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ヨーダに会いに行くのだ


カンボジアはあなたにとってなんですか?

「私にとって、カンボジアはヨーダです」

この10数年、幾度となく聞かれた問いへの、今現在1番ピタッとハマる答えだ。
村には私のヨーダがたくさんいる。

注)母の影響でスターウォーズ育ちです。
父は新作が出るたびに連れていかれる映画館で寝ています。

多くを語らず、面差しはいつも穏やか。
短い言葉の余白に、命題を漂わせる。
でも本人は普通に生きているだけだという。
それまでの道のりにあった、たくさんの修行と経験のことは語らない。

おいおい、まってくれよ。
力量の差は歴然。
しかも出される命題は、今、喫緊に必要で、それなのに地殻のマグマのように深く、熱い。
でも本人たちは、今日も日々をそのままに生きている。

そんなヨーダたちの1人に、コロナの2年を経て会いに行った。

ヨーダにアポは入れない。
ヨーダが、いるところにいく。
当たり前だ。

ヨーダのお宅に行ったら「カシューナッツの畑に行っている」とお孫さんが教えてくれた。
お孫さんも懐かしい。2年ぶりでも覚えててくれた。

ヨーダのお婿さんが、俺が迎えに行くよというので、いや、もちろん私たちも行くと伝えてバイクの後をついていく。車ですいません。

大きめの農道の脇で、車を降りる。ここから先がヨーダのカシューナッツ畑。
この奥にいると思うんだ、と言いながらお婿さんが前を歩く。
カシューにしては古木と言ってよい、ゆたかにうねるいい枝振りの木々の間を
「とーさーん。おーい、とーーさーん。」
婿さんが呼ぶ声がひびく。

聞こえてないなぁ、婿さんとさらに進むと
蟻塚の上に、ヨーダの上着とズボン、隣に使い込んだナタが立て掛けてある。
色の馴染んだ柄、さながらヨーダの杖だ。

そこからさらに少し奥。
あぁ、いたいたと婿さんがつぶやいたその先に、いらっしゃった。

尊敬して止まないヨーダのひとり。

レーンさん(84歳)

ごつごつと低く広がるカシューナッツの木の枝の間をかつてよく見た青い短パンに粋な帽子の姿がこちらにくる。

婿さんが「あの人が来たよ」と伝えるけれど、小首を傾げ帽子をとりながら歩いてくるその所作は、まだ誰だかピンと来ていない様子。

こちらは枝が少し開けたところに立って、していたマスクを外し、大きな声で「お久しぶりです」と声をかけて歩いてくるヨーダを待つ。

相手のテリトリーには、まず出向いて行って、それから出て来てくれるのを待つ。それが作法。

お互いの間に枝がなくなったところでレーンさんの表情が変わった。

あぁ、覚えててくれたんだ。

「おお、おぉ、ずいぶん来なかったな」

第一声には、2年前と変わらない張り。
まるで、先週も会っていたかのよう。
節くれだった、大きな手も変わらずだ。

「うん、2年ですよ。コロナだったもんでね。街に住んでるから、来たら迷惑かけちゃうかな〜と思って。でも、最近はもう穏やかになったから、来ました。お元気そうでよかった」

それからしばらく、カシューの木の枝の下に2人で座って、話をした。同じ高さと形に刈り込まれた商業農園ではあり得ない、枝がつくる小さな広場はヨーダの隠れ里。

手にしている籠は自作のもの

もうコロナは大丈夫そうですね。

あぁ、もう3回打ったよ、ワクチン。

具合悪くなったりしませんでした?

ちょろっとな、風邪みたいになったけど、なんということもない。

ここまではバイクで送ってもらって?

いや、歩き。

え、歩き?けっこうありますよね、家から。

いや、そんなでもないよ。歩く。その方が気楽だから。

今度ね、大事な友だちが来るんですよ。レーンさんの籠づくり、見せてもらいたいって言ってて。材料とるところから、ついて行ってもいいですか?

森はまだまだ、このもっと先だよ。

うん、そこに行きたいんです、後ろついていきます。

いいけど、遠いぞ。

でも師匠は歩いていくんでしょ?

歩く。

じゃあ、私らもついていく。

まぁ、いいよ。遠いけどな。


今年のカシューナッツの値段のこと、籠の材料の話、担い手がいない話、ひとしきり続いたあと

じゃあ、また来ます。
おお、また次な。

と言って、さっきまでと同じように帽子をかぶってカシューの木に手を伸ばすヨーダさま。
クセのある太い枝に添える大きな手。
その姿はもう、カシュー畑に溶けている。

歩くことも、カシューの木に触れることも、日課や生きがいをさらに超えて、生きることそのものになってる。

レーンさんが歩くということはレーンさんが生きるということ。
レーンさんが生きるということは、森に入るということ、カシューの木に触れるということ。
そんな感じ。

他にやることないからな、と本人は言うけれど。
それは今の私たちの「やることないから」とは別の次元だ。

レーンさんと、周囲の木立、それを支える大地のそれぞれにもう境目などない。
まさにそこに在る。

2年の時を経て。
また来られてよかった。

一緒に来た素敵な友人が言った。
この旅はLost&Foundだと。

そこにあるのに、ふつうにあるのに、
ずっと忘れていたものを思い出す。そんな旅。

2年の時を経て。
またできてよかった。こういう旅。

地域の中の人と外のひとを丁寧にステッチする。
違う場所で違う日々を送る人たちの人生がそのときだけ、重なり合う。
そこに生まれる物語がどんなものかはわからないけど、それは必ずこの地域の宝になる。
訪れた人の宝にもなる。
そう信じて。

カタチにならない旅。
再びはじめます。

旅を大切にする。
大切な旅をする。

ご一緒してくださる方は、ぜひお声かけください。

2022.5.6
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