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出家未遂した男のその後⑤

 高森草庵での生活がおおよそ半年を過ぎ、季節は冬に突入するころになりました。

 高森草庵で暮らしていた時、当時の周辺の状況で気になっていたことがありました。それは山林の伐採です。

 高森草庵がある場所は長野の山深いところですが、当時、周囲の至るところで山林が伐採されているのを見ました。なんのために伐採しているのかを調べたところ、多くがソーラーパネルの設置のために伐採されているようでした。
 山主さんとしては、山を持っていても税金を取られるだけで負担なので、少しでもお金になるのであれば良い、ということで業者に山を売ったり貸したりして、その業者がソーラーパネルを設置しているようでした。(ちなみにその業者は大体東京の業者で、そのソーラーパネルで作った電気は東京に送られるものでした)

 太陽光発電について、賛否両論あるのは知っていますが、金銭的問題のために山林を伐採するのを見るのは辛かったです。
 以前少し別の記事で言及しましたが、私は長野の森を見て非常な懐かしさを感じていたので、その山林が伐採されていくさまは、私の心を強く傷つけました。

 ソーラーパネルを設置するにしても、現在の日本ではこのくらいの電気消費量があり、〇年後にはこれくらいの消費量になるから、それを補填するために今からこれくらいの電力を新たに生産しないといけない。そのために、そのうちの何割を太陽光発電で賄う必要があり、長野県ではこのくらいのソーラーパネルが必要だから、この山に設置する、というような計画があるなら、まだ納得できます。
 しかし、少なくとも私が見聞きした範囲では、そんな青写真はなく、業者も電力会社も山主さんも「儲けるため」にソーラーパネルの設置について話をしていました。補助金がどうとか、賃貸料がどうとか、そんな話ばかりです。私には、お金儲けのために森林を伐採しているようにしか見えませんでした。
 そうは言っても、私が嫌だ、と言ったところで、山は山主さんに所有権があり、基本的には山主さんに山をどうするかの権利があります。私にとやかく言う筋合いはありません。

 ただ、過去、ゴルフ場の建設のために大規模に山林を伐採・造成する計画があった時、水源の枯渇によって生活を脅かされることを理由に、高森草庵や地元の方々が反対のための裁判を起こし、何年も時間をかけて撤退させた、ということもあったそうです。
 また、メガソーラーの建設計画があったときも、同様に反対運動をしたことで撤退させたことがあるそうです。そういった形で、自然環境の破壊に対して反対する行動を起こす方法も、あるにはありました。

 しかし、それほどの運動はとても時間もお金も労力も必要になり、私が行うには現実的な行動とは思えませんでした。
 そもそも、ソーラーパネルの設置は私の個人的好悪の感情としては嫌ですが、反対して撤退させることにどれほど妥当性があるのか、少なくとも当時の私には分かりませんでした。
 高森草庵のある町は富士見町という町ですが、その富士見町の中で当時すでに100件以上のソーラーパネル設置の計画がありました。そんな多くの計画について、一つ一つ内容を吟味し、反対すべきものであれば反対する行動をする、というのも現実的とは思えませんでした。

 そんなことを考えながらソーラーパネル設置に伴う山林伐採の様子を悶々と眺める日々のある日、高森草庵に縁のある林業従事者の方とお話しする機会がありました。その方は「林業で一番大事なのは、木を伐りだして材にすることではなくて、山の保全だよ」とおっしゃいました。
 それまで私は「林業=自然破壊」と考えていたので、とても驚き、また、林業に関心を持つようになりました。

 それまで私は高森草庵での暮らしがとても気持ちが良かったので、どこか田舎で農業でもして暮らしたいな、と思っていましたが、林業では山を守ることが大事なんだ、というお話を聞いて、自然を守ることを生業にできるなら林業をしたい、という思いが生じてきました。
 
 その後、林業について調べていると「自伐型林業」というものを見つけました。その内容を調べてみると、山の保全をすることで生計を立てることが出来る、という趣旨のことが書かれていました。「これはまさに私がやりたいと思っていたことではないか」と思い、更に調べてみると、「自伐型林業推進協会」という団体が東京でフォーラムを開催することを知りました。そこで早速申し込んで参加しました。

 そのフォーラムでは人工林であっても山のためになる手入れをすれば、山の自然も守れ、防災にもつながり、かつ生業にしていくことが可能である、と語られていました。そしてその山の手入れの仕方は、古くから奈良の吉野などで「篤林家」と呼ばれる人たちが行ってきたやり方であるとも語られていました。

 具体的には、林野庁が勧める大型機械を用いた施業ではなく、作業道の幅を狭く(2.5m以下)して、3t未満のバックホーなど、比較的小型の重機を用いて道づくりや間伐を行うことで、山を守りながら生業にすることが可能になると語られていました。
 正直、私は知識不足で話の具体的なところは理解できていなかったのですが、「これだ!」と思いました。そして、「自伐型林業でやっていこう」と決めたのでした。


 今振り返ると、あの一回のフォーラムで自伐型林業をしようと決めたのは、思い切りがいいというか向こう見ずというか、まあ、大脳を経由しない決断だったなと思います。
 今実際にその世界に入ってみると、あの時フォーラムで語られていたほど簡単には行かないことが分かってきたので、何も知らなかったからこそ、あれだけ思い切りよく決断したんだな、とも思います。

 私は昔から人の話をうのみにしてすぐに信じてしまうところを、親や親しい友人から心配されているたちでした。整形外科に受診に行って初対面のお医者さんに「君は騙されやすいね」と指摘されたほどです。
 そんなわたしなので、あのフォーラムで自信満々に講演していた人の姿を見て、私はその話をすっかり信用してしまったのでした。

 一つの物事にも複数の原因があり、複雑な事情が絡み合って生起しているものなので、それを「これですべて解決!」と断定的に語ることは本来できないでしょう。もしそんな断言をしている人がいたら、その人は嘘つきです。
 でも当時の私にはそんなことは分からなかったのです。

 それはさておき、とにかく私は自伐型林業を生業にしたいと思ったので、どうやったらそれを実践できるかを探していくことにしたのでした。

続き。



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