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転生狼と人型皇女#3

「あんたね、最近モサリドさんのとこに来た少年ってのは」
「あ、はい…そう…です」
「あたしは嬉しいよ、あの家族はまた幸せをつかみ始めてるってね」

市場にお使いに行った時、野菜を売っているおばちゃんがモサリドさんとミサミルちゃんのことを教えてくれた。

ミサミルちゃんは結婚してすぐ、子供を産んだが、産んだ子供が突然変異で獣人型の個体だった。
当時の旦那は世間体を考えた結果、産んだ翌日にその子供を野山に捨ててきた。
それがきっかけで離婚し、実家の漁業を手伝っているというわけだ。

「そんなことが…」
「あの一家は苦労してんの、だからあんたが来てくれてよかったねえって」
「でも、僕はその子の代わりにはなれないよ」
「いいんだよ!神様が届けてくださったせっかくのご縁だ!それにあんたも、行くあてがないんだろ?」
「う、うん」
「じゃあ、ウィンウィンだね!」

そんな理由があったなんて、知らなかった。
いつもお使いから帰ると、ミサミルちゃんが思いっきり出迎えてくれて、抱きしめてくれた。
近くに学校はなかったから通えなかったが、通っている子供と同じくらいの教育をと、モサリドさんは一生懸命教養を叩きこんでくれた。

とある食卓で、つい嬉しくなって、声に出して笑った。
「タクローちゃん、どうしたの?わらって」
「へへ、なんか、うれしくなって」
「今日はわしが釣った魚だからな」
「タクローちゃんもお料理手伝ってくれたじゃない!」
「うん!」
「食べましょ」

なんでもない日常と言うのだろうか。
これは孤独じゃない、紛れもない幸せだ。


そんな暮らしをして、俺は12歳になっていた。
この国での成人年齢は12歳。
成人の儀の準備をしようと、仕立て屋さんに来ていた。

「モサリドさんこんにちは、おや」
「どうも、この子の成人の儀のために仕立ててほしいんだ」
「お孫さんですか!大きくなられて」
「はは、かわいい孫です」
ポンと俺の頭に大きな手を乗せた。
「最近のトレンドはですね…」

仕立て屋が生地を見せようと、かがんだ。
次の瞬間、店のドアが勢いよく開いた。

「ハイネス国軍だ。手を上げろ」
「なんだなんだ」
「どういうことじゃ」
「……!」

俺は忘れていた。
謎の屋敷から出て、自由の身となり、ここで暮らして6年。
追われているかもしれないことを、忘れていた。

「ウルフ・フルハーネス様、お迎えだ」
「フルハーネス!?」
「どういうことだタクロー」
「……ッ」
「フルハーネスは皇族の姓…、まさか!」
「そのまさかだ。このお方は、ウルフ・フルハーネス様、次期国王陛下になられる方ではあるが、そうとも限らん」
「どういうことだ」
「こちらにも訳があるのだ。聞くでない」

一人の隊員が2、3発天井に向かって銃を打ち付ける。
これでは、仕立て屋もモサリドさんも危ない!

「タクロー、裏から逃げろ!わしがなんとかしてやる」
「爺ちゃん俺…」
「いいから、にげるん…ぐあ!」
「爺ちゃん!!」

モサリドさんが打たれた。
倒れたのを受け止め、ゆっくりと寝そべらせた。
苦しみ藻掻くモサリドさんの胸から、血がじんわりとにじむ。

感じたことのない絶望に、身体が動かなかった。

仕立て屋が叫ぶ。

「だれか止血を!」
「...逃げろ、タクロー!」

そしてまた、1発、2発とモサリドさんに向けて球が飛ぶ。
大きな銃声だった。

風穴のあいたモサリドさんは、すぐに動かなくなった。

流れる血が生暖かい。

魚の血とは比べ物にならないくらいの量、そしてにおい。
最後まで俺を守ろうとしてくれたモサリドさんが何度もリフレインする。

俺に当たった流れ弾は、全て弾いて窓を破る。

不思議と混乱して、混濁して、涙が出ない。

これ以上被害を出さない為、国軍についていくことにしたのだった。
馬車に乗り込む際、モサリドさんがくれた帽子を落としてしまった。


大きく揺れる馬車にも動じることはない。
隊員二人を両脇に置かれた状況、顔を見ずに問うた。
「爺ちゃんはどうなるんだ」
「国がうまく埋葬してやる。業者を手配してあるんだ」
「クソッ」
馬車の壁をガンと蹴った。
「暴れられては困るな」
そう言われ、馬車の中で腕と足首を縛られた。

俺は次の被害を考えていた。
それは、ミサミルちゃんのことだ。
モサリドさんが殺害された今、彼女の命も危ない。
そしてなにより、モサリドさんがもうこの世にいないことを知らせたくなかった。
先ほど起きたことは全てなかったことになればいいのにと思った。

不思議なことに、なぜか自分の死は悟っていない。
自分のことなんか、どうだっていい。

「もう、殺しはしないと約束してくれ」
「どうだかな。国王陛下に聞いてみないとわからぬ」
「国王陛下……?」
「ああ、このご指示は国王陛下からのものだ。ウルフ・フルハーネス様をお連れするが任務。何を壊しても、誰を殺してでも、確実に実行せよとのお言葉だ」

終わっている。
この国は、終わっている。
こんなことで人を殺して、一体何になるんだ。
歯を食いしばる。
耳が立ち、息も荒くなるのを堪えた。
大事な人を殺されたからって、俺も殺しをやっていいなんて、モサリドさんから教わっていないからだ…!

「なあ、あと一つだけ教えてくれ」
「あ?」

態度の悪い隊員に静かに質問した。

「俺は、何者だ」

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