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(37)情勢を変化させる九つの要素-竹簡孫子 九変篇第八

九変篇にさまざまな疑問が存在しています。「九変」とは何か?いくつあるのか?という問題です。というと読み方によると十になるのです。

九変篇の冒頭の本文を確認しましょう。

【書き下し文】
孫子曰く、凡そ用兵の法は、将の命を君より受け、軍を合し衆を聚むるに、圮地(ひち)には舎(とどま)ること無く、
衢地(くち)には交を合わせ、
絶地(ぜっち)には留まること無く、
囲地(いち)なれば則ち謀り、
死地(しち)なれば則ち戦う。
塗(みち)に由(よ)らざる所有り。
軍に撃たざる所有り。
城に攻めざる所有り。
地に争わざる所有り。

君命に受けざる所有り、
故に将にして九変の利に通ずる者は、用兵を知る。将にして九変の利に通ぜざる者は、地形を知ると雖(いえど)も、地の利を得ること能わず。兵を治めて九変の術を知らざる者は、五利を知ると雖も、人の用を得ること能わず。


圮地から地に争わざる所ありまでの九つを九変とする説と、圮地から君命に受けざる所ありの十つを九変とする説の2種類が存在します。

私の解釈は、「地に争わざる所有り」までの九つを「九変」とします。「君命に受けざる所有り」は、兵法の一般論であるとします。

【現代訳】
孫子は言う。「およそ用兵の原則は、将軍が君主より出撃命令を受けてから、軍隊を編成し兵士を招集してから、兵士が逃亡しやすい国境付近(圮地(ひち))では、宿営してはならず、交通の要衝(衢地(くち))では、本国への伝令や諸侯との親交を厚くし、敵の領土に深く侵入した地(絶地)では、長い期間同じ場所に留まってならず、周囲を敵や諸侯に包囲された地(囲地)では、抜け出すための知恵を絞り、絶体絶命の地(死地)に陥ったら、覚悟を決めて戦うのです。そして(行きやすくても)通路には通ってはならない通路があり、(撃破しやすくても)攻撃してはならない軍隊があり、(攻略しやすくても)攻撃してはならない城があり、(利益があっても)奪ってはいけない土地がある」と。

古来より兵法で言われる「たとえ君命でも受けてはいけないものがある」を実行できる将軍は、この九変の利を知り尽くし、用兵の極意を知るのです。
将軍でありながら九変の利に精通していない者は、仮に戦場の地形を知っていても、その地形のもたらす利益を我がものにすることができません。
軍隊を統率できていても、この九変を使いこなす術に長けていなければ、五つの地形(圮地(ひち)・衢地(くち)・絶地・囲地・死地)のもたらす利益を理解していても、兵士達の力を存分に発揮することはできないのです。

スライド64

では、「九変」とは何かを考えてみると、「利」と「害」の両面を考慮し活用することです。この後「智者の慮は利害を雑う」ありますが、まさに九つの要素の利と害の両面思考を言っております。

「君命に受けざる所あり」を「九変」に置くのは、将軍の立場でしかみていません。しかし本来、孫子は君主向けの書とも言えるもので、この文章を「九変」に入れると大きく孫子の兵法理論を狂わす材料となると思います。

それでは「圮地」と「絶地」以外の要素を説明したいと思います。

スライド65

「衢地(くち)」は交通の要所です。多くの国と繋がる国境付近です。

【書き下し文】
衢地(くち)には交を合わせ、

【現代訳】
交通の要衝(衢地(くち))では、本国への伝令や諸侯との親交を厚くする

「交」は、彼我の関係性です。諸侯が味方すれば「生地」、諸侯が敵対すれば「死地」に変わる場所になります。

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囲地は、すでに敵から包囲されている場所です。包囲網を引かれている状況です。この場所では、悠長な事は言っていられません。謀り事を使って、現状を打破しなければなりません。

【書き下し文】
囲地(いち)なれば則ち謀り、


【現代訳】
周囲を敵や諸侯に包囲された地(囲地)では、抜け出すための知恵を絞る


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「死地」は、絶体絶命の場所です。強大な敵が前にいて、逃げ場がありません。ここでは決死の覚悟で戦って、状況を打破します。背水の陣、決死で戦うことが「死地」を「生地」に変えます。

【書き下し文】
死地(しち)なれば則ち戦う。

【現代訳】
絶体絶命の地(死地)に陥ったら、覚悟を決めて戦うのです。

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次は、取ってはいけない「塗、軍、城、家」の四つです。

通ることで、取ることで、敵を増やし、我が方の兵力を分散させなけれなならなくなる場所です。守るのに苦労し、戦略的価値が少ないものは取ってはいけないというものです。それらを取ると自軍を「生地」から「死地」に陥れることになります。

【書き下し】
塗(みち)に由(よ)らざる所有り。
軍に撃たざる所有り。
城に攻めざる所有り。
地に争わざる所有り。

【現代文】
そして(行きやすくても)通路には通ってはならない通路があり、(撃破しやすくても)攻撃してはならない軍隊があり、(攻略しやすくても)攻撃してはならない城があり、(利益があっても)奪ってはいけない土地がある」と。

スライド70

それでは「九変」の使い方について考えていきましょう。

現場の状況や敵との駆け引きを知らない君主の命令を、受けてはいけない場合もあるということです。

【書き下し文】
君命に受けざる所有り、故に将にして九変の利に通ずる者は、用兵を知る。将にして九変の利に通ぜざる者は、地形を知ると雖(いえど)も、地の利を得ること能わず。兵を治めて九変の術を知らざる者は、五利を知ると雖も、人の用を得ること能わず

【現代訳】
古来より兵法で言われる「たとえ君命でも受けてはいけないものがある」を実行できる将軍は、この九変の利を知り尽くし、用兵の極意を知るのです。
将軍でありながら九変の利に精通していない者は、仮に戦場の地形を知っていても、その地形のもたらす利益を我がものにすることができません。
軍隊を統率できていても、この九変を使いこなす術に長けていなければ、五つの地形(圮地(ひち)・衢地(くち)・絶地・囲地・死地)のもたらす利益を理解していても、兵士達の力を存分に発揮することはできないのです。

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「九変の利」に通じるということは、「利」と「害」の両面を考慮して利を引き出せるということです。君主に遠慮して、判断を間違うということがありません。

ですから「五利」を言葉上で理解していても、本当の意味で兵士の力を引き出す事はできないというのです。

それでは「五利」を整理してみましょう。

圮地・・・本国内で戦力を充実させること
衢地・・・諸侯との友好関係を築くこと
絶地・・・一致団結すること
囲地・・・策略などで油断を突くこと
死地・・・背水の陣で決死の覚悟を持つこと

優れた将軍は、「九変の利」に通じ「五利」を利用し、兵士の力を最大限に引き出すことができます。九変篇のこと後では、将軍の能力、及び性格にまで及んでいきます。



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