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野球殿堂博物館(東京都文京区・水道橋駅)

スポーツをテーマにしたミュージアムは文学や美術に比べると圧倒的に少ない。国内でのスポーツ隆盛がオリンピックを契機にしているのもあるのかもしれない。けれど都内にはそんな少ないスポーツミュージアムもいくつか点在しており、中でもこの野球殿堂博物館は東京ドーム内に敷設された歴史あるミュージアムとして野球好きには知られた場所である。

野球観戦の合間にミュージアムによる、なんてこともできる利便性をもっており、しかも東京ドームが本拠地である読売ジャイアンツだけでなく全ての球団を網羅し平等に紹介しているので、他球団のファンでも抵抗なく気軽に立ち寄れる。野球の試合を観ずにミュージアムだけ観に来る人がどれだけいるのかは未知数ながら、季節は試合が開催されていないストーブリーグのシーズン。貸切状態で観られるかもしれないという期待を胸に訪問することに。

野球モニュメントの壁が印象的な入り口

入口は東京ドームの出入口ゲートと同じ並びにある。受付から階段を降りるとそこには新たに野球殿堂入りした人物が紹介されている。2022年に殿堂入りしたのは3名。選手だった山本昌広投手と高津臣吾投手、それと首都大学野球連盟を設立した政治家の松前重義が殿堂入りを果たしている。

カラーとモノクロ

常設展示ではさっそく12球団のユニフォームと共に前シーズンで活躍した選手たちにまつわるグローブやバット、ボール、スパイクなどが並べられ、部屋の中央には日本シリーズ優勝トロフィーが飾られている。並び順は特に順位とはあまり関係がないようで、2022年シーズンに優勝したセントラル・リーグの東京ヤクルトスワローズとパシフィック・リーグのオリックスバファローズが中心位置にいるわけでもない。

セントラルリーグ 裏手はパシフィックリーグ 中央には優勝トロフィー

隣の部屋では王貞治野手(本塁打)や金田正一投手(奪三振)、福本豊野手(盗塁)に衣笠祥雄野手(連続試合出場)といった記録を持つ球界のいわゆるレジェンド選手たちのユニフォームや野球道具が飾られている。また日米両方で活躍している大谷翔平選手の日本ハムファイターズ時代の野球道具も展示されている。

レジェンドたちの足跡

隣の部屋ではプロ野球史についての紹介。アメリカで生まれ発展したゲームであるベースボールはもともとイギリスのラウンダーズというゲームをアメリカ式に取り入れたものが起源となっており、1845年に現在の形になった。日本に伝来したのは1872年にアメリカ人教師ホーレス・ウィルソンによって伝えられたとされるが、熊本や横浜などでも伝えられたという説もあるという。

メジャーリーグの球団おぼえられない

野球という名称にしたのは正岡子規ではなく中馬庚という人物。その後は早慶戦、高校野球などが広まって行き、日本のプロ野球リーグは1936年に、東京巨人(読売ジャイアンツ)、大阪タイガース(阪神タイガース)、名古屋(中日ドラゴンズ)、東京セネタース(北海道日本ハムファイターズ)、阪急(オリックスバファローズ)、大東京(横浜DeNAベイスターズ)、名古屋金鯱の7球団によって発足した。現在のような2リーグ制になったのは1950年。当初はセントラル・リーグ8球団、パシフィック・リーグ7球団の時代もあったという。その後は女子野球などへも広がり、多くの野球人口を得ている。

女子野球も盛り返しを期待したい

ミュージアムの名称を象徴するのが野球殿堂のコーナー。日本プロ野球組織の創始者である正力松太郎や日本の野球創始者である平岡煕といった人物をはじめ、戦没した投手である澤村栄治投手、国民栄誉賞を受賞した長嶋茂雄野手をはじめとしたプロ野球選手の錚々たる面々が表彰され紹介されている。

ででんと殿堂

企画展示室では野球報道写真展が開催。完全試合を達成した佐々木朗希投手や日本人シーズン本塁打記録を塗り替えた村上宗隆野手などの報道写真が紹介されている。また、2022年に引退したプロ野球選手の野球道具を紹介する展示もある。トイレはウォシュレット式。小用の便器が床まで伸びているタイプで、これは来客者に子供が多いということへの配慮といえるだろう。素晴らしい。

めっちゃ乗りたいリリーフカー


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