上村元のひとりごと その367:敵
こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。
どんごろがっしゃーん。
あんぎゃー。
がぶがぶ。
いててて。
どう。どどう。
ずざざばばば。
ちかっ。
どんごろがっしゃーん。
ふんぎゃー。
雷が、鳴っています。
凄まじい雨です。
ランダムに打ち鳴らされる大音声が苦手なミントは、さっきからずっと、ぶんむくれで、腹いせのように、僕の肩にかじりついてきます。
結構、痛いんですけど。
重低音が大好きなカイは、喜んで、深海の、砂底を蹴っている。
絶え間なく、ちらつく、閃光。
落ちたんじゃ、と心配になるくらいの、轟音。
降りしきる、を通り越して、滝壺と化している、大雨。
ぶんぶんに逆立つ、青緑色の毛皮を撫でながら、ぼんやりと、炬燵にあぐらで、薄暗い天井を眺めます。
寒くない雨が降ると、いつも、『敵』を思い出す。
筒井康隆氏の連作短編、地味ですが、とても気に入って、若い頃、何度も読みました。
文字通りの主人公、儀助が(ネタバレになるので、説明はできかねます。素晴らしいオチだと思います)、そぼふる雨の日に、会いたい人を思い浮かべる、最終章が、とりわけ、切なかった。
僕も、歳を取ったら、きっと、こうなるに違いない、と信じていたのに。
四十年も若くして、もはや、同じ域に入って。
疫病が流行してから、知人のカメラマン、伊勢さんに、会っていない。
インターネットの画面越しに、何度もやりとりはしたけれど、飲みに行くとか、握手をするとか、そういうことは、一度も。
会いたいな。
奥様にも、いつか、お目通りを。
いつもお世話になっている、契約先のウェブマガジンの編集者、森本さんにも、まだ、生身で、お会いしたことはない。
伊勢さんのお仲間なので、しょっちゅう、お二人で、画面の向こうで笑い合っていらして、いいな。
僕も、そちらへ、行きたいな。
ため息をついては、通信を切り。
こうして、ひどい雨の日に、ふと思う。
そういえば、父にも、母にも、ずっと会っていない。
認知症で、要介護4、施設に暮らす父には、普通の意味では、二度と会うことはないし、母とも、おそらく、父の介護が明けるまでは、直に顔を合わせることはできない。
孤独だ。
誰もいない。
少なくとも、人間は、誰も。
ちかちかっ。
どんがらずっしゃーん。
むんぎゃー。
がぶがぶ。
いててて。
どどう。どうっ。
ずざばばばば。
…孤独って、もっと、静かなのかと思っていた。
まさに、筒井氏がお書きの通り、シュールなドタバタ騒ぎが巻き起こるものだとは、知らなかった。
腕の中には、激怒する、ぬいぐるみの猫。
胸の奥には、狂喜する、謎の深海生物。
じじっ。じじじっ。
時折、意味もなく、つっかかっては、再起動を要求する、MacBook。
全員、名前があり、声を持ち。
それぞれに、生きている。
実に、にぎやかに。
ちかっ。
ずんごろどっかーん。
みんぎゃー。
わかった、わかった。
いらだちが頂点に達して、とうとう、背を反らして暴れ始めた愛猫を、抱き上げて、立ち上がり。
iPadを連れて、ユニットバスに、避難です。
きっちりと、ドアを閉め、便座に腰掛け、ミントの熱愛するバンドの曲を、動画付きで、流して差し上げます。
きゅーにゅ!
たちまち、ご機嫌で、ぽたぽたと、しっぽを振り始めたので、ほっとして、猫用シェルターでも、買ってあげないといけないか。
本気で検討しつつ、同時に、考察。
敵とは、何か。
一人暮らしの老やもめや、ニートすれすれのフリーライターを、脅かすものは、ほとんどない。
貯蓄といっても、せいぜい、頂き物の石鹸くらい。
死ぬまでに使いきれないほどの、財産ではあるけれど、それを狙って、押し入る輩など、いない。
だから、厳密には、敵ではない。
遊び相手だ。
一人でいても、つまらないから、わざわざ、敵をこしらえて、チャンバラごっこをして、遊ぶのだ。
寂しいか?
まあね。
はたから見れば、ただの阿呆。
でもね、はたから見てくれる人も、いないんだよ。
それなら、むなしくも、何ともない。
誰もいないんだもの。
存分に、盛大に、遊んでやろうじゃないか。
きゅーにゅ、きゅーにゅ。
ぽたぽた。
ずう。ずずう。
大雨降らせ。大地震わせ。
命揺らせ。
そうします。
音楽にうなずき、雷鳴におびえて、湧き立つ孤独を、家族と分け合います。それでは、また。
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