大音量の会話・飛び降り老人の結末と泥沼職場事情
3階の窓から飛び降りた老人の謎、解明される
※この話は前回から続いています。
女性3人組の会話は続く。親分と人情家のふたりに説明する新人。
新人「抑制してたんですけど、夜中に自分でほどいちゃったらしくて、『どうしても家に帰る!』って、3階の窓から飛び降りたらしいです」
抑制。おそらく彼女達は老人ホームや介護施設の介護士か看護師なのだろう。親分がまた大音量で聞いた。
親分「それで、どうなっちゃったのよ?!」
新人「それが両足首の骨折だけで済んだんです」
親分「どうしてまた!!」
盗み聞きするN氏。両足首の骨折も痛いけど、たしかに老人にしてはうまい着地だ。
新人「最初に3階の窓に両手でぶら下がって、そこからずるずる滑り落ちたらしいですよ」
人情家「ずるずるったって……まあ、うまく着地したわよね」
新人「だって××さん、もともと大工さんらしいから」
親分「あ! 身が軽いんだ!」
なるほど。でも、大工さんは3階から飛び降りるのが仕事じゃない。
店内に響き渡る上司への罵詈雑言
元大工の老人の話はそれで終わりになったのだが、どういうわけか、この日の女親分はすこぶる機嫌が悪いらしい。
親分「でもさあ!今日は言いたいこと話して帰らなきゃ、帰れないわよ!」
殺気立っている親分。新人は苦笑して聞く。
新人「あ、Aさんのことですか?」
親分「あんた、あのデブと話したことあんの?」
新人「ないですけど、なんかいろいろ聞いてますよ。私2階には行きたくないなあ。2階、雰囲気悪いですよね」
親分「たばねてる人間が悪いから、あんなのがでかい顔していられるのよ」
人情家「そうそう!」
やっかいな職場の泥沼人間模様。上司への罵詈雑言が大声で店内に吹き荒れる。
親分「あいつ10年もいるような顔してさ!あたしが『これじゃ困りますから、こういうふうにやってください』って言ったって、左から右だよ!左から右! ほんと左から右なんだから!」
くどいぞ親分。ちなみに、右から左じゃなかったっけ?どっちでもいいけど。
N氏は親分の口臭が、2メートルも隔てた自分にまで届いているのに気づいて、胸が気持ち悪くなった。焼肉でも食ったのか。
おっと、人情家が身を乗り出した。
人情家「あいつ最低よ。人の噂を聞くと、悪くして広げるのが得意なのよ」
親分「そう! そうそうそう!」
ワードをくりかえすクセのある親分。身振り手振りも交えだす。
容姿批判のブーメラン
親分「こーんな小さなことをこーんなにして、あっちやこっちやにベラベラ、ベラベラ!あたしなんかこれまで何回やられてきたかわかんないよ!しまいには尻の毛まで抜かれるよ!」
大声で言えない言葉を、大声で言う親分。
人情家がしみじみと語りだす。
人情家「私が入ったころは、よくいじめられたわよ。本当にたいへんだった……」
親分「あーゆーデブを野放しにしておく、上の人間が悪いのよ!」
人情家「そうそう。ありゃダメだねえ」
親分が新人に言った。
親分「あんたのいる3階のAさんみたいな人だったら、あんなデブの言い分なんか聞きゃしないわよ」
新人「ですよね」
親分「あんたは恵まれてるよ、デブの被害に合わないんだから!」
新人「ですよね」
親分はさっきからデブを連呼している。でも、彼女は店内の客の中で、1番太っているのが自分だということにまだ気づいていない。
人情家がふいにキリっとした目つきになって言った。
人情家「これからパーッといって帰ろう!」
新人の顔色が警戒に変わる。
新人「飲みですか?」
親分「違うわよ、温泉!」
新人「……私は眠いんで」
人情家「いいわよ、あんたは帰ってゆっくり休みなさい」
親分「あーゆー大きなところで入ると、ほら、パーッとしたところでザァーって!気分が違うんだよ!せせこましいウチの風呂なんかで、ゴチャゴチャ、ゴチャゴチャ!体丸めて入るより、ずっとさっぱりするんだからね! ほら、あんた達!いくよいくよ!」
ひたすら騒がしい親分主導のもと、3人組は帰っていった。嵐は去った。
やっと訪れた静寂の時間
N氏は静かに音楽が流れていたのに気づきつつ、大音量のストレスからひどい耳鳴りを覚えた。
新聞を読みだすと、となりに若い男女のカップルが座った。女の子がおだやかな声で言った。
「友達がサンリオピューロランドでバイトしてるの」
泥沼の人生模様レポートから夢の世界へ。
サンリオピューロランドのフレーズは、マイナスイオンのような癒しを伴って、N氏に降り注いだのだった。
完
記事を読んでいただき、😀ありがとうございます。 書籍化🚀が目標なので、いただいたサポートは💰準備費用に使わせていただきます。 シェアやフォローもいただけたらうれしいです。noteユーザーでない方でもスキ♥️は押せます😉今後ともよろしくお願いいたします🎎