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味の素食の文化センター/食とくらしの小さな博物館(東京都港区・高輪台駅)

高輪プリンスホテルのすぐ近く、味の素高輪研修センターという建物の中にあるのが食の文化センターである。

ちょっとややこしいのだけれど、食の文化センターが1階のライブラリー(食の専門図書館)と2階の食文化展示室で、同じ建物内にある「食とくらしの小さな博物館」は別の施設として存在しているらしい。その辺りの事情はよくわからないけれど、実際は建物の中に入れば一緒に見学するのが一般的、っていうか普通は別物だということに気づかない。

イメージとしてはメインエリアが「食とくらしの小さな博物館」でサブエリアが「食文化展示室」という感じになるだろうか規模的に。1階のライブラリーは普通に図書館としての機能なので展示室という感じとはまた異なる。あくまで「味の素」の紹介をしているのが「食とくらしの小さな博物館」で、「食」に関しての紹介が「食の文化センター(ライブラリーと食文化展示室)」ということなのだろう。

こっちが食の文化センター(図書館)

というわけで勝手に納得して2階に上がりそれぞれの展示を見ることに。まずは「食文化展示室」から。こちらでは日本の食文化の歴史を紹介している。江戸時代の花見弁当や料理指南書、当時の握り寿司(今よりも大きなサイズだった)、和菓子の飾り付けなどが紹介されている。見ているだけでお腹が空いてきそうである。

展示室は広くないがお腹は空くアイテムがたくさんある

次に「食とくらしの小さな博物館」のエリアへ。こちらは味の素グループの歴史とこれからの活動を紹介する博物館となっている。最初は動画による味の素の誕生を辿っている。
今日における日本の十大発明とも言われている「うま味成分」を発見した池田菊苗。彼の元に訪ねてきたのが味の素グループの創業者でもある実業家の鈴木三郎助だった。鈴木は新たな食に関する事業を始めようと考えていた矢先に池田の研究を知って訪ねてきたものの、こんぶの研究に特化したかった池田の意図を知り、このファーストコンタクトはうまく行かなかったのだという。しかしその後になって人々にうま味成分を浸透化させたいという想いで工業化を視野にいれた池田の方から今度は鈴木に連絡をするようになったのをきっかけに両者は手を組むことになる。

お互いの利害が一致したわけですな

最初は「味精」という名前だったのが、鈴木の言によって「味の素」という名称が誕生した。料亭をはじめとした試食会などの活動を経て理解を深めた上で製造に乗り出したものの、まだ一般には浸透せず当初は洗髪や化粧に間違えて使われたりしたのだという。宮内省御用達になってようやく浸透したなんて苦労話もある。

ここから大発展を遂げた味の素

「味の素」は日本、そして国際社会へと進出し、海外でも多く使われるようになった。現在では「味の素」の他にも調味料やレトルト食品、飲料に至るまで食卓に欠かせない食材として浸透していることは言うまでもない。日本の経済発展と共に歩んできた食文化を担う味の素、その特徴を生かした医薬関連や化成品、バイオ・ファーマサービスなど多岐に渡った事業へと発展して行くのである。
ライブラリーには何人かいたものの展示室には誰もおらず独占状態。なかなか貴重な話が聞けて面白いのだけれど。トイレはウォシュレット式。

隣には当時からの門が残されている


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