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転生狼と人型皇女#2

森を抜けると、街が見えた。
夜だったから暗く、酒場だけに灯りがともっている。

走っても走っても疲れないこの身体にだんだん愛着がわいてきた。
そして何より、知らない世界をどこまでもどこまでも走っていけるこの快感!
ライフイズビューティホ~!
なんて清々しいんだ!

だが、ここからが問題だ。
宿をどうするか。
シンプルにどこで寝るかだ。

こんな金も持っていない子供を宿に泊めてくれることなどないだろう。
仕方ない、野宿でもするか。

でもまだまだ疲れない!
どうなっているんだこの身体は!

軽い身体を弾ませて、走っていくスピードも徐々に上がる。

街を抜けると、もう一つ街があり、またしばらく走っていると海が見えた。
この世界にも海ってあるんだ!

嬉しくなって、服を脱いで泳いでしまった。
暗い真っ黒な海では魚もきっと寝ている。
海水まみれになって、疲れを知らない身体で、飽きるまで泳いでいた。

泳いで、走ってを繰り返して、乾いているふかふかの漁業網で一晩を明かすことにした。
たまにはこんな生活も悪くはない。

明日は釣りにでも行ってみようか。
どんな魚が捕れるだろうか。
そんなことを思いながら、眠りについた。
何もない生活に飽き飽きして、自分を知らない自由な空間で、今は満たされていた。


「おい、坊主!どこで寝てやがる!」

そう話しかけられて飛び起きた。
太陽が昇りかけているその時、見知らぬ白いひげを蓄えた丸々とした老人が話しかけてきたのだ。

「見かけねえ顔だな、名はなんだ」
「えっと」
「お父さん、タモ持ってきたよ~…って、え!何この子超かわいい!」

すると、老人の娘さんらしきチャキチャキなお嬢さんがこっちへやってきた。

「名は」
「僕~、お名前いえる~?」

俺はなんて自己紹介をするか悩んでいた。
一応逃げてきたわけだし、屋敷の連中が俺のことを探しているかもしれない。

ならば…!

「た、タクロー…」
「タクローちゃんっていうのね!かわいい」
「お前、家はどこだ」
「…わかんない」
「かわいい!ふかふかしてる!」

お嬢さんは俺の頭をなで繰り回し、抱き着いてくる始末。
転生してよかったー!

「お前、よく見たら獣人族だな?」

老人は少し目を丸くしてこちらを覗き込む。

「じゅう、じん?」
「だからお耳がけもけもしてるわけね」

老人とお嬢さんは、謎の少年である俺を温かく迎え入れてくれた。
その日の漁業は中止とし、俺の世話に時間を当ててくれた。

「ここは、どこなの?」
「お前、なんにも知らねえんだなあ」
「お父さん、もしかしたら学校も行けてない子かも!いろいろ教えてあげないと!これからうちの子だよ!よろしくね」
「まだ何もいっとらんだろ!勝手に決めるでない!」

そう言いながらも、魚介のたくさん入ったクラムチャウダーのようなスープと少し硬いパンを与えてくれた。
飛び切り美味しいものとは言えないが、しばらく食べていなかった家庭の味と言ってもいいような気がして、美味しくてうれしかった。

「さあ食え、お前は大きくならんといけないからな」
「おいしい?」
「うん!」

話を聞けば、ここはラノールル。
人身地方最大の漁師町だ。
昨日一件目に通った街よりも少し都会らしさは薄れているが、人情に熱い人間が多く、いい町だ。
甲殻類の漁を生業としているこの親子は、モサリドさんとミサミルちゃん。
最近奥さんを亡くしたそうで、二人で暮らしている。

モサリドさんは、俺にいろんなことを教えてくれた。
世界のこと、この国の歴史、地図、民族、隣の国の話…。
そして、1000年に一度の伝説についてを…!

まず、この世界は人身族という人型の民族と、獣人族という獣型の民族が共存しているらしい。
だが、切ないことに、人身族は獣人族との共存、貿易を拒否し続けてきた。
キツネ型獣人に騙された王族がいたことが起因しているという。
人身族の国を「ハイネス王国」、獣人族の国を「ほむふわん共和国」という。
この世界には驚いたことに国は二つしかないらしい。
人か獣かって感じか。

モサリドさんが言うには、獣人族は一部の人身族にとっては忌み嫌う対象なんだそう。嫌悪し、差別することも少なくない。
現代の獣人族が特に悪いことをしているわけではないが、なかなか他人の固定観念を変えることは難しいだろう。
まれに人身族でも、突然変異として、獣人型が生まれてくる場合もあるそうで、そのような個体は忌子としていじめられたり、奴隷化することがもっぱらだという。

耳の四つある俺は、どちらかと言えば、獣人族ではないかと...。
差別や迫害を避けるために、大きめのパン屋さんの帽子のようなものを買ってくれた。
もう少し大きくなったら、漁業の手伝いをさせてくれると話してくれた。
見ず知らずの子供をすぐに家族のように受け入れてくれたこと、獣人の形をしていても、他の人と変わらず接してくれることが嬉しかった。
前世で親孝行をまともにできなかったことを考えると、この家族を大切にしようと決意できたんだ。

寝る前のことだ。
寝支度を終え布団に入ると、モサリドさんは椅子に腰を掛け、俺の背をトントンとしながら話をしてくれた。
二日に一回くらいはこの、寝る前のお話の時間がある。

その中で興味をひかれたもの、それは…。

「今日のお話は、この世界に伝わる1000年に一度の伝説のお話だ」
「伝説?」
「そうだ、この世界は二つに分かれているが、両方の国のお妃さまがいきなり同時にご懐妊されることがあるそうだ」
「え!なんで!」
「理由はわからんが、誰とも接触していないのにご懐妊がされるということで、そのお子様のことを神様の子供とも言う。一人一人を同時にご出産されるから、片割れ双子とも」
「へー、そんなことがあるんだ。それで、その子供たちはどうなるの?」
「その子たちのおかげで、乱世に平穏が訪れ、戦争が終わりを告げる。そして、神の声を世界に届ける存在になるそうだ」
「それって、ほんとの話!?」
「さあな、もう遅いから寝な」

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