不協和音【散文詩】

テーブルに不協和音が二つある。私は赤いサインペンを取り出し、右の不協和音には「下僕」と書き、左の不協和音には「キミ」と書いた。手書きで字を書いたのなんて久しぶりだ。相変わらずスペリングには自信がない。

ま、ーーこれは一種のたとえ話だ。「不協和音に字が書けるのか」という疑問は当然湧いてくるだろうが、一種のたとえと思って聞いてほしいのだ。

「たとえ」は、このように広がっていくーーこれは、ビリヤードのようなものだ。ここに緑色の台がある。美しい緑色だ。芝生のようなね。麻雀をやるときの卓の緑色だし、手品師が手品をやる台の緑色だ。あれ、なんて言うのかな? 名前があるのかな。ググってみようーーいや、やっぱり君が検索しておいてくれないか? 私は文章の続きを書こう。

私が文章を書くのも、この「緑の台」の上と相場が決まっている。私に限らず、そのような人はきっと少なくないのではなかろうか。この台の上に、いくつか言葉を並べてね、指先でスーッと動かしていく。ときに指の間に挟んで、コロコロッと弄びーーいや、そんなことはどうでもいい。ビリヤードの話だった。

緑色の生地のテーブルの上にあるものは次の通り。「下僕」と書かれた不協和音が右側に一つ。「キミ」と書かれた不協和音が左側に一つだ。私は先程字を書いたサインペンを再び手に取り、左手でブリッジを作り、まさにビリヤードのようにこの不協和音を叩くのだーー。突くって言った方がいいだろうか。

私は「下僕」を突いた。それはだいぶ遠くまで滑っていき、何メートルも先の壁にぶつかって跳ね返った。しかし、これは不協和音なので、思った方向には跳ね返らない。不協和音とはそういうものだろう。全く不可解な方向へ跳ね返り進み出した「下僕」はマホガニーの書架を目掛けて猛突進し、かと思いきや、テーブルの中央に置かれた銀の水盤の縁を綺麗になぞるように周回したのち、なんと電動鉛筆削りの穴の中にちょうどすっぽりと入っていくではないか。こんなことってある?ああ、動画を撮っておけばよかった。鉛筆削りは一瞬「ガガガ」と唸り、「下僕」は粉々になった。私の「下僕」がーー。まあいっか。

テーブルに残された、もう一つの不協和音の「キミ」がこちらを見つめている。物憂げに、惜しそうに、静かにこちらを見つめている。ような気がする。相手は不協和音なので、確かなことは言えない。これから叩かれるであろう不協和音はいま、どんな気持ちなのか。そもそも、不協和音に気持ちがあるのだろうか。

「あるさ」

「キミ」は眠たそうに目を伏せながら、そう言った。あるいはそれも、私の思い過ごしかもしれない。

私は「キミ」に、夏の終わりのこと、無限の音階のこと、サインペンで字を書かれることなどについて、一度に質問してみた。

「キミ」は少し考えてからクスクスと笑い、「寿司が食べたいなぁ」と言った。

不協和音なのに寿司が食べたいの?私は不思議に思った。私は未だに不協和音のことを全然知らないでいる。

不協和音をサインペンで叩けば、不協和音はきっとどこかへ行ってしまうだろう。不協和音なのだから、元の場所へ帰ってくる可能性はあまり高くない。「下僕」がそうだった。「下僕」は鉛筆削りの中へ行ってしまった。「キミ」はどこへ行ってしまうのだろう。

「叩いてほしい?」私はそうたずねた。

「どっちでもいいよ」と「キミ」は答えた。


「じゃあ、寿司を食べてからにしよう」

私がそう言いうと、ボーッと遠くを眺める「キミ」は優雅にあくびをし、返事した。

「ふぅん」


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