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食事処の救世主(めしやのメシア)第3話

バトルフィールドでは、今まさに、てん氏とケイちゃんの死闘が始まろうとしていた。

二人の視線は、ちゃぶ台の上の紙に描かれたマス目に集中している。

そう。
世界の命運をかけたバトルは「五目並べ」。
3か月前から、バトルの種目は、「五目並べ」に変更された。

その前は、○×ゲーム。
9マスの盤上に交互に○×を記し、列を作れれば勝利、というあのゲーム。

これから○×ゲームに挑む少年少女のため、詳細な説明は避けるが、○×ゲームには、「負けない戦い方」が存在する。
いや、もっと言えば、初手と第2手で凡ミスさえ犯さなければ、負けない。
ケイちゃんは幸い、その「不敗の術」を心得ていた。
そして、てん氏は、それを知らなかった。

○×ゲームは、何度か引き分けを繰り返した後、凡ミスを犯した者が敗れるゲームだ。
精通した者同士が戦うと、両者とも負けないため、延々と引き分けが続く。
ケイちゃんは、このゲームで、てん氏を10度駆逐した。
このゲームを続ける限りは、世界の安泰は確実だった。

しかし、さすがに6度目の戦いぐらいから、決着がつくまでに時間がかかり始めた。
てん氏が慣れてきたのだ。
10度目の勝負などは、30分くらいかかった。
ケイちゃんは、危機感を抱き、そして○×ゲームに飽きてしまい、ジャンルは近いが数段高度な「五目並べ」へと戦いをアップグレードすることを提案したのだった。

その五目並べ。
○×ゲームで驚異の10連敗を喫したてん氏、当然五目並べも弱い。
今回で3戦目だが、5分と立たないうちに、ケイちゃんから「四三(しさん)」のコール。
このゲームにおける「詰み」だ。
勝敗はあっさりと決した。

ケイちゃん、4時に敵地に到着。
てんぷくトリオがチャーハンを食べている時間、15分。
一緒にお茶を飲んで少し休憩した時間が、10分。
世界の行く末を決める死闘、5分。
現在、まだ4時半前だ。

「あぁっ、また負けたー!
悔しいっ!!」

てん氏はいつも、大げさに悔しがる。
寝転がって、腕をぶんぶん振り、足をバタバタさせながら、悔しさを表現している。
トリ氏は、それを優しく見守りつつ、ちゃぶ台の上の湯飲みが倒れないよう、気を配っている。

どうやらてん氏は、中二病的設定考証と妄想以外は、全般的に不得手らしい。
しかしながら彼は、これまでも、今回も「逆ギレ」を一切しないし、「恨みごと」や「脅し」もしない。
世界転覆をもくろむ組織のリーダーという肩書から想起されるイメージと相当異なり、彼は、全くもって、潔かった。
そして、ケイちゃんに不快な思いをさせることも、なかった。
彼は、生来の"リーダー"なのだろう。
世界を見渡すと、リーダーが「ただポジティブなだけの中二病」であるケースは、そうでないケースよりも多いかもしれないことが分かる。

ゲーム能力値が高そうなトリ氏は、てん氏に助力するでもなく、チャーハン皿を洗いに家に戻るタイミングを測っているようだ。

ぷく氏はエロゲーの開発で忙しく、また世界転覆にはあまり興味がないのか、家に入ったきり出てこない。

ケイちゃんが彼らと死闘を繰り広げるようになって、今日で13回を数えるが、彼女は、彼らに対して悪い印象がなかった。
「こいつら、いいコだな。」
ケイちゃんは思っていた。

(注)昭和・平成あるある
同年代あるいは年下の男性を「コ」呼ばわりする女性は、だいたい元ヤンか現姐。

◇◇◇◇◇◇◇

さて、トリ氏が食器を洗い終わると、ケイちゃんは、
「トリ君、今日も頼むね」
と彼に声をかけた。

「はい。」
と答え、トリ氏は、軽四輪トラックの荷台に、スロープを使ってタケシホン号を運び、固定した。
てん氏は、「来月こそは勝つ!」とケイちゃんに言い残し、家へ戻っていった。

「さぁ、準備できました。
ケイコさん、帰りましょう」
トリ氏の呼びかけに応え、ケイちゃんは軽トラの助手席に乗った。

そう。
帰路は、トリ氏がケイちゃんを「こいけ」まで送っていくのだ。
タケシホン号の空間転移機能は、転移先がバトルフィールドに固定されているらしく、元の場所に戻ることができないのだった。

バトルフィールドは、「こいけ」から結構遠い。
車で1時間程度かかる。
だから、トリ氏は、毎回ケイちゃんを送ってくれている。

帰路、2人は毎回、様々なことを話した。
てん氏の中二病のこと、ぷく氏のゲームプログラマーとしての才能のこと、トリ氏の職業遍歴のこと、ケイちゃんの好きなアニメのこと、ケイちゃんの好きなドラマのこと、、、
1時間は結構長いが、毎回話が弾み、退屈しない。

もともと、月に一度の死闘をてん氏に提案したのは、トリ氏なのだそうだ。
彼ら一族は、「正義の味方で善い人」のスーパーカブのメンテナンスと、バトルフィールドで悪と戦った彼を「家に送っていく係」を担ってきたらしい。
一年前、倉庫を掃除していたら、たまたまそういう旨の文書を見つけてその事実は判明した。
今はたまたま、一族のリーダーが中二病であるため、「我々は世界転覆を企む組織で、ヒーローに戦いを挑む」という設定にしているが、本来は、本作唯一のオーバーサイエンスであるタケシホン号の空間転移機能を定期的にメンテしたい、そして美味しいチャーハンを食いたい、というのが、ケイちゃんを招いている理由だ。
ケイちゃんにも「世界を救っているという体にしといて欲しい」というのがトリ氏の願いだ。
その方が、中二病の兄の妄想も害さなくて済むし、エリア外に月に一度出前に出ることをおやっさんに認めさせる口実にもなる。

ケイちゃんとしても、この「いいコたち」との月に一度の遊戯は、割と楽しいものなので、トリ氏のお願いを拒絶する理由がなかった。

かくして、詳細は語れないが「あんまり危なくない」月に一度の世界救済オペレーションは、続くことになったのだ。

◇◇◇◇◇◇◇

箱庭町は、今日も平和だ。
夕焼けが、染み入るようにキレイだった。

約束通り6時前に、ケイちゃんは帰ってきた。
おやっさんとタケシと3人で、無事を喜ぶ。

戦いの詳しい話を聞くことはできなかったが、全くの無傷で戻ったケイちゃんを見て、タケシは心から安堵した。
どうやら、「あんまり危なくない」というところは、本当のようだ。
だが、空間転移の様子をリアルに目撃したのも事実。
「この父娘は、凄いことをやっている」という意識は、強烈に心に染みついた。

彼は、
「町の平和は、意外なところで、意外な人々の活躍によって守られている。
何が世界を救っているのかは、実は誰にも分からない。」
という思いを抱くのだった。
分かりやすく世界のひのき舞台で活躍する人がいる一方で、この父娘のように、誰にも知られずにカッコいいことをやっている人たちもいるんだという新鮮な感覚が、タケシの視野を、少し広げた。

その時、ケイちゃんのママ友に預かってもらっていたヒカルちゃんが「こいけ」に戻ってきた。
ヒカルちゃんがケイちゃんの後を継いで世界を救うのかどうかは分からない。
だが、そののびのびとした歌声は、もしかしたら、いずれ世界の人々に希望を与えるのかも知れない。
彼女もまた、世界を救う可能性を秘めている。

◇◇◇◇◇◇◇

「んじゃ、僕、帰ります。
今日はありがとうございました。」
3人に別れを告げ、タケシは帰路に就いた。

徹夜ネトゲから遅く起きた祝日にしては、ヘビーな一日だった。
とりあえず、味の素を買って帰ろう。
そして、帰ったらすぐ、TikTokで「イケないチャンネル」をフォローしよう。

「大学生活、そんなに退屈なもんでもないな」
タケシは、心の中でつぶやいた。
ちょっと話を聞くだけで、身近な人たちが、実はすごい人なんだ、ということを知ったりする。
この町にも、他にもすごい人達がごまんといるかも知れない。

「フッ、僕はまだしばらく"無個性"という事にしておくか、、、」
急に不敵に笑うタケシ。
このタケシの発言が、フラグか、はたまたただの中二病かは、また別の話だ。

終わりに

お読みいただき、ありがとうございました。
続編を意識して書いたので、多くの伏線を回収していないこと、ご了承願います。
運良く漫画家先生とご縁をいただきましたら、プロットをお渡しします。
noterの皆さんでネタを出し合って作品を作り上げる、というのも面白いかも知れませんね。
と、いうことで、妄想へのお付き合い、ありがとうございます。
今後とも、よろしくお願いします。

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