横向きA4サイズの現代アート。霞が関の「ポンチ絵」はどうして生まれたか? その知られざる使命とは
「ポンチ絵」が大好きだ。
なかでも官公庁のつくるポンチ絵がいい。
細かく書き込まれた文字にフリーのイラスト素材、あちらこちらを向いた派手な矢印と吹き出し、関係性を示す線……。圧倒的な情報量がぎゅうぎゅうに詰め込まれた1枚の資料……。それこそが至高のポンチ絵だ。
言葉で説明していても、きっとこの魅力は伝わるまい。まずはご覧いただこう。
とにかくうつくしい。見とれるほどに。
デザインを学んだ人なら眉をひそめるかもしれない。だが、その複雑怪奇な魅力にはあらがえない――。
いったいなぜこんなものが生まれたのだろうか。誰がどうやってつくっているのか。なんのために…どんな意味があるのだろう?
わからないことだらけだ。
そこでこの記事では、官公庁のパワポ資料(いわゆるポンチ絵)の独特さ、ポンチ絵が生まれた背景とその使命について考察し、ポンチ絵の持つ本質的な価値を見つめ直してみようと思う。
そもそもポンチ絵ってなんだ?
さて、ここまで「ポンチ絵」を連呼してきたが、そもそもなんのことなのか。
広義のポンチ絵は挿絵や図表、ラフスケッチのような意味合いを持ち、さまざまなビジネスシーンで使われている。
だが、この記事では特にパワポ資料(決してKeynoteではない)、なかでも官公庁の方々がつくる“情報みっちり”の1枚または一連のスライドを指し示すことにする。
それらの特徴を挙げてみると、おおむね、このような感じである。
1ページに説明すべき事柄についての構成要素が「もれなく」含まれている。
テキストだけでなく、イラストを使った図解とともに作成されることが多い。
原則、横向きA4レイアウト、説明したい文章が細かく書き込まれている。
以下はまさに、その典型的な例だ。
ここまで書いてきて、不思議に思うことがある。
なぜ 君らは そこまで 詰め込むのか、と。
だって、もうちょっと控えめにしたほうが見やすくないすか? さすがに複雑すぎて理解するのムズすぎない?
そのあたりの疑問をポンチ絵作成の経験者にぶつけてみた。
ポンチ絵はなぜ「あんな感じ」なのか――知られざる使命
「結果的にポンチ絵になってしまったんじゃないでしょうか」
こう語るのは元NPO職員のA氏だ。
「行政の業務はどうしてもステークホルダーが多くなりがちです。暮らしのすべてに対応しているので業務範囲もめちゃくちゃ広い。民間であれば、目的や対象や関係者、事業内容などを意図的にしぼることができると思いますが、それが行政になると常にあらゆる関係範囲を網羅的に記載しないといけないので、結果的にポンチ絵と呼ばれるものになるのだと思います」(A氏)
官公庁をクライアントに持つコンサルタントのS氏は、「すっきりとした資料を持っていくと、『あの漫画のやつで見せてよ』と言われることがあります」と明かす。
「漫画のやつ」とはいわゆるポンチ絵のことだ。イラストと矢印で図解のように説明する1枚絵が、実際に現場で求められるのだという。
また、資料だけが庁内で一人歩きしても「過不足なく理解される」ことも重要だと語る。
「資料をクライアントにお渡しして、みなさんの間でまわしてもらうことを想定しています。だから説明したいことをすべて盛り込むんです」(コンサルタントのS氏)
なるほど、1枚のスライドに情報を詰め込むことの必要性、そしてそもそも載せる情報量が多くなりがちな背景について見えてきた。
なかの人の声も聞いてみよう。
省庁勤務のYS氏は「もちろん、1枚である程度の理解を得られるようにつくっています」と話す。
「1枚であることが大事なんです。基本的なことがすべて説明されていて、あらゆる質問に対応できるため、説明をする側も聞く側も、手元が煩雑になりません」(省庁勤務のYS氏)
1枚におさめることの重要性を語る官僚。
さらに別の人物にも取材を重ねた。
自治体勤務のK氏は「公式な行政文書は説明責任を果たすことが大事なので、とにかく長文になりがちです」と説明する。
その理由については「国の報告書や答申などは、どんな立場の人が見ても『自分が触れてほしいことが載っている』と思えるように、あえて網羅的になっている」とのことだ。
また、中央官庁ではたらくM.N氏は「つまり、なによりも汎用性が高い説明資料であることがポンチ絵の存在意義です」。こう言い切る
「そして期待される効果は、相手に『理解されること』です」と続けた。
そうなのだ。
いつでも、どこでも、手っ取り早く。省庁の内外を問わず、説明者が誰であれ、受け手が誰であっても、概要が伝わるように、あらゆる情報と関係性を網羅する。
それが行政の資料、ポンチ絵の使命なのである。
当事者のみなさんの話を聞くと、またあらたな魅力が見えてくる。
とはいえ、だ。
みなさん、最初からこのポンチ絵になじめたのだろうか。
だとしたら相当すごい能力だと思うのだが。
正直、初めて見たときはどう思った?
「まるで現代アートだな…」
そう語るのは、比較的新しくできた某省庁に勤めているD氏。初めて職場でポンチ絵を目にしたときのことはいまも鮮明に覚えているという。
1年目のときこそ、情報をできるだけそぎ落として無駄のない資料をつくろうとしたが、「上司や先輩からあれこれフィードバックされ、どんどんポンチ絵化していきました」と力なく語る。
気づけばD氏自身も、「ほんのわずかでも必要かもしれない」と思われる文章や文言があれば、そのすべてを抜け漏れなくスライドに書き写すようになったという。
「色合いやグラデーションなど、モノクロ印刷することを前提としていないのは疑問でした」
こう語るのは前出の省庁勤務・YS氏。
「当たり前のようにカラーを使っているので、モノクロだとわかりづらいんです。そこに問題意識を持ち、モノクロでもわかりやすい資料について、インターンの身でありながら提言しましたね」
もちろん、その提言は通らなかった。
「私はとにかくわかりにくすぎる!と思いました。食物連鎖とか生態系の壮大な相関図みたいだなって」。元NPO職員のA氏は言葉を荒らげる。
中央官庁のM.N氏も「デザイン性が低すぎるし、文字も多すぎます。ポンチ絵っていう呼称自体もダサいし…」とまくしたてるが、いまでは完璧なポンチ絵をつくることができる。
みなさん、それなりに思うところはあるようだ。納得はしていないが、必要に迫られて順応していったのだろう。
となると気になってくるのが、そのつくり方である。
最初は違和感があったポンチ絵を、彼らはどのようにマスターしていったのだろうか。
ポンチ絵のつくり方にコツはあるのか。
ポンチ絵はどうやってつくるのか――。おそらく一般のビジネスパーソンは真似しようと思っても簡単にはできないだろう。
しかし、よく見ると何らかの規則やパターン、定番の表現などがあるような気がする。それらをしっかりと踏襲すれば、立派なポンチ絵ができるのではないか。
元NPO職員のA氏は「行政関連の仕事をA4用紙1枚で説明しようとすると、結果的にほぼポンチ絵になってしまいます」と語る。
これまで特にポンチ絵の作り方は教わっていないそうだが、「資料をわかりやすくしようと奮闘すればするほど、結果的にポンチ絵に行き着くんです…」と肩を落とす。
「ただ、行政のポンチ絵は色を多く使いすぎていて解読が大変です。自分としてはあまり色を使いすぎないように注意しています」と、ポンチ絵を少しでもわかりやすくするための涙ぐましい工夫についても教えてくれた。
省庁勤務のYS氏は、より積極的にポンチ絵のつくり方を学んできたタイプの人間だ。
「うまいポンチ絵を見つけたら、グループ化を解除して、いろいろな箇所をクリックしながら図の設定を確認。どうやって作られているのかを分解しながらチェックしていきます」
その中で、良いと思った表現はどんどん取り入れて、自分の技術にしていくそうだ。
「きれいなポンチ絵にするコツは、マウスで図を作らずキーボードで作ること。枠の大きさは数値で決め、位置は左揃えや整列を使って整え、微調整は←↑→のキーでやります。形が整って並ぶだけでかなり印象が違ってきます」
もちろん、図は自作するだけでなく、上質なフリー素材サイトを見つけてはブックマークし、用途別に使い分けもしているという。
そして民間企業から自治体に転じたK氏は、「インターネットの画像検索で上手なポンチ絵を探し、色の使い方や構造の整理などを学びました」と振り返る。
「作成時はどういう順番で目線を移してほしいかを常に意識していますね。これなら文章で説明したほうが早いのでは…と思っても、ぐっとこらえるんです」
中央官庁勤務のM.N氏のアドバイスはある意味で実践的だった。
「良いポンチ絵を集めたりして、自分なりに仕事の中でポンチ絵へのアンテナを立ててきました。はじめはデザイン関連の書籍を読み漁り、より見栄えの良い資料のつくり方も模索しましたが、それだと省内における資料の目的を果たせなくなり、上司の決裁が通らないことがわかりました」
新卒で配属されて2週間たった頃、上司から「もっと資料の文字を増やせ」と言われたことでついに観念したそうだ。
そんなM.N氏に良いポンチ絵をつくる極意を問うと、こんな答えが返ってきた。
「強いて言うなら、ポンチ絵が上手い人に原案作成権が渡るように根回しすること。技術うんぬんの前にそれが大事です」
身も蓋もないが、それが官僚の生きる道なのかもしれない。
もはや現代アートというべきポンチ絵の背後には、実際、アートの制作現場かのような職人芸があった。作品の素材集めから、手法の模倣、そして自分なりの表現への昇華、あるいはより優秀な制作スタッフを揃えるプロデュース能力…。
さまざまな面で一流の仕事がなされていることがわかる。
実のところポンチ絵に明確な規則やパターンがあるわけではない。みんな実践を通じて学んでいったのだ。どこまでいっても泥臭くて涙ぐましい努力の賜だったのだ。
ポンチ絵をつくったらPDFでレイアウトを固定
もしあなたが渾身のポンチ絵をつくったのなら、パワポを一旦保存するだけでなく、ぜひPDF化してみてほしい。
PDFとは「Portable Document Format(ポータブル・ドキュメント・フォーマット)」の略で、アドビが開発した世界標準のファイル形式だ。
PCでもスマホでも、紙に印刷しても、レイアウトが崩れることなく同じように表示できる。もちろんメールなどでファイルを送った相手も同じものを見られるから安心。それがPDFの利点である。
むずかしいことは何もない。アドビの「Adobe Acrobat オンラインツール」の「PPTをPDFに変換」機能をつかうと、手元のパワポファイルをドラッグ&ドロップするだけでPDFに変換できる。
Acrobat オンラインツールの特徴の1つは、高速でファイルを変換できること。アップロードされたファイルは自動的に変換され、たった数秒でダウンロードできるようになる。
さらに、Acrobat オンラインツールで変換したPDFはそのまま共有も可能。ダウンロードして、メールに添付して……とやらなくても、クラウドに保存されたPDFファイルへのURLを発行して送るだけでいい。
どのデバイスからもアクセスできるAcrobat オンラインツールは手軽で高機能。PCでもスマホでも環境を選ばず使えるので、出先での作業にもぴったりだ。
ポンチ絵を絵画にたとえるなら、絵筆はパワポ、そして額縁に相当するのがPDFではないだろうか。情報が密集するポンチ絵は、わずか1pxの画像のズレが命取りになる。Acrobat オンラインツールは、そんな繊細なポンチ絵を適切に管理するのに欠かせないツールと言えるだろう。
横向きA4レイアウトの現代アート
というわけで、ポンチ絵の存在意義とその効能、さらにはつくり方のコツとかんたんなPDF化の方法まで、その道のプロフェッショナルの方々への取材をもとに書き連ねてきた。
奇異に見えることもあるが、今日もどこかで誰かの役に立っている。
誰ひとり取り残さず、どんな些細な情報も抜け漏れなし。
横向きA4レイアウトの現代アートは、これからも我が国の独自文化として発展し続けるだろう。
取材の最後、ひとりの官僚の発言を聞いて、私はそれを確信した。
「こんなたくさんの情報は入らない…という膨大な量の情報を、印刷領域ギリギリまで使ってうまく1枚にまとめ切ったときの達成感はひとしおですよ」