見出し画像

スマホの紛失

これは昨日のこと。
いつもの美容院へ予約を入れ、20時に入店。
いつもの担当さん、もうかれこれ4年くらい、ずっと同じ。
髪型も「いつもので」と通じるほどにいつもと変わらぬ時間。
いつもの場所でいつも通り、これほど安心する場所と時間はそうはない。
小気味よくハサミを動かす、手慣れた手捌き。
安心と安全がその手元にあって、どんな髪型に仕上がっても、もう別にどうでもいいやって、髪を切りに来ているのではなくて、ストレス解消で、髪が切られる度にストレスも切り落とされていくのを感じる。
そんなはずはないけれど、でも、その美容師さんと会話するのも楽しいし、ありがちなどうでもいい世間話をしなくちゃいけないんじゃなくて、それをするためにここに来ているなんて、大袈裟ではない本当の話。
そうして小一時間も経たないうちに全ての工程が終わって、鏡に映った2ヶ月ぶりの自分にこんにちは。後ろも見せてもらって、いかがですかなんて、言わずもがな、文句は無いです。
この後は帰宅するだけだから、髪のセットは今日は希望しないで、お会計。
増税後も変わらぬお値段、良心的。
企業努力を垣間見て、益々このお店が好きになった。
お店の出入り口外までいつも見送ってくれる、外は寒く、待たせると申し訳ないので、足早にお店を去る。
自転車に跨って、風を感じる。首から上がやけに寒い。髪切った実感はここで感じる。
気持ちの良い時間だった。また明日から頑張れるなと信号待ち。
冷えた手をポケットに突っ込む。

左手、右手、左手、右手。

…、ない、ない、無い。

スマホが無い。

後ろに手を。

左手、右手。

スマホが無い。

一層夜風が冷たく感じる。

とにかくお店に一旦戻ろう。
さっきあれだけ楽しい時間を過ごして、
また来ますって約束、ものの5分後で果たすけど、今はその恥ずかしさどころじゃなくて、ハンドル持ち上げ反転する様は、今振り返ると動画で撮ってほしかったなって、そのくらいキレイに決まっていたと思う。

お店はすぐそこだ、直線。
ドラクエウォークじゃ、導きのつばさは使用できないほどの距離だ。

今日は自分が最後の客だと聞いていた。
もう21時をまわっている。

お店はガラス張り。中の様子を見ると、夏から秋の自分が生きた証をせっせと集めて捨てていた。

扉の鐘が勢いよく鳴る。

スマホを落としたみたいでと、お店に無いか確認するも、無いとのこと。
お店の中を捜索しようと思ったが、その美容師さんを疑うような真似をしたくなかったし、片付けの最中で手を止めてもらって、なにより営業時間外。
自宅を出てからお店に入店し、先程までの帰り道、記憶は曖昧だったのもあって、深くは踏み込めず、もしあったらメールでの連絡をお願いして退散。

記憶を思い返しつつ、自転車を手で引いて、道に落ちていないかとウロウロ。
今のご時世、もしかしたら通報されるかもしれない、不審者同然のウロウロと見逃しのないようように帰宅の途につく。

道中は見つからず、自宅に置き忘れたかと淡い希望を抱いたが、淡い希望止まりだった。

もしかして拾われている可能性もあると考え、母のスマホを借りて、電話をかけるも呼び出し音が無情に鳴り続ける。

アプリで位置情報からスマホの場所を特定出来ることに気づき、母に捜索を依頼するも、そのアプリの機能をオフにしていたため、利用できず。

先程の入店までとその後の記憶は曖昧なくせに、使うことはないだろうからと設定オフにした記憶は鮮明にあって、いよいよ紛失が現実味を帯びる。

とりあえず、拾われたとしても悪用される恐れはあるので、利用中断の手続きをするため、通信会社に連絡。

フリーダイヤルはオペレーターに順番にお繋ぎしますと待たされることがよくあるが、平日夜ということもあってか、すぐにオペレーターに繋がり、状況説明と手続きをした。
そして、オペレーターから位置情報の検索が行えるサービスを案内されるが、利用料3000円。
しかもドンピシャで分かるわけではなく、最大で半径300m以上の誤差が発生するという。
ただ、スマホが無いと仕事にも日常生活にも支障をきたす、他人事のように思ってきたスマホ依存症をこの時実感した。
背に腹は変えられないと思い、検索を依頼して数分後、結果が判明。
最大誤差での検索結果となったが、やはりあの美容院のあたりだ。
もう22時をとうに過ぎていて、もう1度美容院周辺を捜索したが、発見できず、お店も流石に暗くなっていた。

結局、この日は見つけることができず、警察に紛失届を出して、帰宅した。
やけになってビールを飲んだが、ストレスの捌け口で飲む酒は美味しくなかった。

その後、お店から連絡があって、スマホは無事発見された。
という夢を何度も見て、朝を迎えた。

次の日、朝早くに家を出て、再度捜索してみたが、見つからなかった。
仕事に身が入らなくてって、そうじゃなくても入ってないときあるなと、自虐的になりながらも仕事を終え、定時に上がる。

もし発見されたら、母に連絡がくるようになっている、一縷の望みをかけて帰宅するも母のスマホはいつも通りだった。

絶望感が漂う。
連絡をいつでも取る友人や彼女がいるわけでも無いし、なんならソシャゲの課金欲も一掃されるわけだし、スマホ依存症も解消されるわけだし、良いことづくめじゃないかと、諦念からくるポジティブ思考に自分自身を納得させようとした。

けれど、母に協力してもらっている手前、諦めた態度を見せることは出来ず、位置情報を検索するサービスは24時間以内なら何度でも利用することが出来るため、もう1度検索を依頼したところ、昨日と位置情報は変わっていなかった。

位置情報の検索は端末の電源が切れていると利用出来ないため、つまり電源は切れていない、
位置情報は変わっていない、もし悪用なり、端末を転売しようとするならば、手元に残したままにするだろうかと考え、まだどこかに落としたままか、やはり美容院の店内にあるかの2択じゃないかと思い至り、再度お店に連絡を入れて確認してもらったところ、結果は一緒で無いとのこと。

では、道のどこかに落ちているとしか思えないと、美容院やお金を下ろすため入店したコンビニを中心に捜索。
文字通り地を這うようにして、もう他人の視線なんてお構い無しに、自販機の下や植木鉢の中を探して回った。
それでも見つからないまま、いつの間にかあの美容院の近くまでやってきていた。
何度か昨日のことを振り返って、どうしても納得いかなかったのは、もしスマホ落としたのなら、落下音やポケットの重みや感覚が無くなるなど、気付くべき点は必ずあるだろうし、肌身離さず持っているものが無くなったことに気づかないだろうかと思っていた。
朧げながらも記憶にあるのは、その日、スマホのバッテリー残量があまり無かったので、モバイルバッテリーをつけて外出し、その他に財布のみ持って、ポケットに閉まった。
お店で上着を渡すとき、バッテリーがついたままではハンガーにかけた時に重すぎて落下して破損すると考え、バッテリーからスマホを外した記憶があるような無いような。

だから、美容院の中にあるとするなら、座席の背もたれと椅子の間に挟まっているとか、本当はバッテリーからスマホは外していなくて、クローゼットの中にあるんじゃないかとか、とにかく道に落としたというのは考えにくいよなという思いが時間と共に募っていた。

でも先程も連絡して、お店には無いと確認しているし、なによりあの安心安全で、心地良い場所と人を疑いたくないという想いもあり、捜索に行き詰まっていたこともあり、気持ちの整理が難しくなっていた。

お店の近くまで来たことだし、昨日から確認を何度もして申し訳ないと思っていたので、現在の状況も含めてお話しした方が良いだろうと、美容院までもうあと数歩。

出入り口の扉が開く。

いつもの美容師さんがあたりをキョロキョロ見渡している。
不思議そうに見つめる自分と目が合う。苦笑いを浮かべながら、両手を上に挙げて、○印のポーズ。
すぐさま駆け寄る。

申し訳なさそうに差し出す手の中に、見慣れたスマホ。

推測したとおりに、背もたれと椅子の間に挟まっていたらしい。
心底ホッとしたの束の間、昨日正確に確認せずに申し訳ないと頭を下げる美容師さんが目の前に。
探している最中に、もしお店にあったら、もう2度と行くもんか、なんなら検索サービスの利用料3000円請求してやろうかと、自分の不手際を棚にあげて、こんなに苦労しているのはあの店のせいだと、やり場のない気持ちをそんなふうに誤魔化していた。

でも、実際にお店で見つかって、その状況が現実になった時、よくわからないけど、笑いが止まらなかった。

かいつまんで整理すると、お店にスマホを落として、お店も自分もろくに確認せずに、無いと決め付けて、よく探したら有りましたって、それだけのこと。

自分がデフォルトの機能をオフにしたから、発見が遅くなったって、それだけのこと。

これまで生きてきて、こんなことばっかりだな、全然学んでないなとか、過去と結びつけて、事実を肥大化して、勝手に落ち込んで、疑心暗鬼になって、振り返るとそんな己の滑稽さに笑えてしまったのかもしれない。

美容師さんは申し訳ないとおっしゃっていたが、いやいやこちらこそというか、こちらの落度なので謝らないでくださいって、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。今度こそまた来ます。

皆々様にお伝えしたいのは、
今すぐにスマホを紛失しても位置情報を検索出来る設定になっているか確認してください。
バッテリー持ちを理由に位置情報をオフにしないでください。
紛失した場合、通信会社が位置情報を検索してくれるサービスはありますが、利用料がかかる上に、端末の電源が切れていると利用できないですし、なによりピンポイントではなく、何mかの誤差が生じるので、万能とは言い難いです。
今やスマホは現代人にとって欠かせないツールの1つです。ですから、一層もしもの時に備えておくべきだと今回の失敗から学びました。
自分は大丈夫だと、それが1番根拠がありません。
そう思った時は後ろを振り返る、自分も肝に銘じます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?