見出し画像

Pain of four Seasons #27_片時雨

#

「っは!?!?」

 思い返せば、付き合い始めてこの数か月、私から大翔くんに連絡をしたって、こんな風に会いに来てくれたことなんてないな。

 “まず菊池さんに話して相談して決める。”

 この提案に私が頷いてすぐに、秋桜さんがメッセージで連絡をすると、仕事終わりにわざわざこのお店まで寄ってくれた菊池さんを見ながらそんなことを思う。

「いや、でも会社でそんなこと聞いたことないし…!」

 大翔くんにかかる容疑を軽く説明され、今まさに“開いた口が塞がらない”という状態になっている菊池さんは、私と同じで“女性用風俗”という言葉すら初めて聞いたと驚き、頭を抱えながら真剣に考え込んでいる。

「ごめん、わっかんないけど…。でもアイツめっちゃ良い奴だよ?」

「男が男に言う良い奴って、女にとって良い男とは限らないからね。」

 間髪入れずにそう突っ込んだ夏月さんに、秋桜さんと菊池さんが顔を見合わせて「…陸となんかあったの?」と目を丸くする。

「…何もないけど!!とりあえずコタは、明日葉山さんからちゃんと聞き出してきてよ!」

「えぇ~…!?そんなこと会社で聞けないっすよ…!」

 “リクさん”と何かあったのか、夏月さんがやけに菊池さんに突っかかっている。そんなやり取りを苦笑いしながら聞いていた秋桜さんが、改めてそっと私のほうへ目を向けた。

「冬優ちゃんが、どうしたいかだよ。」

 だって冬優ちゃん、結婚したいんでしょ?と真っ直ぐ向けられるその秋桜さんの目の奥を見つめ、私は大翔くんとの未来を想像する。

「そう、ですよね。」

 自分一人に願う未来さえ不透明で、そこに大翔くんが居てくれたとしても、それらはあまりにも切ないものしか浮かばない。

「ちょっと私、お手洗い行ってきます…。」

 その場から逃げるように、私は席を外した。


「冬優ちゃん、大丈夫かな…。」
「…いや、あれはもう一回自分で痛い目に合わないと分かんないやつだね。」
「もー、アキちゃんはまたそうやって冷たいこと言う!」
「だって!!もうなんか私たちが何言ったって無駄な雰囲気じゃん!絶対自分からなんて言い出さないよ、あの子!」
「でも黙って見てるのもなんか違うじゃん、一応葉山さんのことだって知ってるんだしさぁ。」
「とは言え私たちが本人に問い詰めるとかもっと余計なお世話だよ?もうこれ以上出来ることなんてないよ。」

 秋桜さんと夏月さんがそんな会話を繰り広げているとは露知らず、私はお手洗いに入ってすぐに大翔くんとのメッセージ画面を開く。

〈お仕事お疲れ様!もうホテル着いた?〉

 今日の集まりに来られたのも、たまたまこの日に大翔くんが出張に行くことが決まっていたからだ。どうせ今、こんなメッセージを送ったって、優しい近況報告なんて届かない。おそらく返事が来るのだって明日の昼過ぎなんだろう。
 こんなメッセージのやり取りなんかで恋人としての繋がりを求めても、気休めにすらならないことも分かってる。

“私が、どうしたいか。”

 その答えは明確だ。私は大翔くんと別れたくない。あの少し意地の悪そうに笑う顔も、私を抱く手もぬくもりも、手放したくない。
 たとえそれが、私一人のものじゃなかったとしても。

#

「てゆーか、ハルちゃんは?」

 夏月さんの言葉にハッとして、私はスマホから意識を離す。

「そう言えば遅いですよね。」

 接待中かもしれないし、もしかしたらもうホテルでゆっくりしてるかもしれないし、とにかく今日中に返信があるわけはないから!期待しちゃダメ!と自分に言い聞かせながらも、返信のないスマホを気にしてしまう。

 お手洗いに行っていた間に夏月さんが取り分けていてくれたピザが乗ったお皿を受け取ってそう同調しながら、しばらく会っていない小春さんの笑顔を思い出す。

「あー…。ハルね、今日もしかしたらやっぱり来られないかも。」

 秋桜さんが少しバツの悪そうな顔をしてそう言うと、菊池さんが心配そうに秋桜さんの背中に手をやった。

「…何かあったんですか?」

 口止めされてるわけじゃないし、今日飲みに来るって言ってたくらいだから説明してもいいと思うんだけど…と秋桜さんは菊池さんと目を合わせて、小春さんの近況を話し始めた。

「…ほんとに?」

 少し前に起きたという、小春さんの近況は、夏月さんの目を潤ませた。
 だから私が夜ご飯に誘ったあの日、小春さんからLINEの返信がなかったんだ。その翌日に〈昨日返せなくてごめんね!〉とだけ返信があったけれど。
 このとき、秋桜さんから聞かされたその出来事に対して先ず一番に、私はやっぱり小春さんにとってそこまでの“友達”にはなれていないんだと思った。

 私はどこまでも、自分勝手で嫌な女だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?