私にはインド人の血が流れているのかも。と思った話【なるくるの海外日記】
皆さんこんにちは!ことば大好き「なるくる」です。
はじめましての方は、こちらに簡単な自己紹介をしているので、のぞいてみてください。
つい先日、両親と話していて「あれ、私にはインディアンの血が流れているのかな?」と疑いはじめました。今回はそんなお話を綴ります。
両親はインドを愛する元バックパッカー
両親は私より30~40歳ほど年上なので大昔ではありますが、バックパッカーをしていました。
アジア圏を中心に色々な国を訪れては、気に入ったら1カ月くらいそこに住む。そんな「ザ・昔のバックパッカー」です。
そんな両親のお気に入りの国がインドです。ヒンドゥー教の四大聖地を回り、西部に位置するゴアのビーチで、ボブ・マリーのレゲエを聴く。そういう過ごし方をしていました。
「インド色」にあふれる実家に気づく
幼少期から二人がインドが好きなこと、そしてバックパッカーだったことは分かっていました。
ただ、実家を離れて5、6年経った今、やっと気づきます。どう考えてもあの家はインド色に染まりすぎている。逆になんで今まで気づかなかったんだ。
そんな実家を紹介しましょう。
ベストポジションにはガネーシャのポスターが貼ってあります。すぐそばには写真立て。幼き頃の子どもたちと並んで、インドのおじいさんの写真が堂々と飾られます。
写真立ての隣にはお香を焚くためのスペースが。実家でのアロマやお香と言えば、インドのそれしかありません。
ファッションにも注目してみましょう。父は帽子のかわりとしてターバンを愛用。夏場はTシャツにインドパンツ。ちなみにインドパンツは色違いで2枚もっています。
極めつけは食事。実家ではパンのお供に必ず、インドのヨーグルト「ダヒ」が出てきます。玉ねぎのことはヒンディー語である「ピャージ」としか呼びません。ちなみにオクラは「ビンディー」。ダヒに関しては昨日、あれってインドのヨーグルトだったんだと知りました。
確かにスーパーで売っているヨーグルトのどれとも違うけど、ダヒっていう種類のヨーグルトはそこまでマイナーではないはず、と本気で思っていました。ちなみに実家のダヒは手作りです。
20数年生きていても、家族について知らないことあるんだな
これだけインド色に染まった両親に気づき、そしてまだまだ私が当然視していて気づいていないであろう両親の一面に想像を膨らませて感じること。
それは家族であろうとやっぱり他人は他人で、知る努力をしなければ分からないことはたくさんあるということでした。
そして、そんな知らないことにあふれた世界はなかなか悪くないなと思います。
知らないことがたくさんあることに目を輝かせ、まずは私もインドに行ってみようと思います。
あ。10日間くらいですが、私もインドのコルカタに行ったことがあります。そしてインディアンカレーを自分で作れます。やっぱり、私にはインディアンの血が流れているな。
20210828 Written by NARUKURU
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