私は人間です
友達がいない視世
「先輩、留学生を紹介してくださいよ!」
学生時代のある日、私は留学生と仲が良かった先輩に訴えた。
現在進行系で友達が少ない私は当時から友達が少なかったため、「日本人がダメなら外国人だ!」という変な考えに走っていた。
ちなみに留学生は数年で国に帰るという当たり前の事実に、当時の私は気づいていない。
「おう、いいぞ!」
快諾してくれた先輩と話を進め、1人のネパール人を紹介してもらうことになった。
ネパール人なんて人生で出会ったことがなかったためワクワクしていたが、同時に1つの不安があった。
「俺、ネパール語わかりません」
当然だ。
英語圏の人ならば「ハロー」や「ナイストゥーミーチュー」とカタカナ英語でなんとか伝えられたかもしれないが、相手はネパール人だ。
英語と第二外国語で選択していたドイツ語ですら四苦八苦しているのに、ネパール語なんてわかるわけがない。
すると私の不安を感じ取ったのか、先輩が優しく言ってくれた。
「大丈夫! 挨拶の言葉だけ教えるから、あとは日本語でも何とか伝わるよ!」
「そっか、日本語を勉強しに来てるんですよね!」
最初ぐらい相手の国の言葉で挨拶したいという謎のカッコつけが発動しているだけで、全会話をネパール語でやろうとは当然思っていない。
挨拶の言葉さえわかればこっちのもんだ。
「初対面の挨拶ってどう言えばいいんですか?」
純粋無垢な眼差しで尋ねると、先輩はこう教えてくれた。
「マー チャウチャウ ホイナ って言えばOK!」
「マーチャウチャウホイナ、マーチャウチャウホイナ……」
教わったばかりの挨拶の言葉を繰り返し必死に練習、早速翌日紹介してもらうことになった。
挨拶する視世
「こちら、ネパールから来た〇〇くん」
「ハジメマシテ! 〇〇デス、ヨロシクデス!」
翌日、先輩から紹介された〇〇くんはやはり日本語で挨拶してくれた。
(日本語勉強しにきてるとはいえ、そこそこ流暢な日本語だな)
心の中で感動しながら、それならばこちらもと練習した挨拶をした。
「マー チャウチャウ ホイナ !」
キマった!
全ネパール人が私に惚れてしまうこと請け合いだ。
日本人にはまったくモテない私だが、ついにモテ期(※ネパール人限定)がやってくる予感がした。
しかし、私の挨拶を聞いた〇〇くんは「プッ」と小さな笑い声を漏らした。
一瞬「ん?」と思ったが、何のことはない。
今のようにスマホや小型の翻訳機のように便利なものはまだ流通数が多くない時代。
私が発した「マーチャウチャウホイナ」は、あくまで私の独断と偏見で、流暢だろうと思われる発音で練習しただけだ。
(おそらく発音が違ったのだろう)
そう思い、私は少しアクセントなどを変えて笑顔で言った。
「マー チャウチャウ ホイナ!」
今度こそ決まった!と思った瞬間、〇〇くんはまるで笑いを堪えられなかった時の様にブフッと吹き出した。
さすがに様子がおかしいと思い後ろにいた先輩を振り返ったのだが、先輩は声を抑えながらも大笑いしていやがった。
「先輩、絶対挨拶の言葉じゃないでしょ!?」
大笑いする先輩に詰め寄ると、彼は衝撃の事実を私に告げた。
驚愕する視世
「マー チャウチャウ ホイナってな……」
先輩が教えてくれた意味を、皆様にも噛みしめてほしい。
心の準備はできただろうか?
発表します。
【私は麺ではありません】
つまり私は、初対面の人に挨拶も何もすべて抜きに「私は麺ではありません!」と、笑顔で宣言していたのである。
いや、そりゃ笑うだろ!
初対面の英語圏の留学生が、一言目に「ワタシ ハ ラーメン デハ アリマセン!」と言ってきたら笑うさ!
英語で「I’m not noodle !」 って言ってるのと同じだかんな!
しかも笑顔で2回も!
いわば、「私は麺ではありません! いいですね? 私は麺ではありませんよ!?」って念押しするようなもんだ。
再三になるけど、そりゃ笑われるわ!!
その後私は先輩に罵詈雑言を投げかけ、ネパール人の〇〇くんには改めて自己紹介をし直した。日本語で。
しかし当時から今までずっと疑問なのだが、イタズラするにしてもなぜ先輩は「私は麺ではありません」という構文を選んだのだろう。
たとえば「私は女です」みたいな文なら、「男に見えるけど女!?」的なイタズラで万人受けするだろう。
この疑問はいまだ解決していない。
最後になるが、初対面の時に「私は麺ではありません!」と2回も自己紹介(?)したのに、帰国するまでの間ずっと〇〇くんに「チャウチャウ(चाउचाउ) ※麺の意」と呼ばれていた。
だから、麺じゃねえっつってんだろ!
終わり
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