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食の多様性

ビーガン、それはアメリカや英国に旅行にいくと聞く言葉。

ハラル、これはつくばに住むイスラム教の友達が教えてくれた言葉。

食文化における多様性って、日本だとなかなか降れる機会がない。

以前、六本木のフィンランド料理のお店でクリスマスパーティをしたことがあった。そのとき、隣の席に座った女性が
「私ベジタリアンなんです」
というので驚くと同時に申し訳ない気持ちになった。

なぜなら、そのお店で提供される食事のほとんどがお肉中心で彼女が食べられるものがほとんどなかったからだ。それでも同じ食事代を支払うということに申し訳ない気持ちになったのだ。

彼女にどうしてベジタリアンなのか尋ねてみると
「動物が大好きだし、お肉食べなくても意外と生きていけるって思ってからはベジタリアンになったんです」
とのこと。

私も動物は大好きだが、そこまでできるだろうかと思うとそこまでできない自分の気持ちの弱さを感じざるをえなかった。

そして、この食の多様性について改めて新たな知識と情報を与えてくれたのが
「台本なし英会話レッスン」というPodcastの番組だ。

この番組を作っている英語のソータという方、なかなかパッションがあって私は好きだ。

その番組の中で、いつもにもまして今回はちょっと繊細な話題なのですが~と前置きがありはじまったビーガンやベジタリアンについてのお話。これ、なかなか興味深いのでよかったら聞いてみてほしい。

さて、食についても多様化している今、それらについて知識を身に付け自ら主体的に選択することが求められているのだと私は思う。

また、個人単位ではよくても、台本なし英会話レッスンの中でも、食への考え方の相違から離婚してしまう、集団での会食に影響がでるなどといわれている。

果たしてそうなのだろうか。

私の経験からは、これらはコミュニケーション、つまり、対話により解決できることに思える。

例えば、長崎で学会があったときのことだ。

長崎といえば長崎ちゃんぽん。ご当地グルメを食べたいと思うのは当然だ。だが、私たちはマックで食事をしていた。

なぜか。

一緒に行動していた仲間の中にイスラム教の人がいた。彼らは豚肉が食べられない。長崎ちゃんぽんを扱っているお店ではそのお料理に豚肉が入っていなくても、炒めるときにラードを使っているということで軒並みご当地グルメは食べられないことがわかった。

そのとき、私たちが選んだのはマック。別々に食事をとるということもできた。しかし、せっかくみんなで長崎にきているのだからみんなでご飯を食べたい、みんなでご飯を食べたいということが最も優先順位として高いならみんなが食べられるお店にいこうとなったのだ。

食事というのはそれぞれのシーンで目的が異なる。

「おいしいお肉を食べる!」ということならそこにベジタリアンの人は誘わず、お肉大好きな人が集えばいい。

排除する方向ではなく、どうしたら包括できるか、そういった視点が重要なのではないだろうか。


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