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寄り道も 度合いが過ぎれば 本筋に(字余り)

 日曜の昼下がり、百貨店のカフェの中にいた。
百貨店と言っても、阪急梅田や京都伊勢丹のようにキラキラムンムンとした空間ではない。

 なんせ、ここは奈良である。「ならファミリー」という百貨店の自覚あるのかと突っ込みたくなる通称を授かったその施設は、敷地の半分をイオンに乗っ取られている。

 いま座っているこのカフェだってタリーズコーヒーだ。目の前には東急ハンズのフロアが広がる。百貨店って何だ?と地元に対する自虐的な疑問を抱きつつも、わたしはこの「ならファミリー」が大好きだ。

 都会の百貨店のように、人に酔うことはまず無い。気取った吹き抜けのエスカレーターもない。大仏の波動によって煩悩を吸い取られたかのように控えめなルイヴィトンとデパコスの売り場を抜けると、イオンの薬局に辿り着く。ユニクロやABCマートといった価格帯の店も入っている。大型書店もある。最上階には、出張市役所やパスポート交付センターだってある。限りなく質素なラグジュアリー感と、生活感が融合したこの雰囲気。最高に落ち着く。

 日曜午後、休みが終わるまでの少しの余裕と、迫りくる仕事への憂鬱がだらりと気怠く入り混じった気持ちをなだめるには最適な場所なのだ。

 カフェでのんびりすることによって休日のゆったりとした解放感を演出しつつも、意識はどうしても仕事の方へ向いてしまう。上辺は優雅に取り繕いながら、心中は拮抗するふたつの気持ちがせめぎ合い大波を立てている。さながら水中で必死にばたつく白鳥である。

───今夜は、大丈夫だろうか。

ついに意識は仕事へ向くことを決めたようだ。

最近、仕事を前日に控えるとどうもだめなのだ。
もういい大人のくせにどうしようもなく涙が出たりへたり込んだりする。朝は息苦しさを何とか抑えつつ職場へ向かう。

4か月前に異動してきた部署には理不尽に怒り出す人などはおらず穏やかだ。だいたい定時に帰れている。なのに。
任された実験テーマに関して、前任者の報告書通りに再現できず、まあまあのお金を使いながら何の結果も得られていないこと。
経験と知識不足で、新しい実験テーマを立案するという目標に近づけていないこと。
異動した直後に、異動先でそれまで取り組んできたプロジェクトの小括を任され、プロジェクトのアップデート、整備、根回しを主導したこと。

これらが、先月ぐらいからじわりじわりと首を絞めてきている。
そんなん社会人なら全員通る道だよ!と言われると、ですよねすみませんと納得はするが、苦しいこともまた事実なのである。自分が勤務に割く時間、自分に与えられる給料が一体誰に向けられ、何に役立つのかが見えない。時間を割き手を動かせども、何も積み上げられていない焦り。

どうしようかなあ。悶々と頭にまとわりつくもやを振り払うように頭を上げ、ふと壁の方を見た。

壁には埋め込み式の本棚が設置されており、奈良にまつわる本が紹介されている。壁面には、本から抜粋した文がでかでかと印刷されている。

『朱雀大路を歩いて行くと、それに沿った寺坊は、どこも桜花が満開であった。』── 「天平の甍」井上靖

『奈良といったら、鹿だろう、大仏だろう。いかにも、ゆったりしてそうじゃないか。悠久の都の余韻や深し、心の余裕を取り戻すには最適だ』── 「鹿男あをによし」万城目学

ああ、そうだよなあ。埋もれていた記憶が蘇る。
今に限ったことでなはい。自分の性格上、これまでも悩み、沈み、時には寄り道しながら何とかやってきた。

高校生のとき、何はなくともふと苦しくなることがあった。そんな時は、学校へ行く方面と反対の電車に乗り、車窓から見える朱雀大路跡をぼんやり眺めていた。

朱色の柱に白い壁の映える朱雀門と、あとは一面なにもないだだっ広い広場。

押しつけがましさも無く、ただ堂々としたその景色を眺め悠久の都に想いを馳せていると、まさに「心の余裕を取り戻す」ことができ、高校行ったりますかね…と、再び本筋に戻ることができたのだった。

そうだ。わたしは寄り道歴20余年のプロである。

寄り道は良い。ちょっと外れた道から本筋を客観的に眺められる。寄り道のつもりでも、突き詰めればそこが本筋になるのもまた良いだろう。
とはいえ、突然出社を放棄して自分探しの旅に出るとかそんなことはなく、実際今日も粛々と職場へ向かった。
でも、「寄り道」を頭の片隅に置いておくことで、色んな歩き方があっても良いよなと確実に心の支えになった。

今わたしはnoteを書いたり交流したりする時間が大好きだが、これもある種心地よい寄り道のひとつかもしれない。ここも突き詰めると、もしかしたらまた新しい分かれ道があるかもしれない。いつのまにか大きな道になっていたりするかも。

まあしばらくは極端に思いつめすぎないように気を付けながら本筋を歩いて、同時に他の歩き方も探っていきたいな、と思う週初め。

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