほど、この選手の精神状態が異常であったということだ。そこの部分、私は(おそらく有馬氏も)本当に考えさせられた。

② 大乱闘や報復がなかったことが腑に落ちない

 あのタックルは、その時点でボールを持っていた選手とは離れている地点でおこっていた。ということは、その場にいた大半の選手や、ほとんどの審判は、あの瞬間、あのシーンを見ていなかったという可能性が高い。
 その証拠に、タックルをした選手はその後もプレーし続け(ただしその後も2,3のラフプレーを続けたため退場)、試合も最後まで行われた。
 つまり、あのプレーは、あの場では、よくあるラフプレーの一つととらえられていた可能性がある。

 しかしだ、ビデオを見返すと、サイドラインに控えている関学の選手の何人かはあのプレーを目撃し、その場で審判にアピールしている。

 これが私には腑に落ちない。

 審判にアピールする前になぜ飛び出していってタックルした選手を非難しなかったのか。①で、ありえるプレーだと言いはしたが、あのプレーはそれでも酷いものだった。それを自チームのエースにされたのだ。
 私が現役の頃あれをその場で見ていたら、絶対に飛び出していってタックルした選手に殴りかかっていたと思う。私の仲間たちもそうしたと思う。つまり、大乱闘になっていたはずだ。
 アメリカン・フットボールの起源はラグビー。ラグビーでいう、「One for All, All for One」の精神はアメリカン・フットボールにも受け継がれている。自分たちの大切な仲間にあんなことをされて、黙って見ていろ、というのか・・・。
 あの試合で、乱闘騒ぎにならなかったのが私には不思議でならない。

 このあたりが、20数年前と現代の選手の違いなのだろうか。はたまた、テレビでも放送されるようなトップチームであるが故のことなのだろうか。コンプライアンスとガバナンスが効いている、といってしまえば聞こえはよいのだが・・・。

 また、データ分析に長けているであろう関学である。当然ビデオ撮影はしていたはずだ。あのプレーは試合開始早々におこっているので、上記のとおり、その瞬間は見ていなかったとしても、あのプレーの酷さはその後の試合中、十分監督や選手たちも認識できたはずだ。だとすると、なぜ「報復プレー」をしなかったのか、というのが私の次の疑問。
 これも非難をあびる表現かもしれないが、報復を正当化するわけではない。しかし、アメリカン・フットボールのような激しいスポーツの場合、ぎりぎりルールの範囲内で報復をすることは可能である。
 あの試合のビデオをすべて見たわけではないが、少なくともニュースなどで見る限り、そういった報復プレーはなかったように思う。

 繰り返し言う、報復は褒められることではない、しかし、猛獣と化した選手たちが行うゲームであるし、仲間があんな仕打ちをされて、黙ってみているのかと・・・。

 以上があの事件について私が思うところである。

 なお、ここでは敢えて選手名を出さなかったが、日大でタックルをした選手はその後日大で選手復帰、卒業後は大手企業がサポートする、日本最高峰Xリーグのチームに所属、変わらず活躍を続けている。
 タックルされた選手は昨年の甲子園ボウルで優勝、正月のライスボウル出場を最後に現役引退をした、と聞いている。

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