機械の森林における目的と、その製造【小説】
「庭を作る機械」は、森林を作るためにあるようだ。アヒルたちが持ち帰った手紙には、そのようなことが書かれていた。私の傍らでいま庭作りに勤しんでいるこの機械は、森林を作るのが主目的のようなのだ。この大陸は、辺りが一面だだっ広い荒野であり、ここに森林を作るとなると、それこそ大量の種と言葉が必要になる。
この機械が庭を作っているのは、端的に言えば、アヒルをおびき寄せるためである。そのことは私にもわかる。この機械が、言葉や文章のようなものを日々大陸の大地に刻印しているその内容は、私にとってはどうでもいいというか、その言葉の一見見慣れた外見とは裏腹の、普段日常で使われるのとは全く違うその使用法には何か外国語のような意味があるようであり、ただ不可解なだけで真剣に読むには値しないのだが、庭作りとなれば話は別である。
庭にはアヒルが帰り、住み着く。だから、言葉を入れ替えるのにもってこいなのだ。それはもちろん、アヒルが時折空から言葉を持ち帰り、そのおかげで私たちは知らない言葉を知ることができるからだ。その言葉は、私もそうだが、機械に噛ませることで、機械の表情を変えることができる。機械にはランプが三つ付いており、赤、黄、青、と信号のようになっている。そして文字盤には太陽のような図形といくつかの記号が記されており、なんらかの尺度を表しているものと思われる。ちなみにこの機械は、今も私の目の前で稼働している。ランプは点灯しておらず、大陸に相変わらず文字を刻印しながら、同時に庭も作っている。庭はいま、だいたい生垣が完成してきたくらいだ。想像以上の速さで庭が出来上がっている。空から手紙を運んできたアヒルのうち何羽かは、作り途中のこれが庭であることに気付いた模様で、ワクワク・ソワソワしながら中を覗いたり羽をばたつかせたりしているが、中にはまだ言葉はない。言葉を栽培するのには、まだ少し時間がかかる。
アヒルをニワトリにするには、それなりの文字数が必要である。それを、機械が刻印する意味不明の文字で肩代わりするわけには、恐らく、いかないのだろう。それがやっかいなところだ。この機械は自身で庭を作ったはいいが、言葉を栽培するのは恐らく私なのだろう。この機械の言葉を見ていると、そう感じる。
ふと、思ったのだが、私の文章も、もしかしたらだが、意味不明かもしれない。自信がなくなってきた。もしかしたら、この機械が大陸に刻印している文字の方こそが、れっきとした言語である可能性もないことはない。だとしたら、私の方の頭がおかしくなってしまったのだろうか。もしそうなのであれば、解説が欲しいのは私の方だ。この機械の言葉がまともなのであれば、その意味を解説して欲しい。これをいま読んでいる読者が、どのような言語を使っているか、私にはわからない。すなわち、言葉をどのように使っているか、私には想像がつかない。ひとつ聞いておきたい。読者の言葉では、アヒルは鳥で合っているだろうか? おかしな質問に聞こえるかもしれない。しかし、それは“どう”おかしい質問なのであろうか。アヒルが鳥なわけがないって? だとしたら、私かあなたのどちらかが錯乱していることになる。私にとっては、アヒルは紛れもない鳥だ。今だって、こうして目の前で羽ばたいて、「弦」という言葉を持ち帰った。その他にも「あまねひ」「パトロール」「いずみ」などの言葉を持ち帰っている。他にももっとたくさんある。言葉を持ち帰るのは鳥か、せいぜいトカゲくらいだから、アヒルは紛れもなく鳥である。アヒルが鳥でないのであれば、あなたの言葉は私にはわからない。あなたの言葉は私にとって、あの機械が刻印する言葉のように見える可能性がある。その可能性が高い。その内実は、外国の言葉、外国の精神なのだろう。
私は洞窟でキノコを取って来ようと思う。庭の足しに、少しはなるかもしれない。庭にキノコを置いたら、なんだか雰囲気が出そうだ。
「いずみ」という言葉を機械に噛ませたとき、ーーこれは幾分昔の話だがーー機械の表情が大きく変わったことがある。その時、機械が刻印する言葉は、私が普段使っている言葉と近いものになった。つまり、一つ一つの言葉の意味、すなわち繋がりが、私が普段行っているものと似たものになったのである。その時私は、当然だが非常に驚いて、この機械が何か通信機器であるのではないかと推測した。というのも、その時表された言葉は、森林にいる男二人の会話だったのだ。森林で男たちは、森の発展と新しい苗木について話していた。そこでは、木々はゼロから種を植えないようであった。植林ということである。だからそこでの言葉たちは、どれも昔の人が使ったものということになる。それで良いらしいのだ。それだけの森林で、男たちは勢力を拡張しようとしていた。男たちは木こりなのか、それとも執政官ーー執政官という言い方が相応しいのかよくわからないがーーなのか、そこまではわからなかったが、少なくとも、木を切るのか、植え直すのか、何らかの場所に移動させようとしている風であった。それらのアイデアと、また、一つ一つの木の名前と意味を「刻印」から読み取っていると言っていたので、すなわち、森林にいる彼らのもとにも、いま私のもとにあるこの「庭を作る機械」と同種の、言葉を刻印する機械があるものと思われる。彼らが「刻印によれば」と言ったのは、そういうことに違いない。彼らの機械が、森林の拡張ないしは移動を発案しているようであった。これは、私の「庭を作る機械」の第③操作、③-1 森林を歩行させるーーないしは、単に「歩かせる」だったか? どちらにしろ同じことか。ーーことと同じであろうか。それとも関係のない別物であろうか。「いずみ」という言葉の表情が切れて、「庭を作る機械」の刻印はまた意味の不明瞭なものに戻っていったので、私は森林の男たちの会話をそれ以上読むことができなかった。
その後、私は思い返してみて、私に馴染みのある使われ方をした言葉たちが表したあれらの会話も全部「庭を作る機械」のデタラメなのかもしれないと考えるようになった。ところが、つい先程、カモメのよこした空の手紙には、機械が森林を作るために駄言を控えろとの旨が書かれていたので、ということはつまり、機械は森林を作るためにあるらしいのである。
私の話は錯綜しているだろうか? 機械がなんなのか、さすがにこれの説明は不要と思う。ちなみに、アヒルが最近持ち去った言葉には「助長」「隊長」「信長」などの言葉がある。ご覧の通り、なぜか「長」の付くものばかりだ。何か意図があるのだろうか。そのせいで、これらの言葉の意味を私は失った。あの時、雲が地面すれすれに飛んでいたせいで、アヒルが突発的に雲に連れ去られたのだ。しかし、アヒルの方も、私の言葉の使い方に怒り、ないしは不満を持っていて、それらの言葉を持ち去ることは前々から計画していたのかもしれない。それはアヒルにしかわからない。
そして、その言葉の喪失で、機械の表情もその時だいぶ変わったのだった。ランプが何らかの順番で点滅し、ーー当然だが、その順番は覚えていない。きっとその順番も何かの言語なのだろう。私の知ったことではないが。ーー刻印の内容が一時記号だらけになっていた。かと思いきや、突然、庭を作り始めたのである。そういうなりゆきであった。本当に突然だった。この広大な荒地に、小ぢんまりとした癒し空間とでもいうか、言葉を栽培するための飛躍・論理・思想を綺麗に区画して、それに沿って生垣を植え始めた。井戸も掘りかけたが、なぜだか知らないが、機械は井戸作りを途中で放棄して、生垣作りに戻っている。
さて、今回はこのあたりで私は羽を作り直す。足りない言葉、もしくは意味があったら、読者は各自でアヒルに用命して欲しい。
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