山崎ナオコーラ『ニキの屈辱』を読んで
最初から恋に器用な人間なんてたぶんきっといなくて、だから誰にだって"屈辱"と言える経験が、あるんじゃないだろうか。
思い返してみれば、自分の人生だって恥ずかしくて情けないことでいっぱいです。
ニキの幸せを心から願います。
あらすじ
憧れの人気写真家ニキのアシスタントになったオレ。絶えず命令口調の傲慢な彼女に、オレは公私ともに振り回される。だがオレは一歳年下のニキとつきあうことになる。そして仕事の顔とは全く別の、恋に不器用なニキを知ることになって……格差恋愛に揺れる二人を描く、『人のセックスを笑うな』以来の恋愛小説。
俺色に染めようとしてくる男の存在
「この色のほうが似合うと思うよ」
「こんな服も着てみたらいいのに」
「髪短くしてみたら?」
そんな風に男性から言われた経験があります。
当時の私は自分の身なりにこだわりがなかったので、相手の好きな自分になれるならそのほうがいいと、深く考えずに合わせたりもしていました。
だから傷ついたこともないし、屈辱を感じたこともないです。
だけどニキは違います。
本人は必要性を感じていないのに「せっかく可愛いんだから化粧したほうがいい」と他人から言われるのは、お節介に他なりません。
自分を変えようとしてくる存在=恋愛対象 の場合、恋に不器用だと翻弄されてしまうこともあるのですね。
好きな人には可愛いと思って欲しい、というニキの切実な想いに共感しました。
ならきちの屈辱
自分にとっては高嶺の花(対男性でも使う言葉かな?)な相手とお付き合いしたことがあります。
その人が私のことを好いてくれているという自信が持てず、束縛したくなったり、駆け引きしようとしてみたり、足掻いていました。
男女問わず友だちも多く、私のことは自分の都合の良いタイミングでしか構ってくれない(ように私は感じていた)彼の気を引こうと、私は他の男性と仲良くするようになりました。
いま思うとあまりにも滑稽。情けないからそんなことするのはやめておけ、と言いたい。
結局私はそちらの男性に本気になってしまい、彼とは別れることになりました。
すでに他の人を好きになっていたとは言え、彼から別れを切り出されたとき、私は悔しくて仕方がなくて。
別れ際にも関わらずお説教のようなことをしてしまったのです。
「あなたは私に好きだと伝えてくれなかった。だから自信が持てなかったし寂しかった」
「俺としては好きだから付き合っている。だから説明する必要はない」
「でも彼女が不安だと言っているんだから伝えるべきだと思う」
「俺はそういう人間じゃないし、自分を変えるつもりもない」
「そんな風に相手を思いやれないなら、一生結婚なんてできないよ!!!」
我ながらクソダサ捨てゼリフすぎる。
自分も浮気していたくせに、なぜ別れ際に暴言を吐いたのか。
私のこの発言に対して彼は「そうかもしれないね、俺は向いてないかもしれない」と言いながら落ち着いた様子でした。
その姿に私は顔がカーッと熱くなって、最初から最後まで私だけが一生懸命な恋愛だったなぁと、恥ずかしさでいっぱいになったのでした。
ちょっと背伸びしないと釣り合わないと感じる相手と一緒にいたことで、私は自分自身を見失っておかしくなっていたのだろうと、いまは思います。
等身大の、自然体の自分でいられる恋愛が、心穏やかに過ごせることは間違いないですね。
でも、このダサい恋愛があったからこそ、いまの私がいることも間違いなく、
無駄な恋愛なんてひとつもないのだということも、また間違いないのでしょう。
屈辱的な恋愛だったかもしれないけれどそれも自分にとって必要な恋愛だったと、ニキが思える日が来るといいな。
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