学生時代、なんて呼ばれていましたか?

私は職業柄、「先生」と呼ばれることが多い。けれど、同僚から先生と呼ばれるのはあんまり好きじゃない。だって、その人の先生ではないから。本当は、仲良くなりたい人ほど「先生」と呼ばれたくない。「〇ちゃん・〇ちゃん先輩(苗字の方)」「〇〇さん(下の名前の方)」と仲良い先生に呼んでもらったり、「おい、〇〇〜げんきしてるか?」と前の職場の先生から連絡が来ると、嬉しいな〜なんて思っている。まあ、なかなか呼びにくいだろうし、職場では生徒の手前「先生」で呼び合うので、しょうがないことだとも思ってはいる。

引っ越しの荷物を整理していて、昔の年賀状や手紙をデータ化しようと作業していた。やたらと出てくる「ポールへ」「あけおめ、ポール」「ポール、今年もよろしく」の文字。ポールは私の中学校時代のあだ名(もっと詳しくいうと、中学校3年生の時のあだ名)である。読み進めていくと、「鼻歌へ」なんていうのもある。

私は地元の小学校を卒業後、国立の中学校へ進学した。ある先輩に憧れて、突然やる気を出したのだ。私は結構「憧れ」で強い行動力を出すタイプ。親は一切勧めなかったが、自分の「やりたい!」の想いだけで突っ走っていた。片道2時間弱かけて、毎日遠距離通学していた。バス→地下鉄(端から端まで!)→バス。学校帰りにそのまま踊りにも通っていた。大量の荷物を持って。今の私には絶対できない。なんであんなに体力があったのだろう。子供の「やりたい!」「好き!」の行動力って本当にすごい。そして、そんな私の決断を受け入れてくれた母もすごい。当時の私はそんなこと考えもせず、とにかく全力の学生生活を送っていた。

とはいえ、遠距離なので(多分学校内で一番遠くから通っていた)朝6時半のバスに乗って、踊りがなくとも帰宅するのは18時すぎ。踊りがある日は22時過ぎ。送り迎えはしないという約束だったので、バスや地下鉄のダイヤを把握して日々生きていた。なので、基本的に通学時のバスでは勉強するか、爆睡(何度も終点まで降り過ごしたことがある)。その寝顔を見た男子が、「あれに似てる」と何かを社会の教科書?資料集?で調べる。その正体がトーテムポール。超絶失礼である。結構その時は、その男子に怒ってた気がする。バスの他のお客さん、ごめんなさい。それから私のあだ名はトーテムポールになった。そしてそれが「ポール」になった。高校進学と同時に呼ばれなくなっただけに、なんだか懐かしい青春の1ページなのである。

鼻歌は、どうやら気分がいい時に鼻歌を歌っていることが多いらしく、一部の友人たちが呼んでいたあだ名。私は全く自覚がないのだが、結構な音量で歌っているらしい。先日卒業生がくれた手紙の中にも「先生の鼻歌が聞こえた日は、いいことがあったんだろうなって思っていました」なんてエピソードが書かれていた。15歳の私から、そこは進歩がないらしい。

追伸

今日はなんの中身もない、ただの思い出に浸る回でした。たまに10代の自分に戻りたくなるらしい。10代の自分と今の自分は、鼻歌以外はかなり違うなと、自分では思っている。今度また、時間がある時に振り返ってみよう。

本当は別の記事を書きかき始めたんだけど、なんか内容が重たくなってしまったので、途中でやめた。ので、こんな記事になりました。







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