🏥病院内行方不明事件〜付添を撒く高齢者よ

さて後期高齢者となって倒れた両親だが、それから八十も過ぎるとさらにいろいろな病気が出てくる。

その中で、2018年だったか、父が倒れた。
胃癌だった。
それについても話すことはあるが、今日はそれから数ヶ月経った(多分)2019年ころの話をしたい。

胃癌の手術は総合病院でした。
ので、術後の定期検診も当然、総合病院で行われる。

私はその日、父親を乗せて病院に来ていた。

定期検診も大小あって、CTが入る時と入らない時がある。
その日は、CTも行われる日で、検査結果が即日出るわけではないが、とりあえず、一連の流れを把握しておきたい私は、父親を乗せて付き添いに来たのだ。

ところで、うちの父は糞爺である。
車で乗せて行くと言っても、概ね嫌がる。
それは独立自尊の表れではない。

行きや帰りに、喫茶店や店などに寄って、寄り道して帰りたいのである。

……小学生か！

出かけるなとは言わない。
ただ、病院の往復に、実子の目を逃れてそれをやる必要がどこに？

これが前提となって、事件は起こる。

とりあえず、朝の午前８時。
私は早起きをして、早めに朝食をとり、実家に向かった。

CT検査があるために、病院の予約が早かったからだが、これが幸運だった。

実家に行ったら、父が今にも朝食を食べようとしていた。

「お父さん、病院やろうが！
検査やけん、絶食じゃないと！」

無言の父。
箸は止まっている。

カレンダーを見る母。
「本当やない。
　えっ、今日病院？
　お父さん、ご飯食べてる場合じゃないよ！」

　ご飯食べてる場合じゃないのではない、検査のため、食べたらいけないのである。

「あー、そうだったかなー。」
　と言って素知らぬ振りで、保険証を探し始める父。
　急かす私。

　この辺で、大変に幸先が悪かった。

　しかしまあ、予約時間には待に合うように、病院に着く。
「まあ、朝ご飯まだで良かったよ、食べてたら検査できんとこやった。」
「そうだねえ、まあ僕の人徳かな。」
　絶対に違う。

　受付諸々済ませて、循環器科の前に行く。
　CT検査なので、看護師さんから
「ちょっとお時間掛かります。」
と聞いて、待合に座る。

　当時はまだ、新型コロナの流行る前だったので、検査室の前のベンチは満席に近い状態だった。

　絵で見てもらおう。
　黄色が廊下で、青が私、赤が父だ。

　CT室の直近とはいかないが、とりあえず近くのベンチに座って順番を待つ。
　それだけで一時間ほど要しただろうか。
　父が居眠りを始めたころ、順番で呼ばれ、
「お父さん、順番！」
　叩き起こしてCT室に送り込む。
　この時点で１０時近くなっていた。

　ところで、これだけ時間経過があると人間自然の摂理に負けてくる。
　しかし、出てくる父親とすれ違いになってはいけないと、トイレを我慢し、午前１１時くらいまで待つが、どうしても行きたい。

　トイレに行ってすっきりした後、それでも父親が戻ってきていないようなので、流石におかしいと思い、CT室受付に、
「あの、高梨の付添の者ですが、父はまだ検査してるんでしょうか？」
　とお尋ねする。

　看護師さんは、アッという表情をして、お二人顔を見合わせ、
「高梨さんなら、だいぶ前に検査終わられて、会計に行くって言われてましたけど……。」
　と言う。

　は？

　私の車に乗ってきたのに、私を置き去りにしていく気か、爺！

　すごく申し訳なさそうな顔で看護師さんが
「すみません、付添の方はとお聞きしたら、自分一人で来たとおっしゃるので……。」
　と言う。

　爺！

　送迎してやった実子を、脳内で抹殺しやがったな！！

「あの、館内放送を頼みましょうか……。」
　看護師さんが言うが、置き去り爺が、放送を聞いて名乗り出てくるわけがない。
「いえ、いいです。
　認知症でボケてるんで。
　会計に行ってみます！」
　と言って、急ぎ会計に向かう。

　会計に向かうと──、いた！！！

　会計処理はそこそこ待たされるはずなのだが、今まさに会計カウンターで財布から金を出して払おうとしている爺が！

「お父さん、なんで私を置いていくわけ！
　なんで勝手に帰りようと！！」

　父は、私の声に、何事もなかったかのように振り向き、
「おお、梨か。
　どこにいってたんだ。
　探してたんだぞ。」
　と言った。

　絶対、探してねー！！！

　正直、会計で今まさに帰らんとしてお金払いながら言われても説得力皆無です。

「嘘つくな！！
　私が載せて来たのにどうやって帰るつもりやったん！！」

　文句を言いながらも、父を載せて帰る。
　ところでこの話はこれで終わりではない。
　父が、母に電話をして、このまま車で外食に行きたいと言い出したのだ。
　それだけならまだ良かった。

「えっ、行くのはいいけど、処方箋あったよね。
　先に寄ってく？」
　調剤薬局に行かねばならぬ用事があるのに、大丈夫か？
　いや大丈夫ではないに違いない。
　「いやもう、お腹が空いて先にご飯を食べたい。
　薬はそのあとでよかろう。」

　良くねーよ。
　が、母もこう言うときは父に味方する。(※家に迎えに寄った)
「まあまあ、お昼を食べてからでも良かろう？
　そんな慌てんでもいいよ。」
　ちっともいいとは思えないが、うどん屋に行く。

　果たして、うどんを食べ終わったあと、父が言い出した。
「今日はもう疲れたから帰ろう。」

　いやいや、処方箋は？

「いや、薬局行って帰らんといかんやろ。」
　良く行く調剤薬局はうどん屋から１００メートル離れていない。

「いやそこなんやけん、寄ろうよ、
　運転するのは私なんやけん。」
　しかし、ここで口を挟むのが母。
「まあまあ、今日はお父さんも疲れたんよ。
　自分で行くって言ってるからまあいいやんね。」

　ダメンズメーカーも手強いな！？
　父は生返事をしただけで、
「自分で行く」とは発声していない。

　だが私も、もう大概には面倒くさい。
「そう、じゃあお母さん、責任持って明日行かせてよ。
　今日は帰るけん。」

　連れ帰って。

　次の通院日、病院用の通院バッグから、未処理の処方箋がそのまま出てくるまでが当然のお約束であった。

(終わり)