メタバース、うたかたの夢、人の縁
世間からすれば非日常的でも本人からすると日常的な出来事は、「わざわざ書くまでもない」と思ってしまって記事にするのが難しい。
僕のいまのclusterを中心とするメタバース活動、通称「メタ活」はまさにそんな感じで、VRChatなど他サービスがメインであれ同じような心理状態の人も少なくないでしょう。
世間でどれほど騒がれていても、それがいつもの生活の一部であるがゆえに、何を書いて伝えればいいのか分からないし、伝えるモチベーションもないという。
ただまあ、それでもいま、すなわち2021年末にしか書けないことや書くべきことはあり、僕にとってそれは人の縁についてです。
技術、創作、経済(ビジネス)
clusterというプラットフォームは創作に重きが置かれており、2020年は主にワールドクリエイターの遊び場としての土台が作られてきました。誰でも自分でワールドを作り、自由に公開できるような機能の拡充です。
そして、続く2021年はソーシャル面が強化され、ワールドの中でユーザー同士が交流するための機能や仕掛けが続々と実装されていきました。
いくつもの施策によってユーザーは増加し、僕の体感だと1月から12月にかけてアクティブユーザー(週1ログイン)は5倍かそれ以上になったような気がします。
一方で、アバタークリエイターのための遊び場作りもほんの少し進みました。創ったアバターを出展して売買できるアバターマーケットの開催です。2回開催されて、それなりの金額がやりとりされたのではないでしょうか。
clusterにおける経済圏の確立はかねてcluster社の目標となっており、今後どのような施策が行なわれるのか楽しみなところ。
で。皆さんご存知のように、11月頃から急激に世間でのメタバース認知が拡大し、clusterにも金儲けの気配を見出した人たちがやってきました。キーワードはNFT。ブロックチェーンと暗号通貨を後ろ盾に、メタバース×NFTでいかに稼ぐかを考えている人たちです(実際に作品を作っているクリエイターではなく)。
その是非はさておき、このところのメタバース関連の記事を読んでいるとよく分かるんですが、たいていはいま挙げたような技術、創作、経済(ビジネス)のいずれかが主要なテーマとなっています。
しかし、メタバースで長い時間を過ごしている人ほど痛感するように、そこで発生している最も重要な出来事は人間関係とコミュニケーションにまつわる何かです。
人類にとって革新的なパラダイムにもなろうとしているメタバースに関する記事で、人類にとって最大の関心事である人間関係とコミュニケーションへの言及がないなんて、寂しいですね。
間違いなく、メタバースはオンラインコミュニケーションの革命です。
幸福のKGIとKPI
さて、僕自身はclusterで幸甚亭というワールドを公開していて、「カジノで遊べるバー」と称して毎週月水金の21時から営業しています。
幸甚亭は2020年8月から運営し、カジノを導入したのは2021年1月。いずれにしても、けっこうな期間で継続できています。最近は当初の閉店時間24時を大幅に超える日も増え、1卓8人のゲームが毎回ほとんど満席で稼働しています。ありがたいことで。
僕が幸甚亭を始めたのは、一言で言えばオンラインで友達を作れるかどうかの実験でした。1年半ほどやってみて、結果としては友達ができました。
clusterで会って遊ぶ友達はもちろん、オフラインで飲み会をする、アミューズメントカジノで遊ぶ、そんな友達も。本当に信じられない、みんなのおかげで人生が楽しい。
僕がこんなにも友達というか人間関係に重点を置くのは、人間関係の充実が自分の幸福のKGIだと考えるようになったからです。
つまり、人間関係の充実こそが幸福を高める最重要の条件ということです。これについては反論したい人もいるかもしれませんが、話題になった記事を紹介しておきます。
ものを創ることやお金を持つことが最上の幸せだと考えている人もいるでしょう。
けれどもはたして、家族や友達、恋人が1人もいなくてもそう感じられるでしょうか。人間関係に恵まれている人に対して嫉妬をまったく感じない? 家族からの愛を受け取ったり、ちょっと友達とご飯に行ったり、愛する人とセックスをしたりしたいとは思わない?
自分と同じ孤独の境遇にいそうだと思ってた人が、Twitterで友達と遊びに行ったときの写真を上げていても、何も感じない?
現時点では「そうだ」と答えられる人もいるでしょう。僕にも創作に明け暮れていた時期があり、その猪突猛進ぶりと充実ぶりから「友達や恋人なんかいなくても大丈夫」と思っていました。だから、僕はそういう人を心から応援しています。煩わしい人間関係なんてほっといて突き進んでくれ。
けれども、いつまでもそれで自分を駆動し続けるのは難しいでしょう。僕も結局いまの地点に辿り着いてしまいました。というか、当時ですら理解ある家族のいる実家で生活していましたからね。
よくよく考えれば、人類にとって人間関係の充実が幸福のKGIなのは当たり前です。
人類においては、首尾よく繁殖相手や協力相手、言い換えると同盟者を得て自分の子供を残せた個体の遺伝子が広まっていきました。人が同盟者を得るモチベーションこそ、その結果に得られる幸福感です。別の言い方をすると、人類が持つ遺伝子にとって繁殖と子育ては最も重要なので、同盟者を得ることで個体が幸福(快楽)を感じられるように進化したわけです。
では、ほかの人を出し抜いて同盟者を得るには? そうです、ここで創作能力や経済能力が登場します。
人類の創作能力は進化の力によるもので、より美しい(と感じられる)ものや便利なものを創り出せる能力とそれらに魅力を感じる能力を持っていた個体ほど多くの同盟者を得て繁殖できるようになったので、人類という集団の中で創作能力が進化したということですね(承認欲求はこのあたりの文脈に組み込めます)。経済能力もだいたい同じです。
上記の厳密な説明は避けますが、要するに生物学的な考察からも、幸福のKGIは人間関係の充実であり、創作能力や経済能力というKPIを高めると人間関係の充実の成功率が高まる、と言えます。
メタバースはオンラインコミュニケーションの革命ですから、人間関係の充実の手段である創作や経済にばかり囚われていては、メタバースの価値を見誤りかねません(もちろん創作や経済も重要です。技術は創作や経済にとってのKPIですね)。
バーチャル身体性ありき
メタバースの定義についてもよく議論を見かけつつ、いずれも人類最大の関心事である人間関係とコミュニケーションが抜けていることが多いです。ここであえて言えば、メタバースとは「身体性を伴うコミュニケーションが可能なバーチャル空間」のことです。そこに創作や経済などの要素が付随します。
この身体性は基本的にはバーチャル身体性のことです。つまり、自分の生まれ持った肉体以外の身体、例えばアバターなどを伴っているということ。メタバースはDiscordやTwitterのようにアイコンと名前だけで存在する場ではない、と僕は捉えています。
このバーチャル身体性の介在によって、僕はSNSよりもはるかにオフラインに近いコミュニケーションができています。アバターとはいえ相手の身体が目の前にあることは重大な要因です。
バーチャル美少女ねむさんの『ソーシャルVR国勢調査2021』で慧眼だったのは、メタバース上での人間関係や自身のあり方について多くの設問を用意していたことです。お砂糖(特定の相手との交際、結婚などの意味)の経験者率など面白い回答結果があるので、↓の記事をぜひどうぞ。
この調査で1つ確実に明らかなのは、ねむさんの大きな関心事が人間関係とコミュニケーションにあることです。そして、僕が幸甚亭にいて見聞きする話題やトラブルの多くもまた、人間関係とコミュニケーションにまつわる事柄です。ここを避けてメタバースは語れません。
人間関係もうたかたの夢?
昨今の言葉だけがバズっているメタバースをうたかたの夢と呼ぶ人も少なくありません。その予想がどうであれ、いままさにメタバースを利用している人がいるわけで、その人が幸福になるための手段としてメタバースを捉えるなら、人間関係をどう構築し、どう発展させていくかはたいへん重要な問題です。
僕はclusterで友達ができました。その関係は幸甚亭に興味を持って来てくれること、一緒にカジノのゲームで遊ぶこと、深夜までくだらない話で盛り上がることによって培われました。これもうたかたの夢として終わるのでしょうか?
clusterというサービスが終了してしまったら、そうなってしまうかもしれません。僕は一度、meet-meというサービスでそれを経験したことがあります。でも、数人とはTwitter上で緩い繋がりが続いています。
clusterの友達も、Twitterで繋がっています。おそらくより長命になりそうなサービスでも繋がっておくことで、人間関係は維持することが可能です。
一方で、関係をclusterなどメタバースの中だけで閉じておきたい人もいると思います。その考え方はもちろん尊重しますが、僕はせっかく奇妙な縁で知り合ったのだから、できれば長く大事にしたいと考えています。
となると、SNSへの関係の延長は避けられません。そして、その先も考えられます。そのとおり、オフラインに関係を延長するってことです。
人の縁、地の縁
別に、オフラインで繋がることが特別珍しいことなわけではありません。オフ会なんてそこら中で行なわれています。ただ、メタバースは身体性が強いからこそ至上主義的になりがちな人が多いような……気がしなくもなく。
僕は幸いにも、clusterで知り合った友達何人かと実際に会ったことがあります。1回きりではなく。それって、なんというか、めちゃくちゃ、もうやばいくらい、人間関係の充実なんですよね。ずっと孤独に慣れきっていた身からすると、そういう関係の人ができてマジで嬉しい。ほんとに。
ここで、cluster社のCEOである加藤直人さんの言葉を紹介しましょう。
この発言自体は現実世界の大半がバーチャル空間に代替された未来を想定しての話です。しかし、すでにメタバースにも生きる僕たちには、この価値観がもう備わっているはずです。
メタバースで知り合った人なら誰彼構わず会いたいわけではない。でも、すごく仲のいい人や親密な関係になった人とはオフラインで会いたいんですよ。その感情までは代替できません。なぜなら、先ほど書いたように、人類が社会的な生物として進化したから。
かつて、人の縁とは地の縁で、人と土地が分かちがたく結びついていました。その後、情報環境の発展によって人の縁が独立して成立するようになりましたが、進化の力は強大。たとえオンラインで人の縁を作れたとしても、地の縁がなくては”真の”よき関係ではないと感じてしまうんですね。
人の縁と地の縁を分けて捉えられないのは、僕がメタバースイミグラントだからかもしれません。メタバースイミグラントとは移行期のユーザーという意味。だから、これからメタバースネイティブが生まれていくと、彼らにとっては人の縁と地の縁はそもそも独立しているものだと捉えるようになるのかもしれません。
ただ、加藤さんの言葉を再び引用するまでもなく、僕はメタバースネイティブも進化の力から逃れられるとは考えていません。むしろ、僕の個人的な感覚からすると、若年層のほうがよりオフラインで気軽に会うようになる気がしています。メタバースイミグラントの僕が「気軽に会う/絶対に会わない」のグラデーションにおいてどうふるまうべきかは、正直難しい課題です。
まあ心配せずとも、既存の窮屈な価値観なんてふっ飛ばしてカルチャーが作られていくでしょうし、そうなるべきです。僕は見守りムーブで。
人、土地、カルチャー
最後に少し。
人と土地があれば生まれるのがカルチャーです。これまでのネットにはユーザーとウェブサイトやSNSがあり、そこにカルチャーが育ってきていました。しかし、必ずしも同時同所的に人がいたわけではありません。
その先にできたのが、ライブ配信。ここには人も土地もあり、配信を見に行けばそこに人がいます。新しいカルチャーができています。けれど、配信者(ライバー、ストリーマー)を除けば、ほかの人はアイコンと名前だけ。
その先にできつつあるのが、メタバース。ここにも人と土地があり、さらにライブ配信にはないバーチャル身体性があります。絶対に、これまでのネットでは生まれなかったカルチャーが誕生するはずです。というか、『ソーシャルVR国勢調査2021』を見れば明らかなように、すでにできています。
そこで考えるのが、幸甚亭ってこれからどうしていけばいいんだろうという問題です。目的が実現されて、自分としては次の大きな目的が見えていない状態です。カジノなのでワールド運営としてはやることがあり、楽しいならいいやと思いつつ、何か新しいことをやりたいという気持ちもなくはありません。
目的探しはしばらく続いていきそうです。来てくれる人にとって幸甚亭がほんの少しでも人生に潤いをもたらしうる場であればいいな、と願いつつ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます! もしよかったらスキやフォローをよろしくお願いします。