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上村元のひとりごと その387:知らない

 こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。

 物書きなのだから、さぞや、文学に詳しいのでしょう。

 伊勢さんをはじめ、他分野の方々から、よく言われるのですが、とんでもない。

 あえて、恥を忍んで、申し上げるなら。

 実は、僕は、三島由紀夫を、読んだことがない。

 なぜか、『金閣寺』も、『仮面の告白』も、『潮騒』も。

 名前だけは、聞いていても、肝心の、読書体験というものは、残念ながら、今に至るまで、皆無。

 これからでも、遅くはないんじゃない?

 時間もたっぷりあることだし、ここはひとつ、腰を据えて、読んでみたらいいんじゃない?

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 本の嫌いな、愛猫ミントも、電子レンジに詰まって、ぐっすりおやすみ。

 チャンスだよ。

 Amazonで、注文したら?

 それとも、電子書籍でいく?

 …もちろん、僕も、元国文科。

 三島の作品に、触れる機会がなかったわけではない。

 読んでみようかな、と、一度も思わなかったとは言えない。

 じゃあ、何が、僕から、三島を遠ざけているのか?

 宮沢賢治は、大好きで、紙の本も、電子書籍も、内容が重複しようとも、持っていて、繰り返し、何年もかけて、読み込んでいるのに。

 何が、僕をして、偏りを招いているのか?

 広く、深く、文学の知識を身につけることを、妨げているのは、何?

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 みっちりと、ぎっちりと、壊れた電子レンジに突っ込んで、しっぽの先だけはみ出させ、元気な寝息を立てている、青緑色の、大きなおしりを眺めながら。

 炬燵にあぐらで、熟考すること、数十分。

 …僕は、評論家ではない。

 該博な知識が、いらないと言えば、それまで。

 しかし、いやしくも、文学系の物書きを名乗る身で、三島由紀夫を読んだことがないというのは、なんというか、詐欺?

 手抜き?

 精進を怠っているような気がして、仕方ない。

 でも、ごめんなさい。

 はっきり言って、あまり、いや、かなり、読みたくない。

 その名を聞いただけで、目の前が、暗澹とする。

 自分は、取るに足らない人物で。

 物書きだなんて、偉そうに名乗っているのが、恥ずかしくなる。

 うつむいて、うずくまりたくなる。

 すみませんでした。

 もう二度と、何も書きません。

 許してください。

 そんなふうに、言ってしまいたくなる。

 本心でもないのに。

 …こういうのを、相性が悪い、と言うのだろうな。

 多分、実際に読んでも、同じこと。

 物書きとしての僕が、萎縮して、縮こまってしまう。

 それは、困る。

 せっかくの、なけなしの才能が、奪われる。

 だから、読まない。

 一生、手に取らない。

 これは、果たして、逃げていることになるのか。

 リングに上がりもしないで、タオルを投げる、ヘタレなボクサーなのか。

 やっぱり、読んだ方がいいのかな。

 意外と、面白いかもよ。

 せめて、Apple booksで、検索だけでも、してみたら?

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ため息をついて、尻をずらし。

 ベッドに寄りかかって、天井を仰ぎます。

 ミント、早く、起きないかな。

 寂しいんだよ。

 離れたところで、ミントが寝てると、つい、心が昔に帰ってしまう。

 ひとりぼっちだった頃に。

 名のあるものには、見境なく、すがりつかざるを得なかった、幼い若さに。

 三島の本質は、とにかく、色気だ。

 セクシーなのだ。

 自分に対しても、他人に対しても、常に、性的に、美しくあることを求め続けた人生だった。

 賢治には、それがない。

 完全に、欠落。

 性という概念は、この世に存在しません。

 子供っぽい、あっけらかんが、ものすごく、ほっとする。

 というか、おそらく、僕も、そう。

 才能の大きさでは、まるで釣り合わないけれど、僕は、賢治の同類。

 三島に対しては、永遠に、異邦人。

 僕は、彼を知らない。

 彼も、僕を知らない。

 相容れることのない、交わりようもない、絶対他者。

 生きていようが、死んでいようが、関係ない。

 知らないものは、知らない。

 それで、いい。

 それが、いい。

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ざああああ。

 雨が降ってきました。

 ベランダの手すりに、びしばしと、叩きつける。

 南風です。

 こんな日は、『風の又三郎』でも、読もうかな。

 姿勢を戻し、MacBookのコリンを開き、電子版全集をめくります。それでは、また。

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