【自作小説】魔女と欲に溺れる魔術師
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プロローグ
闇夜の包まれる、札幌の街並み。
しかし、それとは裏腹に、男は何から逃げ惑うように駆け足で進む。
「はぁ……。はぁ……。はぁ……。」
男は、息切れを起こし、その場で立ち止まる。
「ここまで来ればいいだろう」
男が安堵していたその時だった。
気配を感じ、前を向く。
すると、目の前には、黒い小さな杖を持った女が現れた。
「お、お前!!一体どこから!?」
男は怒号を叫ぶが、女には声が届かない。
男が逃げようとするが、何かに縛られる感覚がし、身動きが取れない。
女は、その杖に炎を集め、火球として放つ。
その火球は男に命中し、女は無惨にもその火球を撃ちまくる。
火球により、男は息を途絶え、その場に倒れる。
「悪く思うなよ。これがお前の末路だ」
女はそう言うと、男の体に火をつけ、燃やし尽くす。
そして、女は男の亡骸が灰になるのを見届け、その場を後にした。
第1節 魔女が営む探偵事務所
1ー1
PM2:15 北海道警察中央警察署
いつもよりザワつく署の中。このご時世と言うのもあり、皆マスク越しで声を張り、何かを話し合う。
「また死者が出たぞ。今度は50代男性。死亡推定時刻は20時4分頃だ。これでこの連続変死事件の死者は3人だ!」
殺伐する警察署の中、1人の警官、望月はパソコンで何かを閲覧していた。
しかし、それを見ていた別の警官に頭を叩かれる。
「望月!お前、調査に参加しねぇで何見てんだ?」
「五十嵐さん!痛いじゃないですか!」
「痛いじゃねぇよ。んで?なんのサイトを見てんだ?」
警部の1人、五十嵐は望月のパソコンを覗きながら話しかける。
「札幌七不思議ってサイトです。これがまた面白くてつい」
「あっそう。それが事件に関係あんのかよ?」
「分かりませんが、何かわかるかもと思って見ているんですよ。多分」
「多分ってお前、一応刑事だろ?んな根拠の無いもん調べたって意味ねぇだろ!!」
そう言うと、五十嵐はまた望月の頭をしばく。
「いった!また叩かないで下さいよ!」
「たくっ、お前はもう少し責任感ってもんを持て!」
五十嵐は自分の席へと座る。すると、望月は何かを見つけた様だ。
「探偵事務所 如月?ここって確か七不思議で有名なやつですよこれ!」
「うるせぇ!いきなりはしゃぐな馬鹿が!」
五十嵐は呆れながら、再び望月の席へと行く。
「これ、有名な七不思議の1つですよ!河川敷沿いに住まう魔女って有名なやつです!」
「魔女?お前、魔女なんて居ねぇだろ?」
「いや、いるんですよ!確か、高額な請求を求められるけど、どんな不可思議な事件や胡散臭い|骨董品を鑑定してくれる事で有名な店ですよ!!
ほらここ、ここからそう遠くないですよ!」
「馬鹿言うんじゃねぇよど阿呆!!んな怪しい店に行ってられるからよ!」
五十嵐は、また呆れながらホワイトボードの方に行く。死体の写真を眺め、髭が生えきった顎に手を置く。その死体と、色々と書かれている地図を眺め続ける。
望月の方を見ると、まだ例のサイトを見ている。五十嵐は、写真を何個か持ち出し、望月の席に戻る。
「おい望月。今からそこ行くぞ」
「今からですか!?やめてくださいよ。急に言い出すの」
「うるせぇ!いいからすぐに支度しろ!」
五十嵐は、鞄に写真などをしまい、警察署を後にする。望月は呆れながら、五十嵐の後に続く。
「住所はどこだ?」
「待ってください!今、調べますから」
望月はスマホを持ち、道案内をする。それに合わせ、五十嵐は車を走らせるのだった。
PM3:35 豊平川河川敷沿い
五十嵐は、煙草を吸いながらハンドルを回す。
「何だよ。駐車場ねぇじゃねぇかよ」
「そこにパーキングありますね。そこで止めるしかないですね」
五十嵐は、いやいやそこで車を止める。駐車券を取り、徒歩で目的地へと向かった。
「ここみたいですね」
「何だ?妙に大きい屋敷だな。こんなとこあったか?」
「ここの家主はしばらく留守にしていたらしく、そのご身内が引き取る形で、今も存続されてるそうです」
やれやれと思いつつ、門を潜る。そして、看板を見つけ、その通りに左の扉を開ける。
カランカランと扉を開けると、先客が入っていて、豪華なソファで待っていたようだった。
「いらっしゃいませ。ご予約の方ですか?」
メイドの様な格好をした女性が、2人を出迎える。五十嵐と望月は、その女性に警察手帳を見せる。
「警察の方ですか?こちらに何かご用ですか?」
「いや、ここのオーナーに話があってね。今大丈夫か?」
「申し訳ありません。今、先客の方がおりましてそちらの対応中でして、お待ちいただけるのであれば、そちらのソファでゆっくりしていただければと思います」
「あぁ。そうさせてもらうよ」
2人は、ソファに腰をかける。そして、2人にコーヒーを淹れたカップがもてなされる。
「中々いい豆だな。苦味の後に酸味が感じられるコーヒーだ」
「またデタラメですか?それ?」
望月は、用意された角砂糖を何個かコーヒーに入れる。
「お前、そんなに入れると甘ったるくて飲めたもんじゃねぇだろ?」
「ブ、ブラックはまだ飲めないんです!」
「餓鬼かよお前」
五十嵐は、望月のコーヒーを呆れながら、コーヒーを飲む。すると、奥の部屋から人が出てきた。
その女性は、なんとも美しい外見をしていた。
まるで、人形のような鮮やか銀色の長髪と、眼鏡越しではあるが、宝石の様に綺麗な紅い目をしていた。
「鑑定の方が終わりました。では、結果をお伝えしますね」
「は、はい!お願いします!」
女は、先客に何かを言う。五十嵐と望月は、それを奥から眺め続ける。
「こちらの『葛飾北斎の筆』と称される物ですが、残念ながら、偽物でございました。理由としては2点ほどありまして、1つは取手の部分が余りにも新しすぎる点です。
もし、北斎が使用していた物であれば、200年程経過していてここの部分が腐っていてもおかしくは無いはずです。しかし、これは全てが新しすぎる上、どこも腐っていない完全な偽物です。そして2点目は、筆の部分が象のしっぽの毛を使ってる点です。本来、北斎が生きていた時代は江戸幕府の頃ですので本人がこだわってない限り、馬のしっぽの毛を利用されると考えられます。まぁようは、北斎が使用していた物を偽った完全な偽物なのです」
「そ、そんな!かなりの額をしたから本物かと思ってました!」
「恐らく、詐欺の類でしょうね。では、こちらが買取価格になります」
「40万円!?何故でしょう?」
「本来なら、500円にもならないガラクタですが、お客様の被害額を想定しての金額になります。何かご不満でも?」
「え、えぇ。本当によろしいのですが?」
「はい。問題ありません」
少女は、客に向けて笑顔を向ける。客は驚いた様子で、買取金額を見つめる。
どうやら、実際の被害額よりも多めに含まれていたようだ。
「では、お気をつけてお帰りください」
「は、はい!ありがとうございました!!」
客は、少女に頭を下げてその場を去っていった。望月と五十嵐は、驚きながら先客を見る。
「随分と肝が据わってるお嬢さんだな」
「凄いですね。出来のいいものをすぐ偽物って言えるなんて」
2人は、そう言うと少女は近くまで来る。
「道警の方々ですね。どの要件で御来店頂いたのですか?」
「単刀直入に言うが、ここ最近札幌で起きてる連続変死事件の件で、何か聞こうかと」
「はい。こちらでも事件については調べあげておりますのでとりあえずこちらへ」
2人は、ふたたびソファに座る。少女もまた、名刺と共に、事件について調べたファイルを2人に見える。
「『探偵事務所 如月オーナー キサラギ・アルトナ』?随分と珍しい名前だな。アメリカ人か?」
「いえ、私は日本に帰化したものですので、お構いなく。
では、こちらが私の方で調べあげた物です」
2人は、まじまじとファイルの中身を見つめる。
なんと、捜査本部よりも精密に集められた内容だった。
そっちでは見た事もない写真や諸々が、そのファイルには記されていたのだ。
「おいおい。お嬢さん、あんた相当調べあげてるな」
「これでも、まだ出てない情報もありますのでなんともは言えないのですが」
「これだけ調べたのを本部に見せれば、捜査が進みますよこれ!!」
「いや、ダメだ。奴らはこれを見たって信用しねぇだろ?」
「そ、そうですか。でも、これで次の事件は未然に防げれんですよ!?」
「そうじゃねぇよ。あいつらは、自分で調べたのを有益な根拠に使うだろう。奴らは利益と出世にしか興味ねぇんだよ。だからこれは使えねぇ。わかるか?」
望月は黙り込むが、少女は話し始める。
「なら、明日そちらにお伺いしてもよろしいでしょうか?
もっと有益な情報を提供する事を約束をするなら、どうでしょうか?」
2人は、頷いてお互いを見つめ合う。
それは、2人にとって願ってもない要求だったのだ。
「よしいいだろう。明日、改めてこちらに車を要して伺うことにしよう。望月。行くぞ」
「行くぞって!いきなり言うのやめてください!!」
望月と五十嵐は、何かを掴んだ感覚を感じる。
すぐに戻った2人は、夜中ギリギリまで資料をまとめたのだった。
1ー2
PM4:20 探偵事務所 如月
刑事達による、情報提供に付き合わされ、笑顔で見送り椅子へと座る。
厄介なのが来た事により、私の疲れが増してくる。
「お疲れ様。まさかいきなり、道警の刑事さんが来るなんてね」
「あぁ。全く、誰の伝手で来たのがさっぱりだが、面倒なのが来たよ」
受付をしていた私の妹、ラスティアは今日分の決済をしながら、私に言う。
窓を開けて煙草に火をつけ、煙を吐く。
ラスティアは、おかわりのコーヒーを私のマグカップに注ぐ。
「それで?明日行くの?」
「約束してしまった以上はね。捜査本部は中央警察署でしょ」
「あそこしかなさそうだしね。店番はどうするの?」
「君と明日香に任せるよ。それより、あっちから連絡は?」
「まだ来てないよ。多分、姉さんの方に直接来ると思う」
ラスティアは、自分の分の紅茶を飲み、資料をまとめる。
ジリリリリ。ジリリリリリリ。
煙草を吸ってると古い電話が鳴り響く。私はすぐ、受話器を取り応答する。
「もしもし」
『あら?アルじゃないの。てっきりラスティアが出ると思ってた』
「セシリアか。どうしたの?」
電話の相手は、知り合いであるセシリアだった。
どうやら、暇を持て余しているらしいが、話の口調からそうではない様だ。
『あなたが出たらなら丁度いいわね。実は、色々と話し合いたい事があったのよ』
「へぇそう。例の件なら、私も今追ってるよ」
『それなら、話が早いわね。今晩一緒にどうかしら?』
「別に構わないけど、やってるの?このご時世で」
『確かにそうね。この国はやってないだけで、人の流れはそれなりにあるものね。ロンドンなんて全滅よ』
「この国はロックダウンなんて無いさ。なら、うちに来なよ。探すよりもマシでしょ」
『えぇそうね。そうさせてもらうわ』
セシリアは、電話を切り、私も受話器を置く。
吸い足りないので、もう一本煙草を口にくわえ、火をつけようとしたが、ライターに火がつかない。
「オイル切れだったな。後で足しておくか」
ZIPPOのオイルが底を尽きたみたいなので、小杖で火をつけようとした。
しかし、誰が指に火を灯してくれたみたいで、それに甘えて煙草に火をつける。
「明日香か。もう帰ってきたの」
「君が電話をしている間にね。気づくまでここで横にさせてもらったけど」
この屋敷に居候をしている、七森明日香が事務所に帰ってきたいた。
私がセシリアと電話していた時に、戻ってきたみたいで、通話が終わるまでの間そのソファに横になって待っていたようだった。
「それで、外の様子は?」
「相変わらず殺風景だったよ。店はどこもやってないし周りはマスクしてる奴らでいっぱいさ」
「政府直々の規制要請だしね。まぁ、『魔術師』には打って付けの環境だ」
「まぁ、例の件も対して動いてないよ。奴らは昼間は好まないって君が言ってたしね」
「それもそうだな。昼間でやるやつなんて、イカれた奴らしかやらないさ。この街じゃ特にね」
調査をしてきた明日香は、私に報告をする。例の事件については、手付かずだったみたいだ。
煙草の火を消し、事件の資料を纏めてるファイルを覗く。すると、ラスティアが事務所の扉を開けた。
「2人とも、ご飯が出来ましたよ」
「うん。今行く」
「そんな時間か。なら、食事にするとしよう」
ファイルを閉じ、明日香と共に食堂へと向かう。
3人で暮らしには大きすぎる食堂で、私達は食事を始めるのだった。
――――――――――――――――――――――
向かおうとするが、後ろから気配を感じて振り向く。
「いいのかしら?あんな警官の依頼を受けて」
漆黒のドレスに身を包んだ仮面の女が、ソファーに座る紅茶を嗜みながら話かける。
アフタヌーンティーごと事務所に来た様だ。
「別に。邪魔になったら私だけでも肩を付けるさ」
「それだったら私的には助かるんだけど」
溜息を吐きながら、振り向く。私は、その隣に座る。
「あの警官、しっかり目を張りなさい。面倒な事が起きるわ」
「目を張る。どういう事だ?」
「あの警官の中に死人が出るわ。一緒に動くのはいいけど、十分気をつけなさい」
「……肝に免じておくよ。君が言う事は大体あってる訳だし」
「あなたも自分の身を知りなさいな。まぁ、知っているだろうけど」
彼女は、私に何かを渡す。亜空間から、タブレットを出し、それを私に渡す。
私はそれを受け取ると、ボタンを押し起動させる。しかし、ラスティアの声が聞こえ、振り向く。
私はドアを開けるが、また振り向くと彼女が消えていた。
テーブルに置き紙が置いてあり、取ってみるとパスワードが書かれていた。
やれやれと思いながら、改めて私は食堂に向かうのだった。
1ー3
3
PM9:10 探偵事務所 如月
皆と食事を済ませ、書庫で資料を漁る。
食堂から持ってきたウィスキーを嗜みながら、魔術書を読む。
「この手の『魔術』か?それとも、SNS等の媒体で呼び寄せたのか、後者なら勘弁して欲しいものだ」
『魔術師』である私は、機械にはとても疎い。正直、現代的なやり方はやめて欲しいものだ。
そもそも『魔術師』とは?
この星の神秘を具現化して操ることが出来る人間達のことを、人は『魔術師』と呼ぶ。
星の神秘はそれぞれの色に分けられ、それを用いて何かをすることを『魔術』と呼ぶ。
ただ、色が何色も使えるからと言ったり、1つの色しか使えないからと言って優劣がある訳では無い。
私達は、日頃より鍛錬や研究を重ねる事で、自身の成果を世に広める事が目的で動いてるのだ。
梯子から誰が上がってくる。
「姉さん。セシリアが来たよ」
「わかった。今行く」
グラスに入ってるウィスキーを飲み干し、私は梯子を降りる。
階段をおり、事務所に入ると、そこにはソファでくつろいでるセシリアが居た。
「もう来たのか。電話くらいかければいいのに」
「一応、かけたのよ。そしたらあなた、全く出ないんですもの」
私は、ポケットの中に入れ、スマホを取り確認する。すると、セシリアからの不在着信が結構あった。
「魔術書を読み漁ってたから気づかなかったよ。悪いね」
セシリアに詫びながら、私もソファに座る。
「まぁ、あなたがそうなのは昔から変わらないわ。それより、どう?例の事件は」
「残念ながら、進展無しだ。魔術書を読み漁っても検討が付かない。だが今日、良い収穫が出たよ」
「ほう?それは吉報ね。どういうのなの?」
「警察の連中が直々にここに来たよ。明日、近くの警察署に行ってくるよ」
私は、話ながらセシリアと自分の分のグラスにウィスキーを注ぐ。セシリアは、興味津々に私に質問する。
「へぇ?何かいい収穫があればいいわね」
「あぁ。それに、出来れば早いうちに手を引いてくれるとなおいいんだけどね」
「日本の警察は案外しぶといわよ。私も何度も捕まった事あるけど、中々しつこくて面倒な連中よ」
「君の事だから、殴り合いの喧嘩だろう。それも酔っ払ってる時にね」
「言ってくれるわね。まぁ、ほとんど事実だけど」
セシリアは、中々酒癖が悪い。
昔、ロンドンにいた頃は何度も付き合わされたくらいだ。それで何度も酷い目に会いかけたのも懐かしい思い出でもある。
セシリアは、私にタブレットを渡す。ファイルを開くと、私が追っている事件をまとめたものだった。
「これは?」
「例の事件の資料よ。これまで起こった事件を一通りまとめたやつね。これの為に2人くらい死んでしまったわ」
「なるほど。なら、そいつらの為にも早めに終わらせないとね」
セシリアは、煙草を口にくわえ、火をつけて煙を吐く。
「失礼。周りを見ずに一服しちゃって」
「構わないが、窓をかけてからにして欲しい。
窓開けてから吸わないと、ラスティアに叱られるからさ」
私は、ファイルを見ながら、セシリアに言う。セシリアもまた、煙草を吸いながら、酒を飲んで私を見つめる。
「ケルンでの自爆テロ?何があった?」
「少し前にね。ケルンで自爆テロが起きたのよ。そのテロによって死傷者計104人、それも昼下がりのデパートを狙った悲惨なテロよ。問題は、実行犯は全裸で立ってそのまま爆弾を起爆させたってこと。それに厄介なのは、実行犯は前日までごく普通の一般人だって訳よ」
「そう。なら、『魔術』の類で洗脳されて起爆するタイミングで解いたって訳か」
「恐らくね。それからしばらくして、今度は成都で同じような事件が起きた。こっちの死傷者は合わせて381人。それにタチが悪い事に2割は家族連れだったみたいよ犯行動機はさっきのケルンの件と同様ね。2つの事件を足すと500人弱の人間が被害にあってるわ」
「中国は人が多いからね。それに、同一犯の可能性はかなり高いな」
「へぇ?さすがはアルね。この資料を見るだけで、犯人は『魔術師』と読むとは」
「当然さ。こんな不可思議な事が出来るのは、私達魔術師だけだ。それに、見つけ次第即急に殺しておかないと手遅れになる」
「なるほど。それは『咎人化』する事?」
「それも無くはないが、次の被害を食い止めなきゃ行けないのもある。それに、今は例の病が流行ってるせいで誰も家から出られない状況だ。
抑制が解かれて時が一番危険でもある」
周りの人達は、行動を抑制されてしまい、無闇に外出ができない。
だが、私のような魔術師は別で、何かの節にかかることは無い。まぁ、そう言う体質だがら、厄介な事も多々あるが。
ともあれ、個人的にもこの情勢にもうんざりしてる所もある。
変な話、飲食店では無いにも関わらず、行政の連中から自粛要請を要求してくるが、一方的にこっちから断ってる。
「まぁ、落ち着いたら皆、外へと出るでしょうね。犯人はそれを狙ってる感じ?」
「ビンゴ。出来れば、この情勢下の内には方をつけるさ」
「それはあれ?あなたの得意な手段を選ば無いやり方で?」
「まぁね。これを終わらせるなら、警察だろうと使えるもんは使うさ」
セシリアは、グラスのウィスキーを飲み干し、煙草を吸う。
「とりあえず、細かい事はあなたに任せておくわ。私は執行者としての仕事があるからね」
「ふっ。まぁ、何かあったら連絡しておくよ。それより、この後はどうする?」
「私はホテルへ帰るわ。ここからそう遠くは無いし」
「なら、ラスティアに乗せてもらいなよ。君、だいぶ酔ってるみたいだし」
「えぇ。そうさせてもらうわ」
ラスティアに頼み、セシリアをホテルへ送らせる。私も、グラスのウィスキーを飲み干し、空を見上げながら煙草を吸う。
かくして私は、再びグラスにウィスキーを注ぎ、セシリアからもらったタブレットを見返すのだった。
1ー4
AM 10:20 探偵事務所 如月
五十嵐さんの迎えの車を待ちつつ、あれから貰ったタブレットを眺めている。
予定では、10時に迎えに来る手筈だったが未だに来ない。恐らく、何か起きたのだろう。
ラスティアが淹れたコーヒーを飲み、タブレットに保存されている動画を再生する。
再生されている映像は、余りにも凄惨なものだった。
なんと、4人の10代の男女が全裸で暗いところに居て、その内の2人がもう2人の方の体に刃物を刺し、腹を開かせて臓器を放出させて殺させたのだ。
そして、殺した方の2人もまた、首を刃物で切っては多量の血を出してそのまま事を絶えた。
「これは流石にやってるな。ここまでするとは余程自分の技術に過信しているらしい」
私はその動画を、何度も見返す。よく見ると、殺した方の2人の目には普通では無かった。
ズームしてみると、画質が荒いせいか、胸元に何かの痣があった。
やはりこれは、被害者の遺体を調べる他にない。ハイテクになっていく現代でも、実物をみる方が手っ取り早いのはいつの時代も変わらないのだから。
そう考え事をしていると、ラスティアが事務所に入ってきた。
「姉さん。道警の人が来たよ」
「わかった。すぐ行くよ」
どうやら、五十嵐さんがようやく来たみたいだ。私は支度を済ませ、事務所を後にする。
玄関を出ると、黒いプリウスが止まっていた。
「悪りぃな、お嬢さん。野暮用が出来ちまって遅ちまって」
「いえ、いつ来るのかと暇を持て余した所ですよ」
五十嵐さんは助手席の荷物を後ろに置くと、私に乗るよう促す。
私は五十嵐さんの車に乗り、警察署に向かった。
――――――――――――――――――――
数分後 北海道警察 中央警察署
五十嵐さんの車で警察署に着く。ここからは中島公園までは、それなりに離れてるので地下鉄とチカホを使えば行けない事はない。
まぁ、誠意なら受け入れるのが礼儀と言うものだろうか。
警察署に着くと、五十嵐さんに案内された部屋で待つことになる。
「ここで少し待っててくれ。それと、望月に事件の資料を持って来させるわ」
五十嵐さんはそう言うと、ここを後にする。私は、用意されたコーヒーを飲みながら待つ事にした。
しばらく待っていると、ドアが開き望月さんが来た。塞がれている手には、事件の進歩をまとめたファイルがあった。
「すいません、キサラギさん。五十嵐さんの無茶振りを聞き入れてくれて」
「提案したのは私ですので、お構いなく。それより、そのファイルは?」
望月さんは、両手いっぱいの資料をテーブルに置く。ページいっぱいにまでに挟んでるためか、相当重いのだろう。
「五十嵐さんに持っていけって言われて持ってきたやつです。あの人、本当に人使いが荒いんですよ」
苦笑いしながら、私はファイルを開く。中身を見ると、これまでの経緯が書き留められていた。
被害者が亡くなるまでの経緯と、亡くなる前の心境までを記されている。
まさか、ここまでの事件のことを記録していたとは|驚いた。ここまで精密に記録するなんて、思ってもなかったからだ。
そう感じながらページをめくってると、新しいページを開く。ペンの描き具合的に、これが最新のものになるだろう。
「これは、また被害者が?」
「えぇ。通報した方によると、発見した場所は酷い状態だったそうです。
全裸の10代の男女4人組が2人ずつ外傷は違えど、全員出血性ショックで亡くなったそうです。鑑識によると、殺害後に自殺したそうですし」
「4人共死因が出血性ショックで、その内2人はもう2人を殺害後に自殺したと」
やはりそうか。あの映像は、この事件のそれも最近亡くなった4人のものだったのか。
そうなると、少し気がかりなことがある。奴は、何の為に遠回しなことをやっているのか。
眼鏡越しの吸血鬼のような瞳孔をファイルに向けながら、考える。
望月さんは、何かを心配しているかのように私に話しかける。
「い、如何なさいましたか?何か、ご不明点でも?」
「いえ、何でも。それより、コーヒーのおかわりをもらえたりしますか?」
「は、はい!今持ってきますね!」
望月さんは、私のカップを持っていき部屋を後にする。何かと、慌ただしい人だ。
私は、ファイルを閉ざすと、虚空に向けて話しかける。
「あのタブレットの中身、見たよ。まさか、このようなことになってるとはね」
「あら、それはどうも。野良猫に紛れて撮ってきた甲斐があったわ」
亜空間から、彼女がやってきた。どうやら、女子高生の格好できたらしい。
「なんだ、まだそれ捨ててないんだ」
「ここ数年の中で、一番馴染んでるんですもの。そう易々と飽きないわ」
「そう。それより、ご遺体はどうなってる?」
「警察連中の所にあるわ。何なら、ここだと思うけど?」
「君にしては随分と投げやりじゃないか。目当てのがあったの?」
「さぁ?少なくともそれはないわ。まぁ、それは後になってからの話だろうけど」
2人で話していると、誰かの足音が聞こえる。恐らく、五十嵐さんのものだろう。
「そう言うことで、また何かあったら伝えるわ。アル」
「はいはい。期待はしないけど、また頼むよ」
彼女は、笑顔を見せながら、亜空間に入っていく。亜空間が消えて少しして、ドアが開いた。
「すまんな。鑑識に頼み込むのに、時間食っちまって」
「いえ、待っている間、資料を拝見させていただいたので」
「そうか。それより、遺体安置室の用意ができた。すぐに向かうがいいか?」
「はい、大丈夫です」
私は、そう返答すると、五十嵐さんは私を遺体が保管されてる場所に案内する。
そして、荷物を持ち、私は五十嵐さんの後を追うのだった。
1ー5
AM 11:25 北海道警察 中央警察署
五十嵐さんに案内され、遺体安置室に向かう。薄暗く照らされている廊下を歩くこと数分、五十嵐さんは扉を開けた。
安置室に入ると、警官らしき人達が敬礼をし、五十嵐さんは遺体が置かれている場所へと私を案内する。
ドラマで見るような台に、白い布で覆い被されたそれは、素足にタグがつけられその素肌からは生気すら感じなかった。
「これが今朝、うちに運ばれた遺体だ。法医の連中が言うには、死後2日経過してるそうだ」
五十嵐さんが布を取ると、全裸で横たわる10代の女性の遺体が現れる。見た目から判断して、女子高校生と見て間違いないだろう。
首のあたりには、刃物で切った跡がくっきりと見えてる。恐らくは、こっちが殺した方で間違いないだろう。
遺体を観察していると、胸部に何かの痣がある。本来なら、あるはずのない痣がなぜあるのだろうか?
「この痣は?」
「鑑識の調べだと、関連してる事件の被害者の胸部に似てる物らしい。何を表してるのかは全く分かってないんだそうだ」
五十嵐さんが言うには、鑑識でもわからないものらしい。当然だ。これは魔術によって付けられたものだからだ。
被害者は、これを付けられては、意のままに操られ、要が済んだら自殺させたのだろう。
私は、鞄から道具を出す。砂が入った瓶を取り出し、コルクを開けてそれを左手につける。
五十嵐さんたちは、私の動作に目を向ける。私は、それを気にせずに作業を続ける。
小杖を持ち出し、砂だらけの左手に向けて魔力を込める。
すると、左手に纏わりついてる砂が反応し、遺体の痣に纏わりつく。
「何だこりゃ? 手品かなんかか?」
「砂に魔力を与えて痣を調べさせている所です。もうそろそろ、答えが出ますよ」
私は五十嵐さんにそう説明していると、痣が浮き出てきた。浮き出たそれは、『藍色』の烙印だった。
それを見た2人は、呆然とそれを見つめる。
――――――――――――――
そもそも、魔術とは何なのか?
この星の神秘を具現化したものを、『魔術』と呼ぶ。
星の神秘の具現化には、使用者が適してる『色素』が必要となる。
そして、使える魔術も使用者の『魔素』に依存することになる。
基本的には、『赤 青 黄 緑 橙 藍 紫』と区分されると考えられている。
これを『原色』と呼び、人類はこの7色から基本的には一つは適してるそうだ。
中には2つ以上適応する者のいるんだとか。
反対に、『白 黒 灰』に区分されてるものを、『無色』と呼ばれる。
『原色』に相反するもののためか、これを扱うものはそうそういないほど、これらは忌み嫌われているくらいだ。
そして、これら星の神秘を具現化できる連中を人は『魔術師』と呼ぶ。
まぁ、大抵は自分の私利私欲で動くろくでもない奴らしかにいないのだが。
――――――――――――――
と言うわけで、犯人は断定した。間違いなく首謀者は魔術師だ。
何かの媒体で人を集め、実験のためにこの烙印を胸部に付けさせ、被害者に犯行をさせたのだろう。
「こ、これが魔術ですか!? すごい! 初めて見ましたよ、これ!!」
「テメェは黙ってろ!! お嬢さん、これがあんたの言う魔術って奴か?」
「はい。これは紛れもなく魔術によるものです。首謀者はこれを被害者に付けさせて、犯行に及ばせたに違いないでしょう。
しかし、疑問に残ることはまだあります。奴はどうやって人を集めたか。それさえ分かれば、後は楽でいいのですが」
五十嵐さんは、閃いたかの様に私に質問する。
「それじゃ、あれも同じ手口ってわけか」
「あれとは?」
「札幌近郊の刑務所で、囚人が失踪する事件も発生しているんですよ。しかも、二箇所合わせて30人程度失踪したそうです」
「それもこれが絡んでるんじゃないかってことさ。信じがたいが、全部にそれが絡んでることになるな」
どうやら、他にも奴は関与しているらしい。しかし、なぜ囚人たちが消えるのか?
一体、何の為に囚人たちを連れ去るのか? ますます謎が増えるばかりだ。
魔術の実験だったら、同じ手を使えばいいのに、そんな手間をしなくてもいいはずだ。
「とにかく、もう時間だ。早く出ねぇと鑑識に怒られてしまう」
五十嵐さんの声と共に、片付けを始める。私は、烙印を移した砂を紙に乗せる。
私は、五十嵐さんに案内されるように、エントランスに向かった。
「色々とありがとな。また何かあったら頼むな」
「いえ、こちらこそ。では、失礼しま―――――」
警察署を去ろうとした時だった。魔力を感じ、振り向くと学生たちが警察署に押しよせて来た。
見るからに、男子校生らしい。しかし、目を見ると虚ろな目をしている。
私は、彼らが手に持っているものを見て、嫌な予感を感じた。五十嵐さんは、学生たちを追い払おうとした時だった。
フォンッ。ボッ!!
五十嵐さんは即座に避ける。なんと、学生から火球が放たれた。
もう1人の学生は、ペットボトルの蓋を開けて、飲み物を落とす。すると、水は地面に落ちずに私たちに襲いかかる。
放たれた水は、望月さんを襲う。だが、私は火球を放つことで免れた。
学生たちは、もう一度魔力を込める。私はその隙を狙い、火球を放つ。
火球は学生の杖を落とし、それを持っていた学生は倒れ込む。学生たちは逃げ始める。しかし、そのうちの1人が逃げ遅れる。
私は、その隙に学生の影に向けて魔術を放ち、学生を拘束する。
「誰の差し金だ?」
私は、質問をするが、反応がない。学生はもがくが影が拘束されて動けれない。
私は小杖に解呪を魔術を唱え、小杖の先端を学生の胸部に付ける。
ジュゥゥゥッ。
「ギャァァァァッ!!!」っと悲鳴を上げる。しばらくすると、学生は泡を吹いて気を失う。
「キサラギさん!? 今、何を!?」
「これの先っぽに、魔力を与えて解呪を行ってるところです。付けた側の魔力が解く側より魔力が低いと解けるはず」
五十嵐さんは、私の行動に何かを悟る。
「どうやら、俺らは踏み入れちゃいけねぇ所に足を入れたみたいだ。それも、あんたがいないとダメなやつに」
「そうらしいですね。五十嵐さん。彼を頼みます」
「分かった。おい望月! こいつを運ぶぞ!」
望月さんは、慌てて五十嵐さんと共に警察署に戻る。
私は、2人を見送った後に事務所に戻るのだった。
第2節 悪性に染まれし悲惨
2ー1
PM 1:10 大通公園
コンビニに立ち寄り、コーヒーを買っては煙草を吸いながら一服をしていた。
季節は春になっているとは言え、この街にはまだ雪が多少残っている。
その為、大通公園にはまだベンチが設置されていないのだ。仕方なく、私は柵に腰をかけて一服している。
煙草を吸い終えると、よく知る顔馴染みが近くまで来たようだ。
「公園内で喫煙してると、1000円取られるけど?」
「明日香か。どうしたの?」
髪を帽子でまとめ、上下同じ柄のジャケットとホットパンツを着た明日香が、迎えに来たみたいだ。
「どうしたのじゃないよ。電話に出ないと思ったら、君スマホを忘れて行っちゃうんだもん。ラスティアが心配していたよ」
明日香に指摘され、ジャケットのポケットを確認する。何かないと思ったが、本当にスマホを置いて行っていたそうだ。
どうやら、財布と煙草のみを持ったまま行ってしまったみたいだ。
「それはすまない。完全に置いていったみたいだ」
「全く君は。それより、早いところ戻ろう。彼女が早く連れてこいってうるさいから」
「わかった。それなら今から行こう」
私は煙草を吸い殻入れに入れ、明日香と共に地下鉄を使って事務所へ戻った。
――――――――――――――――――
20分後 探偵事務所 如月
中島公園で地下鉄をおり、少し歩き事務所に着く。溶けかけている雪に不快感を感じながら到着した。
靴に付いた雪を落とし、事務所の扉を開ける。扉を開けて入ると、ソファでくつろいでるセシリアと、資料を整理しているラスティアが待っていた。
「おかえり。姉さんってば、スマホを置いて行くから心配したよ」
「すまない。うっかり置いて行ったみたいだ」
「全く。あなたはそう言うのに疎いのは変わらないわね。出ないと思って来たらそういうことだもの」
2人にスマホのことを言われつつ、私と明日香はソファに腰をかける。
来客用の消毒用アルコールで手を殺菌し、ラスティアの淹れたコーヒーを飲む。
明日香は、ハンバーガーを亜空間から取り出し、それを口に運ぶ。
コーヒータイムを嗜んでると、セシリアが話を始める。
「ねぇアル。工房を開けてもらえるかしら?」
「いきなりどうした? 何か調べたいことでも?」
「えぇ。即急で調べたいことあるのよ。昨日、あるものと出くわしてね」
「あるもの? それって?」
セシリアは、白い布で包んだものを持ってくる。私はデスクの横の扉を開ける。
床に刻んだ魔術の術式を解くと、床が消え石造りの階段が現れる。
しばらく歩いてると、これまた石造りの壁が現れる。私は再び術式を解くと、石造りの壁が開き、私の工房が現れた。
ラスティアは、薄暗い空間をランタンに火をつけて灯りを灯す。
セシリアは白い布で包んでるものを台に乗せ、私達の前で布を解いた。
「これは、一体……」
布が解かれたそれは、あまりにも酷い人の姿をしていた。それを見るに、人とはかけ離れた異形な姿をしている。
「愚者よ。昨日、ラスティアにホテルまで乗せてもらった帰りに、気配を感じてね。
振り向いたらこいつと出くわしたわけよ。まぁ、反射的に胸に風穴を開けてしまったけど」
「愚者か。この街じゃ余り見ないな」
「ここ最近、数を増やしているみたいなの。夜に呻き声が聞こえるって噂が広がってるみたいだし」
「こいつらは基本夜行性だしね。夜中に呻き声が聞こえるんじゃそうなる訳だ」
セシリアの報告を聞きながら、体の一部に触れてみる。肌触りを感じてると、違和感を感じた。
これは、まさか? 人肌の感触だ。
「まだ人間だった時の肌の感じがする。魔力を無理やり注入されたらしい」
「そうね。殺した時に思ったけど、人を殺した感覚がしたわ。愚者になりかけてるって感じね」
まずいことになった。どうやら、私の知らないところで、奴は力を蓄えてるみたいだ。
さっきの学生達といい、奴は何を考えているのか?
ますます謎が深まる。魔術と目的はわかった。しかし、当人の所在と人の集め方に疑問が生じる。
こんな遠回しな事をせずとも、容易く人なんて集められるのに、奴はなぜこうも回りくどいことをしているのか。
「そういえば、警察署から何か収穫はあったの?」
ラスティアが、朝のことを聞かれる。私は、鞄を開け封筒を取り出す。
封筒の中身を出すと、あの遺体からコピーしてきた烙印を皆に見せる。
「これは? 何かの術式かしら?」
「警察が保管してる遺体から写してきた烙印さ。4体の遺体の内、2体に刻まれてたそうだ」
「それじゃ、亡くなられた人はこれを刻まれて、間接的に殺されたの?」
「恐らくね。ただ、何を媒体に集められているのかは分からないだけさ」
私たちは推理していると、明日香はスマホの画面を私たちに見せてきた。
「これじゃないかな? SNSを媒体にしているなら、そうするはず」
「SNSを媒体? そんな事できるはず……まさかね」
セシリアは、何かを閃いた。どうやら、何か繋がりのあることを思い出したそうだ。
「犯人がこれで人集めをしてるなら、ピンとくるわ! 他の二つに事件も共通しているなら!」
「SNSを媒体に人集めをしているなら、それなら動かずとも人を集められるな。信憑性が薄れるネットなら、何かを口実に簡単に集めれる。
そして、それを餌に自分の魔術の実験に利用できるっか。これはまた面倒な事になりそうだ」
「最近は例の感染症の蔓延で、自粛されて学校に通えない人たちが沢山いるから尚更、被害が増える一方だよ」
全員で、奴からの被害を減らす術を模索する。考え事をしていると、誰かの腹の音が聞こえる。
「あっ。ごめん、お腹すいちゃった」
「もう、明日香さんったら。そう言えば、もうこんな時間。今からご飯作りますね」
「私もご馳走になってもいいかしら?」
「もちろん。姉さんの代わりに用意するね」
3人は、食事のため。工房を後にする。私は後ろから3人を見送る。
こうして、私は1人淡々と愚者の死体から触媒の採取を始めるのだった。
2ー2
2
PM 9:00 探偵事務所 如月
愚者の死体を解剖し始めてから数時間が経った。この数時間だけで、いくつかの結果が出てきた。
まず始めに、セシリアが持ってきた個体は、愚者になってからそれほど経過していないみたいだ。
何故なら、魔力を注がれてから半日程度しか経ってないからだ。不自然に残る人肌が、確固たる証拠だ。
また、血を採血したところ、まだドス黒くなっていない。本来愚者の血は人間と比べて真っ黒で、かなり臭い。
しかし、この愚者の匂いを嗅ぐと、獣のような刺激臭を感じなかったのだ。
「魔力を注がれた量がまだ少ない。少量だけで愚者になったのか?」
採血した血から、魔力の量を測る。測ったところ、少量の魔力を注入されただけで、拒絶反応を引き起こされたみたいだ。
それに、体をもう一度見てみると、囚人の物と思わしきタグが付けられたままになっている。
これは一体? 何やら、どこかから連れて来たようだ。
「このタグは、一体? 確か、望月さんが囚人が消えてるって言ってたような?」
昼間に望月さんが、言ってたことを思い出す。ここ最近、二つの刑務所で囚人が失踪していることを。
もし、消えた囚人が同じく愚者にされていたら? ますます嫌な予感がする。
そうなってしまっては、私は彼らを殺さざる得なくなる。愚者にされた人間を治す方法はないのだからだ。
「あら? ここにいたなんて。なんだか面倒なことが起きていたのね」
足音が聞こえ、振り向くと彼女がやってきた。どうやら今回は、いつもの姿らしい。
「何のよう?」
「あなたに伝えたいことがあって来たわ。っと思ったけど、もうこっちにまで手を着けてたとはね」
「たまたまさ。まさか、奴を追ってたら、愚者と出くわすなんて思ってもないよ」
彼女は、既に愚者について調べたことを私に伝えようとしていたみたいだ。
しかし、偶然にも私が調べ始めていることに、残念そうに私を見つめている。
「なら、話が早いわ。遠回しに伝える手間が省かれて」
彼女は、単刀直入に私に話をする。
「奴に、あなたが自身を追ってることを知られたわ。今、始末しに刺客を向かわせてるみたいよ」
「――――――そうらしいな。遠くからでも、魔力を感じる。
ここで始末しておきたいのだろう」
「あら? 久々に見たわ。あなたのその顔を」
彼女の話を聞き、殺意を剥き出しになる。今の私は、『探偵』の顔ではなく『魔術師』の顔になってるそうだ。
それを見ていた彼女は、うっとりとした顔で私をみる。変態か、こいつは。
「かれこれ、4年ぶりか。あの老害どもを血祭りにあげた時以来だ。ここまで怒りが溜まったのは」
「4年も安泰だったから、退屈でしょうがなかったわ。あなたが強すぎるのが問題なんだけど?」
「からかってるの?」
「いいえ。事実みたいなものだけど? まぁ私は高みの見物とさせてもらうわね」
そういうと、彼女は亜空間へと消えていった。それと同時に、誰かが駆けつける音が聞こえる。
「姉さん!! 公園から愚者の群が来てるって!!」
ラスティアが駆けつけて来た。どうやら、愚者の反応を感じ、私に伝えに来たみたいだ。
「状況は?」
「セシリアが、迎撃に行ったよ!! 姉さんも、早く!!」
私は、工房を後にし愚者の大群を迎え撃つために中島公園に向かう。
すると、ラスティアが私の方を見る。
「姉さん。それで行くの? 血がつきまくってるよ」
「他にないでしょ? 早く行かないと来てしまう」
ラスティアは、すぐに着替えを持って行き、私に着させる。
白のノースリーブのブラウスとジーンズを脱がせ、黒のノースリーブのタートルネックのセーターを着させ、ボトムスには茶色のフレアスカートを着させる。
「これでよし! ここの守備は私と明日香さんでやるから、姉さんはセシリアと合流を」
「わかった。ここは任せるよ」
私は、2人に事務所の守備を任せ、セシリアのいる中島公園へと向かう。
指を鳴らし、黒のダウンジャケットから白のロングコートに変え、事務所を後にする。
かくして、私は独り中島公園に向かった。
――――――――――――――――――――
数分後 中島公園
急ぎで中島公園に着く。入り口には、セシリアが一服しながら待っていた。
「遅かったじゃない。1人でもいいからやってしまうところだったわ」
「すまない。出ようといたところ、ラスティアに止められてね」
「それは仕方ないわね。なら、始めましょうか」
セシリアが身構えを始める。
「粉砕しろ!『ニョルニル』!!」
彼女がジャンプすると、靴が姿を変え、ハンマーのようなハイヒールになる。
近くまで見ないとわからないが、彼女は少し浮いている。
その状態から、セシリアはウォーミングアップを始めた。
「魔具を解放してるとやりずらんじゃなかった?」
「仕方ないわよ。長いことこの職をしてるとね」
私は、小杖を召喚する。そして身を構える。
しばらく待ってると、呻き声と共に、愚者の大群が現れた。
「さて、やるとしますか」
「あぁ。一匹残らず蹂躙するとしようか」
愚者の大群は呻き声を上げながら、私たちを襲いかかる。
かくして、私たちは愚者の大群を相手に戦闘を始めるのだった。
2ー3
PM 10:50 中島公園
中島公園に、愚者の大群が押し寄せてくる。そして、その大群を私とセシリアのみで食い止めようとする。
その数は約30体。多勢に無勢。この言葉が似合う状況というのは、まさにこれである。
しかしながら、私とセシリアはそんな事を感じることはない。なぜかと言うと、愚者の群れなんて大したことでは無いからだ。
「来たわね。そんじゃ、一番槍はいただくわ!」
「好きにして。私は勝手にやらせてもろう」
セシリアが飛び出すと、挨拶がわりと言わんばかりの踵落としを披露した。
バチバチバチッ!!ドゥオオオン!!!
セシリアは、地面にクレーターが出来る程の強烈な一撃を放つ。それにより、愚者の群れが空中に舞い上がった。
それを見た私は、セシリアの背後を襲う愚者に魔術で迎撃する。
「血よ」っと術式をかけ、血の針を愚者に命中させる。その瞬間、血の針は愚者の脳天を貫通した。
ブチュッ!と言う音と共に、愚者の脳天を撃ち抜かれ、腐敗した脳みそが黒い血と共に飛び出た。
「あら? 温情のつもり?」
「どうかな? ただの露払いなのかも。それより、相変わらず、『ミョルニル』の威力は凄まじいね」
私はセシリアの魔具を、褒める。しかし、セシリアは気にもせずに愚者の群れを次々と殲滅する。
私も、小杖を携えて愚者の群れを次々と倒していく。
――――――――――――――――――――――
そもそも、魔具というものとは、なんなんのか?
それは、私達魔術師にとってなくてはならないものだ。これを無くして、魔術師を語れない言わば必需品だ。
基本的には、剣、弓、杖の三つからになるものだが、伝承に名高い道具も魔具として、現世に留まる事もある。
セシリアの持つ『雷鎚 ミョルニル』はそれにあたる。
しかし、魔術師のほとんどは伝承が語り継がれる魔具を持つことができず、通常の魔具しか持たない。
伝承が語り継がれる魔具は、それほどじゃじゃ馬で、そして強力なのだからだ。
ちなみに、私の持つ小杖も魔具の一種である。
――――――――――――――――――――
それはともかく、この愚者共はどこか微妙におかしい。
本来に愚者は目に映るものを見境なく襲うが、こいつらは統率が取れている。
ピンポイントに私たちを、執拗に狙ってくるからだ。
「微妙だわ、こいつらは。これじゃ、愚者じゃないわね!!」
「あぁ。これほどまで統率が取れてるとは、奴も大したものだ」
私とセシリアは、話をしているとまた愚者の群れが襲いかかる。それを私とセシリアは迎え撃つ。
「少しだけ、暴れるとしよう」
私は不敵な笑みを浮かべると、愚者の亡骸に手を添える。
「『二重術式 中級造形術式・『血創作』【血剣】』」
小杖の周りに、血が集まり一振りの剣となる。そして、複数体の愚者をまとめて葬る。
セシリアに集中していた愚者もまた、私のところに向かう。
すると、セシリアを見逃すまいと、愚者の群れを足技で撃滅する。
バチバチバチッ!!
「よそ見してると、死ぬわよ。『二重術式 中級連撃・雷神脚』!!」
セシリアの華麗な足技により、愚者の足を粉砕する。
しかしセシリアは、容赦なく追撃を行う。
「続けて行くわよ! 『派生連撃・電旋脚』!!」
軸足を上手く利用し、魔術を纏った回し蹴りで愚者の群れを一掃する。
これにより、愚者の身体は胴体が真っ二つになった。
私もまた、左手に魔術をこめ愚者を爆散させる。
「『二重術式 中級展開・『大火球』!!」
ドカァァァァァン!!っと言う爆音と共に、数体の愚者を灰と化す。そして、私は立ち止まっていた愚者の首を血の剣で斬る。
プシャァァァっと首から噴出する血を被り、顔についた血を舐める。味については、クソがつくほど不味い。
「不味い。これならラスティアの血の方が全然美味だ」
「随分と血を被ったわね〜。それにその服、ラスティアの物でしょう」
セシリアはドン引きをしながら、私の方を見る。当然な事だ。返り血を被った挙句にその血を舐めているのだから。
そして、残る愚者の数は概ね10体。30はいたはずの大群ももうこの数となった。
だが、私の持つ血の剣は砕け、元の小杖に戻る。触媒となる血が自分のものではない為かすぐに脆くなったみたいだ。
先ほどの愚者の死体を見る。見るからに、まだ乾いていないらしい。
「――――これなら、いけるな」
私は、それを使える事を確信する。そしてセシリアに、時間稼ぎをするよう頼む。
「セシリア。時間を稼いでもらえるか?」
セシリアは私が何をするのか分かってたようなので、それを了承する。
「別にいいけど、全部倒されても知らないわよ?」
「それは困るな。せめて半分は残してもらえると嬉しいな」
「冗談よ。まぁ時間は稼いで上げるわ」
セシリアは、愚者どもを惹きつけるように、群れの中に突撃をする。
その間に、私は愚者の死体の血の溜まりに、自分の血を入れるよう手首を切る。
ポタッポタッと血を流し、左手に自分の血をつける。
そして、術式を唱えるように、詠唱を開始した。
「『星よ 我が声に応じよ 汝 星の怒りを代弁せし 代行者也』」
詠唱を開始すると、血溜まりは液状から物質に変換され、6本の槍のような物になる。
「『我が血を糧とし 我が呼び声に応じ 穢れし肉塊より 魂を解放せよ』」
2小節目。それによって、6本の槍は炎を纏い、より一層破壊力を増していく。
そして、私は最後となる3小節目を唱える。
「『今此処に 血と炎が交し武具を用い 星に仇なすものを一掃せん』」
3小節目が唱えられた。6本の槍は、血の油を触媒とし、その刃に炎を纏う。
そして、私の呼び声と共に、その槍は放出された。
「『三重術式 上級造形術式・『炎血融創具』【焔爆血投槍】』!!
こいつはとっておきだ。冥土の土産にくらうがいい!!」
6本の槍は愚者に向けて、一斉に放出される。
愚者の群れに向けて、降り注がれた槍は突き刺さると同時に爆散した。
そして、激しい爆炎と土煙が晴れると、黒く焦げた愚者の死体が徐々に露わにあった。
それを見ていたセシリアは、唖然としながらその光景を眺めた。
「ほんっと、容赦のない創作魔術ね。」
「あぁ。加減ができないからさ」
私とセシリアは、この凄惨な光景の中を歩き、残りがいない事を確認する。
――――――――――――――――
創作魔術とは、一部の魔術師が扱える術式だ。
本来の魔術師は、魔術書に記載されている魔術を扱うのが一般的である。
しかし、その中には自己流にアレンジして魔術を扱うものもいる。
それが、私やセシリアが使っていた創作魔術だ。
しかし、創作魔術は術式の調整が必要であり、地位の高い魔術師でも扱うものは少ない。
なぜなら、創作魔術は術式の調整次第で魔力量が変動するからだ。
私とセシリアのような、創作魔術を多用するものはかなりのレアなのだが。
――――――――――――――――――
かくして、愚者の炙り出しをしていた私たちは、もういないことを確認し、事務所に戻る。
お互いの魔具を封印することで、帰路に着く。
魔具は、使用していないときは、保有者のアクセサリーなどに擬態する。
セシリアの『ミョルニル』は、封印していると彼女のヒールに擬態するのだ。
「おかえり、2人とも。どうだった?」
「えぇ。全滅したことを確認したわ。もうあんなに来る事もないでしょう」
「マジそれ? 私とラスティアの出番ないじゃん」
明日香は、残念そうに報告を聞く。終わりを確信し、事務所に戻ろうとしたときだった。
なんと、愚者の一体が私に襲い掛かろうとした。私は、魔具を用意するが、間に合わない。
万事休すかと思った時だった。襲いかかった愚者はなんと、空中で凍りついたのだ。
「全く。姉さんはそういうの雑なんだから」
ラスティアは、冷気を纏った刀を鞘に収める。セシリアのまた呆気を取られる。
こうして、割と長かった夜は終わり、私たちは事務所に戻るのだった。
2ー4
AM 9:40 探偵事務所 如月
シャァァァァァ。シャワーを浴び、体を洗った泡を落とす。
体にムダ毛がないか確かめ、シャワー室を出る。体についた水滴を拭き、バスタオルを巻いて脱衣所を後にする。
ラウンジに入ると、ラスティアがコーヒーを用意してくれたので、それを口に運ぶ。
コーヒーを飲みながら、テレビを付ける。流れてくるニュースは、政府による制限の緩和についてだ。
「姉さん。髪から水滴が垂れてるよ」
ラスティアから、髪の手入れを忘れていることを指摘される。
どうやら、うっかりドライヤーをかけ忘れていたみたいだ。どうりで髪から水滴が落ちてると思ったらそう言う事だったみたいだ。
やれやれと思ったのか、ラスティアはドライヤーで私の髪を手入れし始める。
私は、髪の手入れされながら、テレビを見続けた。
しばらくテレビを見ていると、スマホから電話がかかってきた。
電話の相手は、望月さんだった。何やら、急な要件が出てきたらしい。
「もしもし」
『もしもし。望月です。今って大丈夫ですか?』
電話越しで、望月さんは要件を言う。私はいいよう伝えると、望月さんはさらに続ける。
「えぇ。構いませんが?」
『は、はい! ではお伝えしますね。先日、襲ってきた学生についてですが』
望月さんが、電話越しに先日のことを言う。どうやら、この間襲った学生の取り調べが終わったみたいだ。
『取り調べた所、覚えてないんだそうです。何やら、SNSで見た儲け話についての投稿を見た後に、集合場所に集められた後の記憶がないんだそうです。
それで、気がついたら取り調べ室にいたとのことです。本人、かなりパニックになってましたが』
「なるほど。それで? 五十嵐さんはその後どうしたんですか?」
『証拠不十分で、返しましたよ。これ以上拘束するわけにはいかないって言って送っていきました』
どうやら、証拠か掴めずそのまま返したそうだ。魔術が絡んでる事件だから、五十嵐さんも無闇に言えないのだろう。
「わかりました。私の方でもまた何かあったら連絡しますので、引き続きよろしくお願いします」
『わかりました。僕から五十嵐さんによろしくと伝えておきますね』
そう言って、望月さんは電話を切る。そして、コーヒーを飲む。
何か違和感を感じ、鏡を見る。すると、ラスティアが私の髪を勝手に弄っていた。
「何してるの?」
「ご、ごめんね。姉さんの髪を見てたら髪型を弄りたくなってつい」
私が電話中に、ラスティアが勝手に髪をアレンジしていたみたいだ。
ラスティアには、悪い癖がある。それは、私の髪型を勝手にアレンジしたくなる癖だ。
私自身、自分の髪型にはこだわりがないが、この髪がいいのかラスティアは良くアレンジしたがる。
今は、髪は左右に二つの束に分けて結ばれてるようだ。いわゆる、ツインテールってやつだ。
「ラスティア。その髪型はやめてって言ってるでしょ。早く下ろして」
「ダ〜メ! 姉さんこの間、私の服を血まみれにしたでしょ? そのお詫びで今日はこれで過ごしてもらうからね」
「そ、それはごめん」
私はラスティアに頭が上がらない。だいたいの服は、ラスティアが用意してくれるものだからだ。
あの後に、血まみれになった服を見てすごく怒られたのだ。愚者の血が付きまくったらしいので、完全に綺麗になるのに3日かかったそうな。
私と逆に明日香は、ラスティアの服を好む。今来ている服もラスティアが選んだ服なのだから。
「それはね。君のために選んだ高い服だもん。怒るのも無理ないよ」
明日香は、呆れながら私の方を見る。何を笑ってんだ、この野良猫が。
「姉さん、今日は休みにするの?」
「日曜日だしね。そうするつもりでいるよ」
今日は、特に予約は入っていない。それなら休みにしようという考えである。
ラスティアは、私が飲んでたコーヒーを片付ける。
「姉さん。今日は買い物に行こうよ」
「別に構わないけど、どこ行くの?」
「駅前かな? しばらく服とか買ってなかったし」
「ほとんどは今日から営業再開みたいだしね。私は別にいいけど」
「やれやれ。2人がどうしてもと言うなら、行くとしよう」
2人は、支度を始める。私はいつもの服を着ようとしたときだった。
ラスティアに捕まり、私は連行される。
「ダメだよ、姉さん。たまにはオシャレしないと」
「えぇ〜。別にこれでもいいんじゃ……」
こうしてラスティアは、私が拒否権を行使させる気もなく、ラスティアの部屋に連行したのだった。
――――――――――――――
数十分後 札幌駅西口
地下鉄を使い、札駅に到着する。制限の緩和もあり、人が多い。
明日香とラスティアは、エチケットと言うこともあり、マスクをしている。
もちろん私もしている。正直、私には必要ないが、これもマナーだから仕方ない。
それよりも、今知りたいのは――――
「なんでこの格好なんだ!?」
「? 別にいいじゃん。だいぶ似合ってるよ」
明日香は、私の服装を見て、ニヤついてる。
今の私の服装は、ベージュのセーターのノースリーブのワンピースに、白のカーディガンという格好だ。
周りの視線が、こちらを見る。正直かなり恥ずかしいから、やめてほしい。
「まぁまぁ。でも、一度着せたかったんだよね。それ」
「私は着せ替え人形か! ともかく早く行こう」
2人は、微笑みながら、すぐ横のステラプレイスに入る。それにしても、周りに視線が気になってしょうがなかった。
それからというもの、ステラプレイスに中の服屋を中心に回った。もちろん、ラスティアは私の服とは別に、明日香の服まで買う。
休憩がてら、昼食に入ると、明日香はかなりの量を注文する。私はコーヒーだけにし、ラスティアも明日香ほどではないが、料理を注文した。
そこからも、私たちは買い物を続け、気がついくと夕方になっていた。
「今日はすごく買ったね。春のトレンドも買い占めたし」
「そうですね。思った以上に奮発しちゃったし」
「奮発って、払ったのは私のカードでしょうが」
ラスティアは、手がいっぱいに袋を持つ。それを見た明日香は、亜空間にそれを入れた。
「さて、帰りますか」
明日香がそういうと、私たちは帰路に着く。
その途中、窓越しに何かを見つける。私は、それを見て嫌な予感を感じる。
黒のコートを着た少女が、それは脱ぎ、爆弾らしいものを起動させる。
私たちは、それを止めるため、外に出る。
「やめるんだ!!」
私は制止するように、小杖をもちその子の影を縛る。
なんとか止める事ができたが、それでも様子がおかしい。
「たす……けて……。ころして……」
何を言っているのかはわからないが、嫌な予感がする。まさかこれは。
女の子の姿が変わる。元の肉体は溶け、新たな体になる。
「仕方ない! 2人とも、行くぞ!」
ラスティアは結界をはり、周囲の人間が消滅する。
こうして、私たちの楽しい休日は終わりを告げ、悲しき戦闘が始まった。
2ー5
PM 17:10 札幌駅南口 広場
突如として、少女が魔物になりそれの対処にあたる。
ラスティアが、『虚数空間』を展開してくれたおかげで、関係のない人々への被害が出る事はないだろう。
しかし、まさかこんな所でこのようなデカブツと会うなんて、自分でも予想外だ。
「ラスティア。『虚数空間』の解除はどのぐらいだ?」
「持って5分! それまでに倒さないと!」
「そのぐらいなら、行けるっしょ!!」
『虚数空間』は持って5分。それぐらいなら、どうにかなるだろう。
――――――――――――――――
『虚数空間』とは、魔術師が展開することができる現実と隔離された空間だ。
魔術院の誓約で、魔術の行使が激しくなる場合、その二次被害の防止策として、『虚数空間』の展開を命じられているのだ。
けど、自分の事にしか頭にない連中の集まりだが、そもそもこれを貼る奴なんてさほどいないわけだが。
ともかく、これを貼らないと、周囲の非魔術師に被害が出るので、魔術師はこれを貼れないといけない決まりである。
――――――――――――――――
それはともかく、今の私たちはこの魔物を倒さないといけない。
『虚数空間』が貼られている5分間のうちに、なんとかしないと。
明日香とラスティアは各々の魔具を展開し始める。私は、目の前の魔物の解析を開始する。
「蛇の下半身に、女の体……。『蛇怪女』か」
「蛇怪女? なんでこんなのが出てくるわけ?」
「あの女の子が、召喚の触媒にされたとか? だとしても、許されることではないです」
ラスティアは鞘を抜き、冷気を纏った大太刀を携える。蛇怪女は、ラスティアに6本の腕で攻撃する。
ラスティアはそれを避け、刀を振るう。
「『氷花 抜刀壱の方【吹雪】』!!」
フォォォォォ!!
ラスティアは、垂直に刀を振るう。すると、蛇怪女は右腕の辺りが凍りついた。
それと同時に、右腕ごと砕け散った。
「よし! これなら!」
安堵するラスティアだが、砕かれた部位はすぐに再生される。雄叫びをあげながら、蛇怪女は暴れ出す。
『虚数空間』の中は、暴れても現実のものには問題ないが、これ以上暴れられると埒が開かない。
「結構、気性が荒いね! なら、これならどう!?」
明日香は、亜空間から銃を二丁召喚する。そして、蛇怪女に向けて乱射する。
しかし、弾丸は弾かれてしまい、ダメージが効かない。
「こりゃ、ちょいと面倒だな……。魔力耐性がこんなに高いなんてね」
明日香は、蛇怪女の防御力にドン引きする。そして、より一層暴れ回る。
『虚数空間』が解かれるまで、後3分。あの2人でさえ手こずるあれを、どうするか。
「――――――――――!?」
よく観察すると、胸の辺りが光っていることを確認する。どうやら、あの女の子がコアとなって蛇怪女の魔力供給源になっていたようだ。
あそこを壊せば、行けるはずだ。そう思った私はコートに手を置く。
「変換しろ『グラム』!」
魔具を展開し、羽織っていたコートは大振りの剣に変貌する。
蛇怪女は、私の方に向き6本の腕で襲いかかる。一手一手を、私はグラムで受け流す。
これを見た2人は呆れながら見ていた。
「さすが姉さん。あんな攻撃を簡単に受け流すなんて……」
「相変わらずメチャクチャだな……。それならはじめから1人でよかったでしょうよ」
2人は、やれやれと思いながら援護に回る。明日香は銃で足を撃ち、ラスティアは冷気を放出して足元を凍らせる。
その隙を狙い、私は左腕にある『白の色素』を展開し、魔術を唱える。
「『三重術式 上級展開・『白炎』』!」
左に白い炎を宿し、それをグラムに付与する。ラスティアが作った氷の高台に駆け上がる。
そして、蛇怪女の胸部に向けて垂直に斬った。
「明日香! 頼んだ!!」
「OK! 『投影術式 英霊武具召喚 橙『冷艶鋸』』!!」
明日香は、偃月刀を持ち、氷に高台を駆け上り私が斬ったところと同じ箇所を斬る。
亀裂が入った箇所を思いっきり斬り、コアが破壊された。
女の子が落ちていき、それをラスティアが受け止める。それと同時に、蛇怪女が消滅していった。
「ラスティア。その子の容態は?」
「気を失ってるみたい。幸い命に別状は無いと思う」
私たちは、安堵する。それと同時に、『虚数空間』も消えていった。
「お嬢さん! 大丈夫か?」
五十嵐さんと望月さんが駆けつけてきた。どうやら、別の誰かが通報したらしい。
「五十嵐さん。えぇ、なんとか」
「大事には至らなくてよかったですよ。自爆テロの可能性が出てきて焦りました」
「その子が実行犯か?」
「恐らくは、魔術によって操れていた可能性があります。あの学生と同類かと」
私たちが考察をしていると、女の子が目覚めた。すると、目覚めてすぐに、パニックを起こした。
「お願い!! 早く殺して!! じゃないと、爆弾が爆発するの!!」
「どういうこと? 爆弾は壊したからもう大丈夫じゃ」
明日香がそういうと、女の子を首を振った。
「違うの! あれは偽物で、本物は――――――」
五十嵐さんは、何かを察し大声で叫ぶ。
「その子から離れろ!! 今すぐに!!」
私たちは、すぐに離れる。それを聞いた周りの人間も逃げる。
「ラスティア! 壁を!!」
「うん! 『二重術式 造形術式 氷塊造形【城壁】』!!」
女の子の周りを、氷の城壁で囲う。だが、氷の城壁の中に、小さな女の子が取り残されそうになる。
私は、その子を助けに向かう。だが、五十嵐さんは私を押し倒しその子の救出に向かった。
小さな女の子を庇う形で、五十嵐さんはその子を守る。
氷の城壁が周囲を囲ったその時――――――――――――
ドガァァァァァァン!!!
女の子は、爆散してしまった。氷の城壁に付着する肉片と骨の欠片。
そして、噴出する血と散り散りになる臓器。爆風が晴れると、あの女の子だったものと背中が酷い事になってる五十嵐さんが現れる。
「五十嵐さん!!」っと駆け寄る望月さん。氷の城壁は砕け、私も駆け寄る。
疲弊したラスティアを、明日香は寄りかかる。
「もち……づき……。バカ……来るんじゃねぇよ……」
「五十嵐さん!! しっかりしてください!!」
「悪りぃな……。もう俺は……ダメらしい……」
「そんなこと言わないで下さい!! 諦めないでください!!」
望月さんは、泣きながら五十嵐さんの腕を握る。
五十嵐さんは、瀕死のまま私の方を見る。
「お嬢さん……こいつを……後のことを……頼んでいいか……」
「えぇ。後は、私に。五十嵐さんはもう休んで」
「あぁ……。頼んだぞ……」
五十嵐さんの腕は、握る力が無くそのまま地に下がる。
「五十嵐さァァァァァん!!」
望月さんは叫ぶ。私は、五十嵐さんの腕を握ってた手を握る。
煮え切らない怒りと、この時でも涙が出ない自分に、怒りで我を忘れそうになるが、明日香とラスティアが宥める。
その後、救急車で運ばれた病院で、五十嵐さんは帰らぬ人となったのだった。
第3節 魔女が与えし鉄槌
3ー1
PM 20:30 札幌市立病院
五十嵐さんの訃報を聞いてから、数時間が経った。その間に、遺族の方々が駆けつけてきたので、後のことを任せて待合室にいる。
望月さんは、さっきまで号泣をしていたが今は落ち着いている。
それもそうだ。普通の人間なら、目の前で尊敬している人を亡くしたなら、当然そうなるのだから。
そろそろ病院が閉まるので、私たちは病院を出る。望月さんとJRに乗り、桑園から札幌の向かう。
改札を出て、南口に行く。そして、ここで望月さんと別れる。
「キサラギさん。今日はありがとうございました。その、長く側にいてくれて」
「いえ、こちらにも責任はありますので。ではこれで」
望月さんは、そのまま自宅の方の向かう。私も、同じく屋敷に帰る。
南口の方を歩くと、明日香が待っていた。
「遅かったね。もう帰ろうと思ってたところだったよ」
「色々とあってね。それより、ラスティアは?」
「もう寝てるよ。少し無茶して疲れたみたい」
どうやら、ラスティアは少し前の戦闘で疲れ切ってしまったらしい。明日香はラスティアを寝かせてから来たみたいだ。
私と明日香は、タクシーに乗って屋敷の帰る。
「これからどうするの?」
「あぁ。明日の夜には動くつもりだ」
「なるほど。本腰を入れるわけね。君にしては少し遅い気がしたけど」
「少し、奴に付き合っただけだ。だが、少々図に乗ったようだから、もう時期奴を殺すさ」
「まぁ、こっちとしては動きやすかったから良かったけどね。
抑制されてる状況じゃ、ああいうのにとっては絶好の機会だしね」
明日香と会話しながら、車窓から札幌の街並みを眺める。規制が解除されたとはいえ、人混みが少なく感じる。
「久々に出てるよ。君のあれが」
「そうらしい。奴を殺さない限りは抑えられないみたいだ」
明日香も気づいていたみたいだ。私が相当頭に来ていることを。
屋敷に着くまでの間、私は車窓を眺めていた。
――――――――翌日
あれか一睡することなく、あれから渡されたタブレットと昨日の事件のネットニュースを延々と眺めていた。
死者は1名とされているが、おそらく五十嵐さんのことだろう。
夜まではかなり時間がある。時間を過ぎるのを待ちながら、私はグラスに酒を注いだ。
本来なら、五十嵐さんの葬儀に参列するのが礼儀だが、このご時世、遺族のみとされている為、参列することができない。
そうしていると、頭に痛みが来る。
『フフフ……。久しく感じるぞ。お前の怒りを』
頭の中に声が響く。その声の主は、1人しかいない。
「なんのようだ。勝手に出るなと言ったはずだが」
『どうだかな。だが、抑えるのはもうよかろう。お前とて、それはできん。なぜなら、お前は――――――』
「わかってる。奴に対して、もう抑える必要もない」
『フフフ……。なら、奴に裁きを与えると良い。でなければ、手遅れになろう』
奴の声が消え、頭痛も治る。気を取り直し、私は支度を始める。
数時間後
夜がふけていき、全員が事務所に集まる。
明日香とラスティアはもちろん、セシリアも駆けつけてきた。
皆それぞれ、武装を整える。私もまた服装を整える。ラスティアは、ブローチを私の胸につける。
「車の用意もできてるよ。後は姉さんの号令だけだよ」
「ありがとう。それじゃ、行こうか」
「久々にあなたと組んでやるなんてね。血が騒いで仕方ないわ」
私の声と共に、ガレージ向かう。ラスティアが用意した車に乗り込む。
車を走らせ、先に寄るところがあるので、そこに向かう。
目的地につき、私だけ降りる。紙袋をもち、ラスティア達は別の所で待つため車を移動させる。
ビルに入り、4階の奥にある店に入る。店に入ると、望月さんが酒を呑んでいた。
「――――キサラギさん……。どうしてここに?」
「望月さん。奇遇ですね。どうなさったんですか?」
望月さんは、かなり疲弊していた。どうやら、何かあったらしい。
「例の事件、捜査一課に譲渡されたんです。僕は、五十嵐さんを殉職させた責任で、メンバーから外されて……」
警察側も、動きがあったそうだ。五十嵐さんの殉職により、捜査一課に事件が譲渡されたらしい。
ますます面倒なことになった。私は、望月さんに今日のことを伝える。
「今日、犯人を殺しにいきます。一課が突入する前に」
「本当ですか!? 僕も同行させてください!!」
望月さんは、私たちの行動に同行することを志願する。
「望月さん……。申し訳ないですが、私たちがやろうとしている事は、場合によっては死ぬかもしれない。
それにあなたを同行させる訳には行かない。終わったらおって知らせますので、今日はもうおかえりになって下さい」
「いえ、そういう訳にはいきません!! そうしないと、僕はあの世で五十嵐さんに顔向けできません!!
無理も承知です!! どうか、お願いします!!」
望月さんは、土下座してまで私に同行したいことを求める。私は、仕方なく望月さんの同行を許す。
「わかりました。それなら、別のルートから来てください。場所は追って伝えます」
私は、水を渡すと望月さんはそれを飲み干す。そして、そのまま望月さんは出て行った。
それを見届けた私は、椅子に座る。
「話聞いてたろう?」
「相変わらず、お人好しね。あれもただの人でしょうしね」
彼女は、バーテンダーの姿でさっきの流れを聞いていたみたいだ。
彼女は、キャリーケースをテーブルに置く。そして、キャリーケースの封を開ける。
「早速だけど、商談でも始めましょう」
「はいはい。これ、手数料ね」
私は、紙袋を渡す。そして、彼女はそれを受け取る。
袋から取り出すと、私が用意した札束を受け取る。
「1000万。確かに受け取ったわ。あの刑事さんのツケも含めておくわ」
「そうしてくれると助かる。それより始めよう」
私は煙草を口に咥えると、彼女が火をつけてくれる。
こうして、私は彼女との商談という名の報告を聞くのだった。
3ー2
2
PM 9:00 すすきの某所
人のいないバーで、密会が行われている。
――――っと言うのは冗談で、今は彼女が集めた情報を聞き始める所である。
「では、私が集めたものを報告させてもらうわね」
「手短に頼む。こうしているうちに、警察がどう動くかわからんから」
私はそういうと、彼女は早速写真を何枚か見せてきた。
「この写真は?」
「今回の首謀者の写真よ。年齢は40。魔術師としての階級はB、適正色は藍となってるわ。
主に使役の魔術を得意とし、それの研究で、一躍時の人になったとか」
「なるほど。そんな奴が、なぜこの街や、それ以前の事件に関与していたのか、謎でしかないよ」
「旧体制までは、魔術院でも有数な魔術師だったそうよ。主に、幻獣を使役する魔術の使い手ね。
その使役の魔術と、その知能から『策謀家』と呼ばれたそうよ。
けど、現体制になってから彼のキャリアは地の底に落ちたそうよ。多額の賄賂を受け取って隠蔽していたのよ。その額は日本円で数億だとか」
「その隠蔽していたのが、洗脳して使役する魔術か。それも、人間を」
「愚者の大群は、それの副産物らしいわ。何せ、強い魔力を注がれて耐えれる非魔術師なんて、レアですもの。
それに人を使役する魔術なんて、以ての外よ。身に覚えのない罪を着せられるなんて、堪ったものじゃないわ」
「まぁ、1000年も前にくらってる人間が言うんじゃ、説得力はあるしね。
それで、奴の居場所は?」
「さぁ?なんのことか。奴の場所なら、教団の信者が奴のGPSをジャックしたわ。
この赤いピンで止められているところよ。36号線にある潰れた病院を住処にしているようだわ」
彼女は、タブレットを見せる。地図アプリで赤いピンが刺している位置を示していた。
どうやら、まだ移動していないそうだ。そうと決まれば、すぐに動くしかない。
「もう行くの?」
「あぁ。奴がいつ逃げるかわからないしね。それに、一課の連中が余計な事をしないうちに終わらせておきたい」
「捜査一課の介入ね……。あなたの判断がそうなら、そうしておくのが賢明ね」
私は、彼女が共有した情報を、ラスティアと望月さんに送る。そして、ここを後にする。
振り向くと、彼女はいつもの姿になっていた。それと同時にバーから彼女の工房に変貌した。
「気をつけなさい、アル。奴を殺す前に、使役された子供達を解放するのが先よ。
まぁ、あなたにはそれを簡単に解く魔術があるなら、心配はないわ」
彼女は、自身の左乳房に刻まれている『III』の文字を見せる。
「では、お気をつけて、偉大なる我らが主人よ」
「あぁ、行ってくるよ。『仮面の魔女』」
私は、『仮面の魔女』のアトリエを後にし、車に戻る。すると、ビルの真ん前で、車が止まっていた。
助手席のドアをあけ、乗り込む。
「遅い。あいつと何話していたのさ」
「さぁ? ただの与太話さ。ラスティア、ここまで車飛ばせれる?」
「道路交通法で捕まるんだけど? まぁ捕まれないようには飛ばすよ」
ラスティアはやれやれと思いつつ、法に引っかからないように車を走らせる。
時間も時間なので、案外早い時間に目的地に到着した。
――――――――――――――
車は少し遠くに停め、徒歩で奴のいる廃病院に着く。こんな立派な建物を残しては、不穏な噂も後が経たないのだろう。
「随分と立派な建物ねぇ。ここなら、易々と見つかるはずがないわね」
「こんなところに、あの犯人が……」
2人は、あれからもらった情報を信じきれていない。何せ、情報があまりにも正確すぎるからだ。
明日香は、中途半端に開いているゲートを見つける。どうやら、あそこから入っているらしい。
私たちは、そこから廃病院の中に入っていった。
「設備とかはいいのに、閉めるなんて勿体無いわね」
「経済的に厳しかったのかも。器具もまだ新しいよ」
2人は、呟きながら話している。すると、後ろから視線を感じ振り向く。
「あぁ……。あぁああ……」
呻き声と共に、学生と思われる少年たちが現れた。どうやら、奴に洗脳されているらしい。
彼らは、容赦なく私たちを襲い始める。しかし、ラスティアと明日香によって彼らは食い止められる。
「これが、この間アルを襲ってきた子達ね。見た感じ正気じゃなかったけど」
「理性を封じられているみたい……。これじゃただの捨て駒だよ」
奴の魔術を考察していると、次々と洗脳された学生達が現れる。3人は、私を先に行かせるために、殿を務める。
「ここは一旦私達に任せて、先に行きなさい。アル」
「いいのか?」
「大丈夫! 後で行くから」
「姉さんは早く片をつけて来ていいから。さぁ、早く」
ラスティアは、氷の壁を作り自分達の後ろを塞ぐ。私は、3人に任せ奴の元に向かう。
眼鏡を外し、奴の魔力を可視化させて居場所を索敵する。人型の魔力の塊を見つけると、奴は4階にいるらしい。
「――――――――見つけた!」
私は階段を登り、4階に向かう。途中、愚者に遭遇するが、すぐに頭を火球で吹き飛ばす。
後ろから襲ってきた愚者は、血の剣で串刺しにし、前から来た愚者は炎で焼き殺す。
そうしている内に、4階に着いたようだ。非常ドアを開けて入ると、厄介なのと出会す。
さっきの愚者とは違い、大型の個体のようだ。大型の愚者は、全速力で私に突撃をする。
しかし、私はそれを避け奴の場所へと向かう。
「邪魔だ」
私の後ろにいる大型の愚者は、突撃をせずそのまま倒れる。
さっき避けた際、私はこの愚者の胸部に火球を放ち、風穴を開けていたのだ。
そして、奴のいる場所に到着し、火球を放ってドアを壊す。
「ごきげんよう。勝手口から失礼させてもらうぞ」
「だ、誰だ!? なぜここが!? き、貴様は一体!?」
「一体とは失礼だな。一応、お前とは同胞なんだがな」
『仮面の魔女』の情報通りも見た目の魔術師だった。しかし、左腕の方を見ると包帯で巻かれている。
「お前か? 若い子達を洗脳して使役しているのは?」
「し、知れたことを!! それを知り前に貴様を殺してやる!!」
奴は、洗脳した子達を呼び寄せる。全く、これだから魔術師相手は疲れる。
こうして、私と奴の殺し合いが始まるのだった。
3ー3
PM 10:10 36号線の廃病院
首謀者の魔術師を遭遇し、交戦に入る。洗脳した学生たちを使役し、私を追い詰めようとする。
奴は、洗脳した子達を人形を操るかのように操り、左右から私は攻撃する。
持ってる包丁を振り下ろすが、私はそれを回避する。
流石に、一般人を巻き込んでいるようでは、私にとっては非常にやりづらい。
「どうした!? さっきの威勢はどうした?」
奴は、私が学生たちを攻撃できない事を逆手に、執拗に洗脳した子達を使って攻撃を繰り返す。
どうしたものか? すると、視界に何かを見つける。
糸のような、小さな魔力に流れを視認する。どうやら、これが学生たちを洗脳して操ってるらしい。
私は、すぐに理解した。これを断ち切れば、学生たちの洗脳を解くことができる事を。
「糸……。なるほど、何本かに連結しているなら、1本からジャミングすれば解けるはず」
私は、その方法を試みる。しかし、それを行うためには、学生たちをどうにかしないといけない。
私は、ひたすら距離をとる。その間にも奴は、執拗に操られてる学生たちを使って私は追い回す。
4階から、非常階段で上の階まで登る。5階、6階と上り詰める。次の階を登ると、そこは屋上だった。
「もう追い詰めたぞ! ここで貴様も終わりだ!」
「そうかもな。だが、お前は一つ、重大な失態を犯した事を気づいてないようだ」
「何をほざいている? 追い詰められて、気がおかしくなったか?」
奴は、勝ちを確信したかのように、私にトドメを刺す。すると、洗脳された学生たちは、突如としてもがき苦しみだす。
否、私が奴の構築した術式の乗っ取り、強制的に洗脳を解き始めているのだ。
左手に宿る『白の色素』を使い、奴の糸のような魔力の流れを遮断する。そして、奴の魔力の線は燃え始め、消えていった。
「言っただろう? お前は重大な失態を犯したって」
「な、なぜだ!? 私の、使役の術式が、解除されていくだと!! ありえん!! な、何をした!?」
「簡単のことさ。お前が使った洗脳の魔術を構築していた魔力の糸を1本だけを掴み取って、私の『白の色素』を送り込んだ。
その結果、お前の持つ『藍の色素』が拒絶反応を起こし、術式の構成が保てなくなり強制的に術式が解かれたと言うことだ。
まさか、旧体制の名高い魔術師様も、それに気づかんとはな」
「そんなハッタリ、信用するか!? 私の研究は、完璧だ! こんなのも対処できるはずだ!!」
奴は、再び学生たちを洗脳する。しかし、彼らは奴の魔術に反応することはない。
「ハッタリなわけないだろう? 同じ魔術は時間をおかないと効果を発揮しないと習わなかったか?
それとも、目の前の功績にヤッケになってそれすらも忘れたか?」
「馬鹿な!? そんなはず――――――――!?」
奴は、私の顔を見て、顔面が真っ白になる。私も、奴のことをゴミを見る目で眺める。
「お、思い出した!! 貴様は!! 貴様はァァァ!!」
「ほう? 私を知っているみたいだな? 私を知っているなら、どうなるかもわかっているんだろうな?」
奴は、後退りで私から逃げ出す。
「か、かつて、元老院の精鋭部隊を全滅に追いやり、その元老院を追い詰めたという伝説を持つ魔術師がいると……。
その高水準の『魔素』と、『赤、白、黒』の3色を持つ上、たった1人で国を壊滅させれる魔術師がいると聞いたことがある!!
ま、まさかお前が噂に聞く……」
「あぁ、そうさ。私がその魔術師さ。
――――――『特級魔術師 キサラギ・アルトナ』と聞けば聞いたことがあろうよ」
奴は、逃げるように私から距離を離す。しかし、私は容赦なく奴の影を縛る。
「そ、そんなバカな!! まさか、こんな街に貴様が、『魔女』がいたなんて!!
あ、ありえない!! この街にいるなんて、何も聞いていないぞ!!」
「ほう? それはそうだろうな。あの老害共にとって、私はトラウマとも言える存在だからな。
それと、今の言葉を私の前で言ったらどうなるか、わかるな?」
どうやら、こいつは私を怒らせる天才らしい。あれだけの悪行をしておきながら、その言葉を言ったのだから。
「な、何をする気だ!?」
「昔からの決まりでね。身内以外の奴が『魔女』といえば、誰であると殺すことにしている。
それが例え、あのじじい共であってもな」
私は、奴を殺すために接近する。すると、奴は必死にもがいて術式を唱える。
奴が術式を唱えると、後ろから魔物を召喚した。
「この後に及んで、魔物とはな」
「そ、そうさ!! 貴様を殺すには、十分だ!! 貴様さえ殺せば、あの方々にまた融資を出してもらえるはずだ!!」
私はグラムを展開し、魔物を相手に戦闘を行う。
「『牛魔人』か、少々厄介だな」
「こいつは特別だ!! 貴様でもどうにも出来まい!!」
奴は、再び勝ちを確信しているようだ。『牛魔人』は雄叫びをあげ、拳を振りおろす。
私は避けるが、再び拳を振るう。
「どうだ!! その魔具だけでは、貴様も耐えられんだろう!!」
確かに、グラムだけでは、どうにもならない。しかし、まだ私は保有している魔具がグラムだけとは言っていないのだから。
「仕方ない、これを使うか」
『牛魔人』が、私は潰すように拳を振るう。
ボォォォォォォン!!
『牛魔人』の拳で私が圧殺されたと思ったその時だった。
「『喰らい尽くせ! 『ティルフィング』』!!」
私を潰したと思われる右腕の拳が、抉られる。いや、違う。喰らい尽くされたのだ。
『牛魔人』は右腕を喰らわれた為、雄叫びを上げながらもがく。
「う、嘘だろ!! 何故だ、何故魔具を二つも持っているのだ!?」
「確かに、魔具は本来は1人一本しか持つことができない。だが、私は特別でね。このように、魔具を複数持てる。
まぁ、この二つの他に持ってるんだがな」
奴は、私の両手に持ってる魔具を見て驚愕する。白の大剣と、黒の大剣を携える魔術師を見ていると、誰であろうと恐怖を感じているのだろう。
「一気に肩をつけるか」
私は、『牛魔人』にとどめを刺す。『牛魔人』は立ち上がり、雄叫びを上げる。
「『三重術式 上級展開 黒炎』!!」
右腕に、黒い炎を纏いそれを『牛魔人』の左腕を補食する。左腕を食い千切られた『牛魔人』は再びもがく。
「これで、終いだ!!」
大きく飛び上がり、『牛魔人』を縦に真っ二つにする。そして、『牛魔人』は切られたところから炎が広がり、灰になった。
「何故だぁ!! あの『牛魔人』が消えるとはぁ!!」
「私の『黒の色素』は少し特別でね。対象の魔力を捕食して、私の魔力のストックになるのさ。
そして、その分だけ私は魔術を行使するのに使う魔力を抑えられるわけだ」
奴は、そんな私の状況に怯え出す。
「茶番はここまでだ。お前に選択肢をやろう。
お前の研究で死んでいったものたちに懺悔しながら死ぬか、酷く残酷に私に殺されるか」
奴は、あまりの恐怖で、漏らしてしまう。そして、首を泣き顔と共に横に振るう。
「拒否権なんざ貴様には無いぞ。さぁ、選べ。懺悔して死ぬか、無様に殺されるか」
奴は、私の提示した選択を選ばない。そうしているうちに、私の怒りも限界に達している。
そうこうしていると、物を音が聞こえ振り向く。
「冗談だろ?」っと私はドン引きを隠せないでいる。
なんと、さっきの『牛魔人』と昨日の『蛇怪女』がまた現れたのだ。
その隙に、奴は屋上のドアから逃げる。私は奴を追うが、あの2体に行く手を阻まれる。
「どうやれ、こいつらは早めに潰さないと聞けないらしい」
私は、グラムとティルフィングを携えて2体の魔物に挑む。
かくして、私と2体の魔物の戦闘が始まるのであった。
3ー4
PM 10:20 36号線 廃病院
『牛魔人』と『蛇怪女』の出現によって、奴の取り逃がしてしまった。
相手は、大柄な魔物が2体。その上、逃げ切られる前に倒さないと行かない。
『牛魔人』は雄叫びをあげながら拳を振るう。私はそれを避けるが、『蛇怪女』が剣の衝撃波を放つ。
グラムでそれを跳ね返すが、軌道がずれてしまい、廃病院の敷地内に穴ができてしまった。
「大型が2体……。流石に骨が折れるな」
大型の魔物が1体なら簡単に肩がつくが、それが2体となると流石の私でも骨が折れる。
どう打開するか、魔物たちの攻撃を回避しながら考える。
けど、それでも魔物たちの攻撃は激しくなる。
「仕方ない。少し暴れるとしよう」
私は、グラムとティルフィングを地面に刺す。そして、左右それぞれの白と黒の炎をグラムとティルフィングに送り込む。
「『同化せよ グラム ティルフィング』!!」
白と黒の炎が、グラムとティルフィングを包み込む。すると、2振りの大剣は姿を変えて本来の西洋剣になった。
――――――――――――――――――
グラムとティルフィング。
私が保有するこの魔具は、かなり特殊な物である。魔具では珍しく、2色の適正色を持つ。
両方とも共通して、赤をメインとしているが、サブの適正色にそれぞれ違う色も持っているのだ。
グラムは白で、ティルフィングは黒をサブで持っている。
この二つの欠点と言うのは、現代の生き物に対して殺傷能力がないという物だ。
しかし、私が持つ『無色』の性質と非常に噛み合っているのだ。
攻撃こそ最大の防御とはよく言うが、私はその性質を利用して防御をメインで使っているのだ。
――――――――――――――――――
両腕を炎で包まれ、肩の辺りにまで炎が広がりだす。私がノースリーブの服を好むのは、炎で服がダメになるのが嫌だからだ。
『蛇怪女』が、剣圧の衝撃波を再び放つ。私はそれをグラムを突き刺すことで吸収する。
すると、白い刀身をするグラムは赤く赤熱化した。私は、剣を横に振るう。
「返すぞ」っと赤熱化したグラムを横に振るい、炎の剣圧を放つ。
炎の剣圧は、『蛇怪女』に直撃しようと思ったが、『牛魔人』がそれを庇う形で防ぐ。
その衝撃で、『牛魔人』の肩に傷をつけるが、さほど大きいダメージではなかったようだ。
どうやら、先程のやつよりも強い個体らしい。それは『牛魔人』だけじゃなく、『蛇怪女』も同様だ。
「奴め……。ここまで強い個体を使役していたとはな」
さすがは、かつて魔術院で名を馳せたことはある。最後の抵抗にしては、中々のものだ。
『牛魔人』は拳を突き上げ、私に振りかざす。私は防御の体制に入る。
すると、横からの攻撃によって『牛魔人』は倒れ込む。
「あら? あなたにしては、随分と手こずってるんじゃないの?」
「セシリア? 何故ここに?」
セシリアが、駆けつけてきた。セシリアの蹴りによって、『牛魔人』はその場に倒れ込む。
「下の連中は、ラスティアに任せてきたから、来ただけよ。
それとも、私じゃ不安だったかしら?」
「いや、別に。むしろ待っていたよ」
セシリアが来てくれたおかげで、戦況が一気に変わる。2対2となり、これでアンフェアが無くなる。
しかし、急いで倒さないといけないことは、変わらないらしい。
「牛野郎は私がやるわ。あなたは、あの蛇を」
「もとよりそのつもりさ。さぁ行こうか」
私とセシリアは、それぞれ標的にした魔物たちと交戦する。セシリアは、ミョルニルに魔力を溜め、『牛魔人』に向かって突撃する。
『牛魔人』も迎撃の為、セシリアに拳をぶつける。しかし、セシリアの方が早く、ミョルニルから放たれる蹴りによってまた飛ばされる。
「一気に決めるわよ。 『三重術式 上級付与術式・紫電蓄雷』!!」
セシリアの靴が、紫色の電気を纏う。それのよって、セシリアの速度がより早くなる。
『牛魔人』は、セシリアの速度に反応できず、場所関係なく殴り出す。
セシリアは、『牛魔人』が止まってるところを狙い、蹴りを放つ。
――――――――――――――――
セシリアの魔具、『ミョルニル』は雷の魔具の最高峰の位置する。そのランクは『S』、現存する魔具の中で、5本の指に入る破壊力を持っているのだ。
しかし、伝承通りならハンマーの形をした魔具なのだが、セシリアはそれを靴に改造し、今に至る。
まぁ、足技を得意とする彼女の戦闘スタイルから本人がいいなら、指摘はしないが。
――――――――――――――――
かくして、セシリアの連続攻撃により、『牛魔人』はだいぶ疲弊している。
立ちあがろうとするが、その度にセシリアに頭を蹴られ、立ちあがることができない。
「そろそろ締めようかしら?」
セシリアは、足に魔力を集中させ、渾身の一撃を『牛魔人』にお見舞いする。
『牛魔人』の攻撃をいなすと、その巨体ごと天に蹴り上げる。
すると、目に負えない速さで攻撃し、最後に踵を落として廃病院内の敷地に蹴り落とす。
そして、敷地内にクレーターを作ると、『牛魔人』は消滅した。
「『三重術式 上級展開・破滅迅雷蹴』。タフそうに見えたけど、案外大したものじゃなかったわね」
セシリアは、クレーターの中心で一服を始める。
そして、私も『蛇怪女』との交戦を再開させる。『蛇怪女』の動きは、昨日戦ったばっかりなので、ほとんど把握している。
ティルフィングで『蛇怪女』の腕を斬り、そして捕食させる。
『蛇怪女』はそれでも、残ってる腕で攻撃をするが、グラムによる反撃によって残ってる腕が斬り落とされる。
「邪魔だ。今終わらせてやる」
グラムとティルフィングを携えて、『蛇怪女』に突撃する。『蛇怪女』は、尻尾で攻撃をするが、私はそれを斬り落として迫りこむ。
『蛇怪女』は防御するが、その振動で吹き飛んでしまい、セシリアが作ったクレーターに落ちていく。
そして、屋上から飛び降りて、魔術を唱える。
「『三重術式 上級展開・獄炎砲』!!」
大気中の塵と埃を吸収し、魔力を圧縮した火球を形成する。そして、それを『蛇怪女』に向けて放出する。
魔力を圧縮した火球は『蛇怪女』に直撃し、激しい爆発と共に、爆散する。
しばらくして、『蛇怪女』は激しい炎と共に塵と化して消えていった。
「相変わらず、滅茶苦茶な魔術ね」
「セシリアこそ、豪快な一撃だったよ。お互い、人のことを言えた義理じゃないでしょうよ」
一服しているセシリアの元に行き私も一服をする。私がZIPPOに火をつけようとするが、セシリアが煙草の火を私の煙草につける。
「んで? あの魔術師を追わなくていいの?」
「いや、追う必要はないだろう。だって――――――」
セシリアが疑問を抱くが、私は頭を前に出す仕草をする。すると、逃げ惑う奴と、それを追う血だらけの明日香とラスティアが現れた。
「もう逃げれませんよ。観念して、その首を出しなさい」
「いい加減、鬼ごっこには飽き飽きしてた頃でさ。潔く観念してくれたらありがたいんけどねぇ」
明日香とラスティアが、お互いの魔具を携えて奴を威嚇する。奴が逃げようとするが、後ろの私たちを見て尻餅をつく。
あまりにもの状況に、絶望した奴は、ついに抵抗をしなくなった。
「これで終わりね。なら、もう処断していいも良さそうね」
「今、魔具を持ってるのはラスティアだね。ラスティア、そのまま頼んでもいい?」
「姉さんとセシリアがそういうなら、ここで今行いますけど」
「そうね。そのほうが手っ取り早いしね」
ラスティアが、奴の首に氷花を置き、奴の首を斬る。だが、突然奴が動き、ラスティアが手を止める。
「ふ、ふざけやがって……。こうなったのも、全て、全てあの小娘が悪いんだ!!
わ、わタシの、全テヲ奪った奴ガやつが奴がヤツがヤツガ!!!!」
徐々に不気味になる奴の声。すると、奴の体が溶け始まる。
「まずい!! 逃げろ!! ラスティア!!」
ラスティアは、私の大声と共に逃げる。そして、奴の体が人の形が保たなくなる。
「許すものか!! 許すモノか!! 許スモノカ!! ユルスモノカ!!
コロス!! ころす!! 殺す!! 殺ス!!
鬼サまラマとメて江ェeぇ、37ご露シだ!!!!!!!!!」
「まずいことになったわね」
私たちは、これまで程にない嫌な予感を感じた。まさか、ここまで汚されていたとは。
「姉さん……。これって……?」
「あぁ。これは完全に、『咎人化』が始まったようだ」
奴は怒りのあまり、異形の存在、『咎人』となってしまった。
不気味な1つ目は、私たちの方向を見る。
こうして、咎人となった奴との最後の戦いが幕を開けたのだった。
3ー5
PM 10:50 36号線 廃病院
標的の魔術師が、怒りのあまりに『咎人』と化してしまう。奴の姿は、人としての姿を保てなくなり、異形の姿になる。
溶解している体を這いずり、私たちの方を振り向く。胸の辺りには、『6』の数字が刻まれている。
『rrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!!!!!!!!!!!』
この世の物とは思えない雄叫びをあげる。上半身は這いずり、こちらに向かってくる。
そして、口に魔力を溜め、光線状の物を私たちのほうに向けて放つ。
私たちはそれを避けるが、廃病院は立て状に溶解してしまう。
「とんでもない魔力ね。まさか、ここまで汚染されていたとは」
「あぁ。一行も早く終わらせないと、私たちは愚かこの街が終わるな」
咎人は、もう一度あの光線を放つため、魔力を貯める。私たちは、咎人の殲滅を開始する。
――――――――――――――――
咎人とは、私たち魔術師が間違った方向にいった際の成れの果てである。
魔術師が星に害を与える行動をした際、『魔素』が汚され次第に人体に悪影響が出る。
汚染された『魔素』を適切に浄化しないと、体が少しずつ異形な形になり、次第に奴のような怪物となる。
咎人は、体のどこかに、『6』の文字が刻まれる。この『6』は元の人間の罪を意味し、最大3つまで刻まれるが、『6』が1つ増えるごとに罪の深さ、即ち咎人の強さを示している。
魔術院では、この『6』の数毎に討伐に召集する魔術師を増やすことにしている。
奴の場合、この街は愚か、他の2都市での事件も起こしているので、そのつけが今起きてきたことになる。
まぁ、自業自得なので私に言わせればどうでもいいが。
ともかく、咎人と化した魔術師を抹殺するのが私たち魔術師の役目でもあるが、それを食い止めるのが、セシリアの属する『執行者』だ。
それほど、咎人が現れると厄介のことになるのだから。
――――――――――――――――
ともかく、早いうちに倒さないと、この街が悲惨のことになる。
私は、皆に首を振るうと、各々が攻撃を開始する。ラスティアは刀を抜くが、咎人は溶解した手で迎え撃つ。
ラスティアはスライドして回避するが、元いた場所は溶けてしまい、小さなクレーターができる。
「なにこれ、かなり高温で、クレーターができるなんて……」
「ああなるまでに汚染した『魔素』を抱えていたなんてね。こいつは、相当やばいかも」
ラスティアと明日香は、一撃でクレーターが出来たことにドン引きする。
咎人が体を動かすと、ヘドロが飛び散り、周囲の物が次々と溶ける。
「まずいわね……。これじゃ近づけることなんてできないわ」
高温のヘドロのよって、近づくことすらできない。明日香が上空から銃を撃つが、咎人には効かない。
近づけれないまま、降着していると、咎人は再びあの光線を放つ態勢に入る。
そして、私達を目掛けてもう一度あの光線を放つ。
『rrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!!!!!!!!!!!!!!!』
雄叫びを上げたのち、光線を放つ。すると、私とセシリアが魔物たちと戦ってできたクレーターと同じ深さのものが出来る。
対処はないかと考える。ふと、あの光線が放たられる時の動作を思い出す。
口の奥に、何かがあることを思い出す。
「――――――そうか! あそこが、弱点か!」
「ん? 何か思いついたの?」
「あぁ。皆、私が詠唱している間に、奴を惹きつけてくれるか?」
「なるほど。喉の奥に目掛けて魔術を放つわけね」
「なら、それまでの時間稼ぎをすればいいわね」
3人は、囮となるべく、咎人の気を私から遠ざける。そうしている間、私は術式を詠唱する。
早速、セシリアが咎人の注意を引かせるために動く。
「流石に、単騎じゃ高温のせいで近づけれないか」
「凍らせてれば、少しはマシになる?」
「やってみる価値はありそうね。行きましょう」
3人は、何かいい案を思いつく。そしてすぐに行動を起こす。
ラスティアが間合いを詰める。咎人が、ラスティアの向けて攻撃をするが、セシリアが妨害する。
セシリアの妨害によって、咎人の攻撃の軌道が逸れる。
そして、明日香もまた咎人の気を逸らすため、後ろから、銃を向ける。
「効かないのは知ってるけど、気をそらすには十分!」
明日香は、これでもかと銃を乱射する。咎人は、明日香に向けて攻撃を行うが、明日香はそれを避ける。
ラスティアは、鞘に魔力を送り、柄に手を添える。
「――――――――――――ふぅ……」
ラスティアの周囲に、冷気が吹きかける。ラスティアは目を閉じ、魔力を一点に集中させる。
そして、もう一度、咎人がラスティアに攻撃しようとした時だった。
目に留まらぬ速さだ、ラスティアは刀を鞘から抜き、咎人の真後ろに立つ。
「『氷花 居合 壱の方『六花』』! 私の魔具、氷花の前では、灼熱の業火でさえ、凍てつかせる」
ラスティアが、氷花を鞘に収めると、咎人の下半身が凍りつき、六角形に砕ける。
『ggggggggggggggggggg!!!!!!!!!!!!!』
咎人が、もがき出すと、横に倒れる。しかし、すぐに立ち上がり、あの光線を放とうとする。
「させないわよ!」っとセシリアは、空中から蹴りを切れる。すると、咎人は口を閉ざされ、顔が地面に衝突する。
「さぁ! 決めちゃって!!」
明日香の声と共に、私は眼鏡を外し術式を唱える。
私の視界には、術式に必要な詠唱文が可視化される。そして、該当する魔術の詠唱を並べ、術式を唱える。
「『――――――――――――――!!』」
この世には存在しない言語で、術式を唱える。そして、全ての詠唱を唱え終える。
「『星よ そして 理不尽なる欲により散った御霊よ 我が声に追うじ その無念を我が糧となれ
我 星の仇なす物を殲滅せし物 『虹の魔女』の名の下に 愚かなる咎人を撃滅させん』」
私の周囲に、『魔素』が流れ込む。奴の手によって死んでしまった人間たちの魂が、私に力を貸す。
「『裁きの時は来た 今ここに 悲痛よ 無念よ 涙となりて 星に仇なす物を 滅ぼさん』」
『魔素』の塊は、咎人の真上に出現する。そして、下の方に、魔力の塊が溜まり出す。
「『グリモワル真書 第4節 魔素融解【涙腺】』」
私の声と共に、『魔素』の塊は、涙のように、滴り落ちる。
その涙は、落ちた瞬間に咎人をそいつがいた場所ごと爆散させる。
『aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!』
咎人は、断末魔を上げながら、その肉片ごと消滅する。
『嫌ダ!! いやだ !! イヤダ!!
シニタク7イ!! 死ぬノハ…………イヤだ!!』
「諦めろ。「死にたくない」っと言う言葉は、お前に殺された人間が使う言葉だ。お前によって、命を奪われた物たちはさぞ苦しかっただろう。
その中には、明るい未来がすぐそこにある者も、家族や大切な人と共に過ごす日々に幸せを感じる者もいた。
お前は、それを奪った。貴様のくだらん欲によってな。それなのに、まだ死にたくないとほざくか。その姿にもなってか!?
いい加減諦めろ。人の命をモルモットとしか感じぬお前に、生きる価値などない。自分の行いに後悔しながら地獄に落ちるがいい」
咎人は、私に叱責を受け、そのまま消えていく。そして、終わったころには、塵1つすら無くなった。
3人は、それを見届け、私の元に近づく。
「今回も、無事に終わったね」
「全く、怒るとやる事が滅茶苦茶なんだから」
「えぇ、全くだわ。相変わらず『グリモワル真書』はとんでもない物ね」
3人は、さっきの光景にドン引きする。
――――――――――――――――
『グリモワル真書』とは、世界最古とされている魔術書である。
著者不明とされており、この世に出てるものはレプリカのみなので、本物の『グリモワル真書』を見たものはいない。
そのレプリカですら、魔術世界では国宝級の代物だが。
――――――――――――――――
ともかく、全てを終えた私達は、帰路に着く。遠くには、やはり捜査一課の連中が来た。
「全く遅いたらありゃしないわよ」
「別にいいんじゃない? それより、腹減った〜。早く帰ろ?」
「そうですね。姉さん、帰ろ?」
「あぁ。行こうか、皆」
ラスティアが、車のエンジンを起動し、それに合わせて私達は車に乗る。
こうして、熾烈な戦いは終わり、私達は屋敷に帰るのだった。
第4節 去りし者の遺志を継ぐ
4ー1
1
AM 11:00 札幌市内某所
あの戦いから3日たった。ニュースによると、例の事件の犯人は変死した状態で発見されたらしい。
まぁ実際は、咎人化してしまいそれを私達が倒したのだから当然か。
ともかく、私の方も事件の整理を終え、それによってできた時間で今はとある所へ向かってる所だ。
「もうすぐ、里塚の霊園だね」
「そうみたい。ここに、五十嵐さんの墓があるらしい」
私は今、ラスティアの車で里塚の霊園に向かっている。遺族の方の話によると、五十嵐さんのご家庭は代々里塚の霊園で遺骨を納められるという。
五十嵐さんのお骨は、まだご遺族の元にあるが、先に事件の報告に行くため墓前に向かう。
ラスティアは墓の近くのところに車を止め、私は後部座席に置いていた花束を持つ。
墓前の近くまでに向かうと、先客がいた。
「キサラギさん……。あなたも、五十嵐さんに」
「望月さん。来ていたんですね」
望月さんが、先に来ていたようだ。どうやら、私と同じく五十嵐さんに報告するため墓前りに来ていたようだ。
私とラスティアは花をお供えたり墓を洗い、線香をたて両手を合わせて黙祷をする。
「全部、終わりましたよ。色々あったけど、なんとか」
「………」
望月さんは、黙っている。何かあったかと心配になる。
「どうなさいましたか?」
「いえ、なんでもありません」
ラスティアの心配に望月さんは、まだ黙ってる。私達は、近くの休憩所で少し休むことにする。
「あの、キサラギさん……」
「聞いてますよ。警察、辞めるんですよね?」
私の一言に、望月さんは上を向く。
「はい。五十嵐さんを死なせた僕に、警察を続けることなんてできません。第一、僕なんて居なくたって、大丈夫なんですから」
望月さんは、あの日の事を今の後悔しているらしい。けど、私からすれば、それは違うと思う。
その行いは、自分から逃げていることと変わりがないのだから。
「望月さん。それは違うと思います。確かに、責任をとって辞めることを別に悪い事じゃない。
でも、それはかえって自分から逃げることを意味します。五十嵐さんがいなかったら、あの時の女の子は愚か、もっと犠牲が出てたかもしれない。
五十嵐さんのためにも、警察官としていた方がいいと思います。そのほうが、あっちにいる五十嵐さんだって、喜ぶと思いますよ」
「でも、僕は……もう、警官としてやれる事なんて、もう」
「大丈夫です。望月さんなら、やれますよきっと」
望月さんは、しばらく沈黙する。そして、意を決した望月さんは立ち上がる。
「ごめんなさい。やっぱり僕は警官として戻ることはできません」
「……そうですか。それじゃ私はこれで――――」
「でも、僕はもう魔術で人を死なせたくありません! 魔術師になって、1人でも多くの人を魔術で死なせなようにする。
キサラギさん。僕を魔術師にさせてもらえないですか!? もう僕は、五十嵐さんや、今回の事件で死んだ人たちのような犠牲者を出したくないんです!
無理なのも承知の上です。どうか、僕を魔術師にさせてもらえないでしょうか!?」
望月さんの言葉に、驚きを隠せない。ここまで思いっきりな人だなんて、思ってもいなかった。
私は迷う。しかし、一般人である望月さんを魔術師にさせることはできない。
だが、それはすぐに解決する。
「わかりました。けどそれには、ロンドンに行かないといけません。
何年かかるかもわからないので、色々やらなきゃいけなくなりますが、よろしいですか?」
「はい! ありがとうございます!!」
望月さんは、喜びのあまりに私の腕を振るう。私は呆れながら苦笑いする。
しばらくは望月さんに付き合うことにした。
なんだかんだ時間が経ち、私達は帰ることにした。帰省ラッシュということもあり、多少渋滞をしている。
「本当に良かったの?」
「本人の意志だしね。私が反対する権利はないよ」
「姉さんはお人よしだな。まるで、美羽ちゃんの時と一緒だよ、それ」
ラスティアに、痛いところを突かれる。我ながらそういうのは弱いことを自覚している。
「色々と疲れたよ、今回は」
「そうだね。でも、しばらくは落ち着くよね。きっと」
「多分ね。変な奴が出て来なきゃいいけど」
しばらく進むと、渋滞が落ち着いてきた。ラスティアは、少しだけ車の速度を上げる。
車窓を眺めながら、私はつぶやく。
「平和だな、この街は」
「そうだね。この間まで、そんな気がなかったけど」
マスクをしている人たちが、路上を歩く。例の感染症にかかりたくないためか、万全な状態で外を歩いている。
それを見届けながら、目を閉じる。
『まさか、これで終わるとも思ってもなかろう』
頭の中で、奴の声が響く。また変なことを吹き込むのか?
『良いか? これよりも厄介なことが貴様に襲いかかるだろう。だが、貴様なら乗り越えれろう』
また変なことを吹き込まれようとする。どうせ、何か変なとこを言ってるに違いない。
『まぁせいぜいやってみるといい。貴様のやり方でな』
そう言い残し、奴の声は消えていった。
誰かが揺さぶるのを感じる。目を開けると、ラスティアが私を起こしていた。
どうやら、屋敷に着いたらしい。
こうして、私の何気ない1日は終わりを告げたのだった。
4ー2
2
PM 16:20 中島公園近隣の橋
今日も依頼を終え、早めに店仕舞いをした。店の方は、この間の事件の精査をラスティアが行なっている。
その間は、私はよくこの橋で時間を潰すことが多い。
特級魔術師である私は、魔術院の中では腫れ物扱いされている以上、私の名義では報告書を書けない。
そのため、報告書の生成などはラスティアに任せているのだ。
「やっぱり、ここにいたのね」
「セシリアか。もう終わったの?」
セシリアが、私を探しにきたようだ。どうやら、ラスティアから報告書を受け取ったらしい。
「報告書、受け取ったわ。それと、あの刑事さんの履歴書もね」
「そう。それじゃ、もうそろそろ日本を出るのね」
「えぇ、これも仕事だしね。でも、意外と長かったわ」
セシリアは煙草を咥える。私は、ZIPPOを取り出して火をつけては、それをセシリアの煙草に火をつける。
「本当、面倒な事件だった」
「えぇ。全くそうね。まさか、警察まで動くなんて思ってもないわ。
けど、あなたが対応してくれたから、大事にはならなかったけど」
「君が相手になってるともっと厄介になってたけど」
お互い、煙を吐きながら夕暮れの豊平川を眺める。私は吸い切った煙草を携帯灰皿に入れると、セシリアも吸い切った煙草を同じく入れる。
「そろそろ行くわね。あの刑事さんも待たせているわけだし」
「おや? もう行くのか」
「えぇ。早いところ帰らないと、私の部下たちがうるさいのよね」
「それは大変だ。『執行者』のトップの人間も大変だね」
セシリアは、飛行機の時間があるようで、もう向かうらしい。
「それじゃね、アル。たまにはロンドンに帰ってきなさいよ」
「はいはい。そのうち気が向いたら帰るよ」
私は、セシリアを見送る。セシリアを見送ると、私はもう一本煙草を口に咥えた。
一服を終え、事務所に戻る。ソファーには、帽子をとった明日香が横になっていた。
「珍しいな。君が帰ってきてるとは」
「まぁね。特に用はなかったから帰ってきちゃった」
明日香は起き上がると、私のデスクに腰をかける。すると、亜空間から何かの封筒を出す。
「これは?」
「あれから頼まれていた奴。君によろしくだとさ」
「自分で渡せばいいのに、それほど出たくないのか? 彼女は」
「さぁ。私は別に興味ないからいいけど」
私は、明日香が渡してきた封筒を開ける。中身はなんと、請求書だった。
「今度行ったら、口座に振り込んでおくと伝えておいて」
「はいはい。そう伝えておくよ」
私は、請求書を引き出しにしまう。明日香は、何かの容器を亜空間から出すとそれを飲む。
「まだそれ飲んでたんた。美味しいのそれ?」
「まぁね。私は好きだけどね、タピオカは」
明日香は、黒い粒々したものが入ってるミルクティーを飲む。
「これからどうするの?」
「さぁ? 依頼がなきゃ安泰じゃないかな?」
「なんだ。まぁ、その時がくればまた動けばいいか」
「そう易々と起きはしないさ。その時になれば、あっちからの横流しで来るだろうさ」
明日香は、ミルクティーを飲み干す。そして、それを置き私の方に顔を向ける。
「それに、君の『使命』とやらを知るのには、時期がまだ早いしね」
「何が言いたい?」
「さぁ。それは君がよく知ってることさ。けど、君がそれを知る気がまだないのなら、私は君の飼い猫でいるさ」
「飼い猫ね……。だが、それを知るには、まだあれが足りない。『本物のグリモアル真書』を全て揃った時に、それは明かされるはずだ」
「『本物のグリモアル真書』ね……。あいつも、あの女も、君のためにそれを探してるの知ってるけど」
明日香は、蒼い吸血鬼のような目で私は見つめる。私が求めてるもの、『本物のグリモアル真書』を集めるために彼女も周囲の人間たちを日々探し求めているのだから。
だけど、魔術院に属している以上、私はこの街を離れることができない。
それに、私はこの街を、札幌を離れる気もない。この街は、私にとっては故郷のようなものなのだから。
『2人とも、食事の用意ができましたよ』
ラスティアの、私たちを呼ぶ声が聞こえる。
「ご飯だって。行こうよ」
「はいはい。それなら、行こうか」
コーヒを飲み干し、デスクの整理してから立ち上がる。
こうして、私と明日香は食事のため事務所を後にしたのだった。
エピローグ
End
PM: 0:00 イギリス ロンドン
「以上が、報告書になります」
私は帰国して早々、議長室に来ていた。もちろん、例の事件の報告に。
彼女が介入した出来事は、議長室にてこのお子様もとい現議長である彼女に報告しないといけない決まりとなっている。
元老院と因縁があるアルが絡むと知れば、元老院にとっては不都合でしかないのだから。
「なるほどね〜。それじゃ、彼が死んだ事でこの口座は、僕のものになったってわけだね。
人間っていうのは、本当にバカな生き物だよ。こんなものを取り上げられてる如きで、こんな一大事を起こすんだから」
「あら? あなたにしては、まともなことを言いますねぇ。何か、いいことでも?」
「別に、何もないよ、セシリア。僕はただ、あれが動くだろうと思ったから、あえて執行者の業務を取り上げただけさ。
主任である君も、そのほうが動きやすいでしょ?」
「わかってますね。では、報告は以上ですので、これで」
私は議長室を離れると、彼女は再び話を続ける。
「ねぇ? ここに載ってないことがあるんだけど?」
「さぁ? なんのことだか? それでは失礼」
私は、今度こそ議長室を後にした。
中庭のベンチに座り、その場で一服をする。すると、議長室のある通路から、1人の少女が現れた。
「魔術院内は、全館禁煙になってますが?」
「あら? これは失礼。気が抜いちゃって、煙草吸ってたわ」
「別に、構いませんよ。今は2人だけだし」
紫色の長い髪をした少女は、私の隣に座る。しばらく座ってると、彼女は話し始めた。
「今回の件、結構大変だったそうですね。流石に、リリィの横暴には少し呆れましたが」
「あのお子様なら、やろうと思えばやる人間よ。まぁ、彼女の存在を知ってるのは、私たちくらいだけど」
「キサラギさんの存在自体は、元老院にとっては厄介極まりないですからね。あの人と親しい私達は目の上のたんこぶでしょうし」
「まぁ、それもあって今に至るわけだし、いいんじゃないんかしら?」
彼女は、頷きながら答える。私は吸い切った煙草を携帯灰皿に入れる。
しばらくして、彼女は立ちベンチを後にする。
「それじゃ、私は業務に戻りますね。セシリアさんもそろそろ戻ってはどうです?」
「そのうちね。それと、付き合ってありがとう、美羽」
彼女は、一礼をして、議長室に戻る。私はもう一本煙草を吸う。
これから先は、今回よりも厄介な出来事は起きるだろうが、それも安泰かも知れない。
それにしばらく私は、あの街に行くことは無さそうだ
――――――――――――――――――――――だって、あの街には『魔女』が住んでいるんですもの。
魔女と欲に溺れる魔術師 完
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『お疲れ様。今回も相当面倒だったわね』
『あぁ。これでしばらくは安泰だろう』
『それは残念。私は、結構退屈になるわ。あなたの戦う姿が見れないんですもの』
『はいはい。んで? あれは見つかったの?』
『残念ながら、彼の工房からは見つからなかったわ。
私がついた頃には、誰かに荒らされて持ってかれたみたい』
『そうか。まぁ、次があるさ』
『そうね。そのうち見つかればいいわけだし』
『あぁ、そうだ。私が持ってるのは3冊。君が持ってた2冊と、師匠が持っていた1冊だ』
『えぇ。それはともかく、始めましょうか』
『わかった。それじゃ、何かあったら起こして』
『はい。それじゃおやすみなさい。アル』
あとがき
いかがでしたか? 初めて書いた話ですので、おぼつかない文脈で申し訳ないです。
さて、今回の話ですが、現代の札幌、それもあのコロナ禍での街の風景や、欲に溺れた人間が、なりふり構わず危害を加えるという胸糞展開もあった本作でした。
よければ、感想やコメントお待ちしています! では
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