相談員のセンスとは
「センス」と呼ばれるもの。
これはなかなか見えないもので、でも仕事をしていると確実に存在しているものだと気付きます。
自分自身がやっている様々な工夫や、気付きの数々をこの言葉で終わらせるのは簡単です。
後輩を指導する時にこの言葉を使わないように意識をしますが、これがなかなか難しい。
私のことは一度棚上げしますが、正直私が従事している業務、相談員という業務はセンスに左右される部分が大きいと思っています。
ではそのセンスとは何なのか。できる限り言語化して、努力で身に着けられないかと考えることがあります。
今回は今の私自身の考えをまとめ、言語化してみようと思います。
最終的には「相談員に重要な“センス”ってなんですか?」の質問に答えられればよかったのですが・・・。如何に。
相談員のセンス
センスとはそもそも、①物事の感じ方や味わいを微妙な点まで悟る動き。感覚。②判断力、思慮、良識と説明されています。
類義語として、感覚、感性、感受性などが挙げられていますね。
「相談員にはセンスが必要」と話している中では、①の意味に近いでしょうか。
細かいところに気付く力。空気を読む力。白か黒かではない灰色の部分、グラデーションを感じ取る力といった意味で私は使っています。
これらを使って捉えたいものとして、様々ありますが敢えて絞って、「相手の話の本質」と「相手との心の距離」を挙げてみます。
話の本質を適切につかまないと、相手の本来のニーズが把握できません。
「○○したい」とか「○○したくない」、「○○してほしい」と言われた時に、そのまま受け取っても、本人は物足りなさや違和感を持つことがあります。
これは、本人が自分自身の本当のニーズ、必要としていることを自覚していない場合に起こってくると思います。相談員は、上記の発言に対して「なぜそう思うのか」と問いかけるとか、本人の置かれている環境を把握して、本人自身が自覚できていないニーズを整理することがあります。これが「話の本質」であると私は考えます。
いろいろ聞いていく中で矛盾することが出て来たり、本人の置かれている環境ではより優先順位が高い対応を思いついたりすることがあります。それを相手に伝え、相手の感覚ではどう思うのかを確認していきます。
気付いた上で除外していたのか、そもそも気付いていなかったのかが明らかになります。
また「相手との心の距離」をつかむことによって、上記の対応が可能になったり、本人の望む支援関係を結んだりすることができると考えます。
そもそも論として、私は相談者が相談場面において本音で話してくれることはほぼないと思っていいと考えています。ただ「相談場面での本音」は存在すると思う。それに迫るには心の距離を適切に把握して、時には近づき、時には離れて、相手の心地いい距離感で話をすることが必要だと思っています。
縮めるだけが目的ではなくて、縮まらない人もいます。それはそれでよいのです。それを把握した上で、支援の範囲を設定していくことが、結果として相手と支援関係を継続していく上で重要になることもあります。
つまり私は「やりすぎ」や「やらなすぎ」の支援をなくしたいのかも。
本人にとって、という意味です。結局は本人のニーズ把握という根本に戻ってきたかな。
私の考える「センスのある相談員」は「本人のニーズを的確に把握する相談員」と考えているのかも。あ、これは気付きかもしれない。
どうセンスを磨くか
「センスは磨くもの、才能は開花させるもの」と某排球漫画で読みましたが、如何にして磨くのか。
うーん、難しい。先輩や上司に言われたのは「場数を踏むしかない」でした。真理ですね。現状自分もこれ以外思いつきません。すみません。
じゃあ、ただ数をこなせばいいのか。それは明らかにノーです。
ただスライムを倒すだけではいけない。経験値がしょっぱい。
できる限り経験値アップ効果のアイテムなりバフを重ねてほら。その方が絶対効率いいから。
まず場数の踏み方。これは実際の支援場面への同席は必須でしょう。先輩に同席しましょう。可能な限り行きましょう。車を運転しましょう。記録を入力しましょう。先輩に「連れて行けば事務が減る」くらい思ってもらって連れて行ってもらいましょう。
そして記録を読みましょう。担当ケース以外閲覧禁止なんて事業所ある?ないと思いたい。
とにかく人の記録を読んで、事例に触れましょう。
同席できるケースは実際限界があります。1日多くて2~3件なものでしょう。記録を読めば事業所で受けているケースを把握できます。1日10件は堅いのでは?もちろん電話の記録も含みますとも。聞き耳を立ててもいいぞ。
後は関係機関の人と話しましょう。どんな類似ケースがあったか、とか。同じAさんを支援しているなら共有するだけで大事な場数の蓄積です。他機関の動きも知ることができて一石二鳥です。
同席するなり読むなりして触れた事例に対して、自分はどうするかを考えましょう。
どう感じて、どう対応するか。最初は全く思い浮かびません。それでいいのです。
記録の作り方によっては、事実・対応だけでなく、支援者の発言や対応の意図も記載されているでしょうか(私は読み返す時に役立つので記載している。実際は邪魔かも)。
先輩や上司、他の支援者がなぜその対応に至ったかを聞いてみましょう。
「Aの問題には〇〇の対応を」と学ぶよりも、「なぜ○○という対応に至ったか」を知った方が応用が利きます。聞けないなら考察しましょう。他のケースのAの問題の場合にはどうだったか、共通するキーワードや状況があるのか、相違点は何か。
もちろん自分のケースは学びの宝庫です。失敗してもいいのです(度合いによりますが)。最初はへこむより先にフォローしてもらいましょう(フォローしてやってくれ頼む)。
自分のケースを振り返る。なぜこの対応をしたのか、なぜそう思ったのか。
正直、振り返ると一時の感情で判断していたり、大した理由がなかったりすることもあるけれど、いかに自分のそういったテキトーさや苦手さと向き合うかです。先輩との違いは何か、口調か、態度か、考え方か、知識か、根本的なキャラクターの違いか。
同じ対応をすれば同じ結果になるのか。ならないならその理由はなぜか。それは努力でどうにかなることなのか。
自分の対応を疑い続けることは、そうできることこそがひとつのセンスなのではないかと思います。そう思ってやっています。
まとめ
「センスのある相談員」とは何か。この答えはひとつではないと思います。
自分は今回、このように言語化してみて「本人のニーズを的確に把握する相談員」と答えを出しました。答えか?答えでしょ。どうだろう。
そうなるために「相手の話の本質」と「相手との心の距離」を掴む力をセンスとしました。
うーんどうだろうか。これがセンス?もっと細かいものがセンスで、結果この力に至るような気も。要は空気を読む力、よく観察し、よくきくことってこと?あー難しい。
それらの力をつけるためにはやはり「場数」が必要になります。
この場数は自分が直接接するケース、同席するケース、記録で読むケースを指しました。
そしてただ接する、同席する、読むだけではなく、「なぜ」と終始考察することが重要だとしました。
実に当たり前。どうでしょうか。できていますか、私。
「センスって何?」 『よく観察して、よくきくことだね』
うーん、実に当たり前。この「よく」の部分が重要だね。また今度考えてみよう。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?