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食事処の救世主(めしやのメシア)第1話

[あらすじ]

ある日、偶然にも、伝説のヒーローから「スーパーカブ」を託された男性。
それから数十年の後、運命は突然に動き始めた。
神器の所有者とみなされた彼は図らずも、愛娘と共に世界転覆を企む組織と相まみえることとなってしまう。
月に一度、繰り広げられる死闘。
既に50歳を超えた男性に代わり、娘が果敢にも組織との戦いに臨むのだった。
普段は何の変哲もない古びた食事処を営む父娘。
彼らの秘められた顔を知るのは、最近常連客となった大学一年生のタケシのみだった。
彼らの、そして世界の運命やいかに!
壮大な物語が、今、幕を開ける。
(ただのギャグマンガの原作です。)

[本編]

まだ一か月にも満たないが、大学生になって痛感したことがある。
誰かが飯を作ってくれるというのは、奇跡に近い幸せだ。
遅過ぎた気付きと、18年間の無神経な言動へのお詫びの意味も込め、来月の母の日には母さんに電話をしよう。花を贈る余裕はないが。
そんなことを考えながら、タケシはツツジの植え込みを横目に、とある飯屋を目指して歩いていた。

彼のアパートの住所は、大学に程近い箱庭町。
箱庭町は県内では大きな神社を中心とした門前町で、歴史を感じられる風流な土地だが、古い建物が残っているということは、道が狭いということでもある。
地権者が多過ぎて大きな駐車場もショッピングモールも建たないので、参道と直行した門前通り添いの商店街が未だに地域の人々の買い物の中心地、とう具合のコンパクトな町だ。

コロナ禍で新入生歓迎コンパも開催されなかったため繁華街の幸野市に地下鉄で出る機会もなく、まだ自転車を買う余裕のない現在のタケシの世界は、今のところ、学生専用1Kアパートと大学、そして両者を結ぶ数本の小路と町並み、商店街だけだった。

両親は、入学祝としてタケシにまとまったお金を持たせてくれた。
だが、タケシの不安は尽きない。
何しろまだバイトも決まってなく、奨学金の最初の入金もゴールデンウィーク明けだ。
生活用品を買いそろえ、前期の講義に必要な図書を買いそろえ、残ったお金で、しょっぱなから親に心配をかけないように、「初めてのやりくり」におっかなびっくり臨んでいる状態だった。

しかし、まだ米を炊く習慣、パスタを茹でる習慣、卵で動物性たんぱくを賄う習慣、棒ラーメンをもやしでかさ増しする習慣などを獲得していない彼にとって、食パンとスティックパンとメロンパン、時々のり弁当のローテーションは、時として無性に空しく、「できれば500円以内で収まる外食」への憧憬を強くさせた。

うどんチェーン、牛丼、ファミレスなどの安価な飲食店がロードサイドに集積する現代だが、大学周辺には、安い飯屋と安い居酒屋が辛うじて残っている。
外見の古い店ほど「昔から生き残っている」のだから、当然のように、美味く、安い。

商店街の大学側の端にある「食事処こいけ」は、そんな地域店の検索条件を代表するかのようなひっそりとした佇まいの、かといって決して汚いという印象ではない、「清貧」という言葉がしっくりくるような飯屋だ。
店頭ショーケースでメニューの実体を把握することはできなかったが「定食ものが概ね700円」「丼物が600円」「麺類は600円」「チャーハンは500円」という価格設定だけは、張り紙で知ることができた。

4月第2週、タケシは初めて「こいけ」ののれんをくぐった。
「いらっしゃーい。」
若い女性店員の、はきはきとした立ち居振る舞いに、まず目を奪われる。
店主と思しき厨房の初老の男性は、てきぱきと調理に向き合い、昼時の学生とサラリーマンの腹を満たしていた。
店内はトータル20席程度か。テーブル席が4人席×3に、カウンターが8席ほど。
その日は8割程度の客入りだった。

さて、タケシの希望。
500円以内で収まる外食。
チャーハン。
注文後10分程度で、それはやってきた。

外見と香りは、アタリであることを示唆している。
まず、一口。
香味と塩味、チャーシューを中心とした具材の個々の食感と旨味が広がっていく。
圧倒的な存在感を示す大きめのチャーシューには、甘辛いたれがしっかりとしみ込んでいた。そして代わるがわる訪れる玉ねぎ、にんじん、ネギの食感と味わい。
こいけのチャーハンは、ボリュームも大満足だ。
タケシは、「美味しいものは口いっぱいに頬張りたい」派だが、その数度の繰り返しに十分耐え、満腹へと導いてくれる程度に、そのチャーハンは大盛だった。

「お兄ちゃん、いい食べっぷりだねー。」
飲食店だけに化粧っ気を極力抑えた女性店員が、爽やかにタケシに声をかけた。
彼女は他の客から、「ケイちゃん」と呼ばれていた。
とても明るく、接客を一手に担うケイちゃん。
そして何しろ、かわいかった。
芸能人で例えると、最近朝ドラの主役を飾ったA嬢だろうか。
他の客と同様、ケイちゃんの態度、手際、外見に、タケシは初見で大いに好感を持った。

ケイちゃんに水のお代わりを注がれた30代と思しきサラリーマンが、
「ケイちゃん、もうすぐはたちやろ?誕生日いつ?」
とぶしつけに尋ねた。
「誕生日?今日よ、今日。何かちょうだい!」
「またまたケイちゃんは、そうやってはぐらかしてから、、、」
嫌味なく常連をいなす接客術は、本当に10代の所業だろうか?
18歳で高校を卒業して就職2年目にしては、優秀過ぎる、、、

タケシがそんなことを考えていた時、
「おやっさん、ごちそうさん!」
別の2人組の客が、カウンターの隅にあるレジに向かった。

「おうっ!まいど!
ケイコ、レジ頼むわ。今手が空かん。」
「あいよっ!」
息の合った会話。
無骨なおやっさんに全く物おじしないケイちゃん。
「ああ、この2人は、父娘なのだろう。
ケイちゃんは、多分高校生の頃からこの店で接客をしてきたんだろうな。
だからあんなに、手際がいいのか。」
勝手に納得したタケシだったが、2人が父娘であるという点正解だった。

さて、残念ながらタケシの皿もカラになっており、退店の時を迎えた。
「ありがとっ!1年生?これからもごひいきにね!」
ケイちゃんの笑顔を背に、タケシは満足して店を後にした。
美味しく、雰囲気が良く、看板娘がかわいい。
ごひいきにしない理由がない。
その日から、弁当店はのり弁を買う客を1名失い、こいけは常連を1人得た。

◇◇◇◇◇◇◇

それから少し時が流れ、3度目にこいけを訪れた日。
その日は4月29日。祝日の月曜日で、タケシは、高校時代の友人と徹夜でネトゲをしていて関係で、起床が午後1時だった。
ひげをそり、シャワーを浴びて、こいけに向かった。
こいけの営業時間は昼食時のみ。11時から3時まで。
営業終了ギリギリのタイミングだったが、タケシはあきらめず家を出る準備を急いだ。
その日、なぜこいけにこだわったかというと、29日が「にくの日」だからだ。
「にくの日」には、すべてのメニューの肉の盛りが少しだけ良くなる、という情報を、タケシは2度目の訪店時に仕入れていた。

「こんちわー」
のれんをくぐり、引き戸を開けると、もう閉店前という事もあり、帰りかけの客が2人レジ前にいるだけ、という状態だった。
「まだ大丈夫ですか?」
「いいよー、お兄ちゃんが今日のラストね。」
ケイちゃんは笑顔で応え、タケシをカウンターに導いた後、のれんをいち早くしまう。

「おうっ!いらっしゃい!うまそうにチャーハン食ってく兄ちゃんかい!
ちょうどよかった。これから出前のチャーハンを作るんでなぁ。」
と、「にくの日」の繁忙を乗り切ったおやっさんは顔を崩した。
へえ、2人でやってる店なのに、出前もするのか。
これまで、出前をやっている様子は見えなかったが、、、

その時、「ドーン」という音とともに、店内が少し揺れた。
タケシは少しびっくりしたが、おやっさんもケイちゃんも慌てる様子はない。

「私は出前に出るけど、ゆっくりしていってね。
お兄ちゃん、名前は?
ふーん、タケシ君ね。
にくの日の最後の客になったのも何かの縁だ。
私たちの秘密、おやっさんからたっぷり聞いていってよ。」 
「おうっ!そうだな。
タケシ、ケイコが出前から戻るまで、付き合ってくれや。」
おやっさん、さっそく呼び捨てだが、悪い気はしなかった。
彼はタケシの前にチャーハンを一皿、出入口近くに置かれたおかもちの側に出前用のチャーハンを三皿置くと、一升瓶とコップを持ってタケシの隣の席に陣取った。

「ドーン!」
また、大きく揺れた。
この尋常ならざる雰囲気。
チャーハンは相変わらず美味いのだが、タケシは少し身構えた。

「実はね、タケシ君。
私たち、月に一度、世界を救っているんだよ!」

・・・へ?
・・・何ですと?
・・・え?
・・・中二病?


「えーっと、何から申し上げればいいか、、、」

「おうっ!タケシぃ!
驚くのも無理はねぇ。
俺らも最初は驚いたもんだぜ。
いや、話は30年くらい前に遡るんだがな、、、」
半ば強引に、おやっさんはタケシを回想シーンに引きずり込んだ。

30年くらい前、おやっさんが先代の元で修業を積んでいた頃、店の前を、白いスーパーカブを押して歩く老人が通りかかった。
「おうっ!じいさん!
カブなんぞ押して、重てーんじゃねぇか?手伝おうか?」
老人は、
「ほっほっほ。
カブが必要そうな業種の青年じゃな。
体躯は精悍。
そして何より、優しい心を持っておる。」

「じいさん、何かぶつぶつ言ってるけど、大丈夫か?
あれか?認知何とかか?」
「ほっほっほ。
ワシはな、かつてこのスーパーカブと共に世界を守ったヒーローだったのじゃよ。
このバイクを託す後継者を探して、歩いておったのじゃ。
青年よ、この神より賜りし乗り物を君に託そう。
ここのTボタンだけ気を付けてね。時が来るまで押さないでね。」

何でも老人は、白ずくめの装束に白いスーパーカブを駆る昭和のスーパーヒーローを長年務めてきたらしい。
主な武器はピストル。
警察とも協力関係にあり、様々な悪を駆逐してきたそうだ。
だが、老人が告げた肝心のヒーロー名を、おやっさんは忘れていた。
「タケシぃ!じいさんの名前だがなぁ。
いや、忘れちまってな?
何とか仮面、とか言っていたような、、、、、
月の仮面、、、
ガラスに仮面、、、
蛇に仮面、、、
蛇にピアス、、、
そう、確か「蛇にピアス」とかいう名前のヒーローだったよ。」

「ん?そのカブくれるのかぃ?
ありがとよ、じいさん。」
老人は、さも大事そうにそのスーパーカブをおやっさんに託し、去っていったらしい。
「こいけ」ではその後、そのカブを長年出前に使ってきた。
とても不思議なカブで、数十年の酷使にも、故障一つ訴えることがなかったのだという。

おやっさんはいい人だが、話の途中で質問を挟みづらい雰囲気を持っている。
タケシは、
「そのヒーロー、正義の味方で善い人のあの人じゃないですか?
けっこう凄い人ですよ、その人。
で、肝心のピストルは受け継がなかったんですか?
あと仮面とかは?
あと、「蛇にピアス」は平成なんで、昭和ヒーローの名前にはなれないです。」
といろいろ突っ込みたかったが、話を遮るタイミングを失した。

「それからずーっと時間がたって、店をケイコと2人で切り盛りするようになって、カブもケイコに譲ったんだよ。
もっとも、出前をする余裕もなくなっちまったがなぁ。」

「お父ちゃん、蛇にピアスの話をする時はいつも楽しそうだよねー」
いや、ケイちゃん、今の一連を「蛇にピアスの話」とまとめるのは、流石に違うと思う。

「んでね、タケシ君。1年前の4月にね、、、」
ケイちゃんの話によると、1年前に執事風の男が現れ、これまで一度も押すことのなかった「Tボタン」の近傍に電池をセットして、一通の挑戦状を残して去っていったらしい。
その挑戦状には、
「神器を受け継ぎし者よ、それを駆り、来る4月29日午後4時に戦いの場に来るべし。
神器のスピードが31キロを超え、天から「ダメ、ゼッタイ・・・」の声が聞こえた瞬間に、Tボタンを押すべし。
さすれば神器、汝をかの地に導かん。
そして我と、大いなる戦いを繰り広げん。
もし現れざる時は、この世界が大きく失われるものと心得よ。
それと、チャーハンを3つ、持ってくるべし。」
と記されていた。
後で分かったことだが、その執事風の男は、世界転覆を企む組織のナンバー3だった。

1年前の4月29日、初めて戦いの場に赴くケイちゃんはスーパーカブのおかもちには、
「にくの日」なので、チャーシューが多めに入ったチャーハンが3つ、慎重にセットされていた。

「おうっ!タケシぃ!
何だよその顔は。
驚きすぎだろオメェ!
まぁまぁオメェも一杯やれ!」

「いや、やれないっす。18なんで。」
タケシはやっと我に返った。

あまりにも、荒唐無稽過ぎる。
ってかおやっさん、何でケイちゃん1人そんな危ない場所に行かしてんすか!


大いなる戦いって何?
Tボタンって何?
何?「ダメ、ゼッタイ、、、」って、、、

「ドーン!」
店内がひときわ大きく揺れた。
この異常は揺れは、もしや世界全体に及んでいるのでは?
大いなる戦いと、関係しているのでは?


「タケシ君、私そろそろ行くけど、せっかくだからカブ見てく?」
カブの揺れに耐えうる位置にチャーハンをセットしたおかもちを携え、ケイちゃんはまさに店を出ようとしていた。

はい。見ます。
特にTボタン見たいっす。

タケシはケイちゃんに続いて店を飛び出した。

(第2話へ続く)


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