日本人が英語を話すことのないこと

日本語の危機=公用語を英語に・・・ということは明治時代に森有礼文部大臣の時と、敗戦後の時らしい。

敗戦時に英語が公用語にならなかった説を2つ聞いたか目にしたことがある。
1日本中の国語の先生が反対した
2GHQが日本人の識字率のテストをしたところ、とても平均点数がたかかったため、「このひとたちが英語を使いこなせたら俺たちやばくね?」という説

日本語はとても英語に比べて難しい。途中で方向性をいくらでも変えられるあやふやさを含んだ言語である。

イギリスの国営放送BBCを毎日聞いているがいっこうに話せるようにならない。
理由は簡単で、国内にいる限り 道案内で外国人と話すことがなければ「日本語で十分」だからである。

もうひとつは英語の教育法にある。
とにかく、発音とかおかしかったら笑われたり、文法の誤りをちくちくやられるという嫌な思い出が個人的にある。

たとえば「people」という単語。自分は大学の英語サークル(1年次のみ)のディスカッションで「ピューピョー」として皆に笑われた。
(ピーポーがただしい?!)

間違ってもいいから、とにかく話すこと、これが重要だと思う。
ネパールの知り合いに聞いたら、小学校のときに英会話から英語の授業は始まるらしい。

あと、大学の研究会でネイティブを招いた研究会に参加したとき、日本人の教授たちは恐るべきカタカナ英語で発言したのである。
やはり、「とりあえず、やってみる」

たたかん、されば開かれん だなー(訳の分からない締めになった)

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