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熱い銭湯・蒲田温泉を守る説教爺

熱い銭湯で知られる蒲田温泉、その理由と背景

N氏は昔、週末には東京都大田区の蒲田温泉に毎週通っていた。ここは東京でも濃い黒湯として知られ、サウナも別料金をとられずに入れる。

最近、テレビ番組「マツコ&有吉の怒り新党」で 「新・3大熱い銭湯」として、燕湯(台東区)、帝国湯(荒川区)と並んで紹介されたとか。

高温湯のほかに低温湯もあるのだが、もともとは同じ黒湯の浴槽であとから仕切り工事がされたものだ。

その理由や背景は番組で放送されただろうか。N氏は長く通っているうちに、常連からその真相を教えてもらった。

高温湯が好きな客と低温湯が好きな客が大喧嘩したからである。どちらも譲らないため、真ん中で仕切りをつけて浴槽ごとに温度を調整するようになったのだ。

現在でもそのようになっているのかどうかは分からないが、この仕切りにもひとつの問題があった。

高温湯をぬるくさせない、たったひとりの勢力

N氏が通っていた頃は仕切りの真ん中から下あたりに穴があって、ある程度の量の湯が両方を行き来していた。

つまり、絶えず焚いているとはいえ、両方の温度はある程度干渉し合ってしまうというわけである。

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そのため、低温湯が好きな客が標準温度に飽きたらず、冷水のコックをひねって湯の温度をぬるくしまうと、温度のバランスが崩れて高温湯までぬるくなってしまう。

それをひどく嫌がっていたのが、開店の時から来ているという常連のある爺さんだった。

最後に会ったのが2年ほど前で、そのとき70歳前後になっていただろうか。タクシーの運転手をやっていると噂で聞いたことがある。

N氏はこの運転手とよく鉢合わせしたが、低温湯のほうで水をぬるくしすぎる客に対していつも文句を言っていた。

そして、彼が怒り心頭になるのは、高温湯の浴槽に入りながら高温湯でバルブをひねってぬるくしてしまう客だ。

あまり入る人のいない高温湯なので、自分のためだけに低温湯にして贅沢に入りたいというわがままな客である。

この蒲田温泉はしばしばテレビで放送されるために、放送後に「観光客」がやってくることが多い。なかには、わがままな客もいる。

そのため、老齢のタクシー運転手は「銭湯奉行」となって、自分の聖地を守るのだ。

熱い銭湯の聖地を守る銭湯奉行

なにかやりそうな客は独特のオーラを放っているので、N氏にもわかる。当然ながら、爺さんは自分が洗い場で体を洗っている時にも高温湯にしっかり目を光らせているので、見逃すことはない。

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「お湯の温度は一度たりとも下げさせねえ」

恐ろしいまでの執着が顔に書いてある。そして、いざ高温湯を水でぬるくする客がいようものなら、いや、バルブに手をかけようものなら、真っ先に駆けつけてきて真っ赤な顔で怒鳴りつけるのだ。

「おいおいおい!こっちの湯をぬるくすんじゃねえよ!ぬるい湯に入りたけりゃ、そっちの低温って書いてあるほうに入れやがれ!」

東京・蒲田感丸出しの苦情。ムッとした顔をして水道の栓を止める問題の客。おそらく、二度目の来店はない。

ほかの客たちはせっかく風呂に来たのに落ち着かず、いつものように溜息だ。

爺さんはその後もぶつぶつと文句を言いながら元の洗い場へ帰り、隣の客にまた怒りの余韻を吐き出す。

「よけいなことするんじゃねえってんだ!ここは昔からこうなってんだ!なんだあの野郎は」

隣に居合わせると面倒くさいとわかっているので、爺さんのそばにはいつも人がいない。そもそも風呂に入ってきたときから避けてしまう。

本人もそれを分かっているので、一番端の席に椅子を持ってきて座るのだ。こだわりを貫くのはときに哀れだ。

敵はテレビ放送、緩めることのない警戒態勢

テレビ放送のあった週末は人が混むので、爺さんはひとりに怒鳴っても、その後も警戒を怠らない。

また同じ暴挙を繰り返す客が来たときのために、怒りをぶちまけたあともずっと目を光らせる。

このような事情があるので、週末に知らない顔が脱衣場に紛れていたりすると、常連客は「テレビ(放送があったの)か」と舌打ち混じりで聞こえよがしに言ったりもする。

もし、あなたが初めて蒲田温泉に入った時、舌打ちされてもどうか不愉快に思わないでほしい。あなたが悪いわけではないのだ。

早い話、高温湯が好きでなければ高温湯に入らないほうが無難だ。入るなら、どんなに熱くても耐え抜くことである。

ときには即死しそうなほど熱いときもある。それをやせ我慢して入っていく爺さんの姿は一見の価値ありだ。

説教爺を見分けるコツは簡単だ。いつも高温湯の方を睨みつけている爺さんを探せばいい。いつも高温風呂に入っているために、体が真っ赤になっているのも特徴だ。

そろそろお迎えが来ているかもしれないが。

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