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過酷な楽園・コマ送り爺さんの恐怖!

銭湯とは明日は我が身の「過酷な楽園」

「コマ送りとはなんですか?」という若い世代の問いをYahoo!知恵袋で見つけた。

そのままでは見えにくい映像を非常にゆっくり再生して確認する作業のことだが、この言葉で思い出したのが、先日に引き続く東京大田区・蒲田温泉の出来事である。

近年はたまにしか行けないが、初めて来た頃からもう10年にもなるのかなどと思いながら、当時推定60歳前後だった蒲田温泉の受付嬢をしみじみと眺めたりする。

下町の土地柄、この銭湯は高齢者が多い。

「おやじの代にはもっと熱かったんだが、息子の代に変わったとたんに、ちょっとぬるくしやがって」

そんなことを言う老人もいるが、一般人にはじゅうぶん熱い。

「年寄りは銭湯に2時間入ったら死ぬよ、気をつけな。俺のまわりじゃバタバタいってるから」

こんなふうにも常連客は話している。実際、銭湯はどこだってそういう場所でもあることを理解しつつ、老人達はやってくる。

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本人にとっては好きな銭湯から天国に行けるのだから本望だろう。それも洗いたてのきれいな身体で。

最高齢90歳前後の老人達の入浴法

銭湯なら、知った顔の爺さんが「洗い場で滑って転んで大流血」と聞くのもたびたびだ。

深刻な話題なのに、バラエティー番組の特番タイトルのようで申し訳ない。

とのあれ、頑固で足取りもしっかりした爺さんが、急に顔を見せなくなるのは寂しいものである。銭湯とは老人にとって「過酷な楽園」なのだ。

しかし、そんな楽園を生き延びてやってくる、最高齢90歳前後の老人達もいる。彼らの動作は非常に緩慢だ。

蒲田温泉は奥へ進んでいくと、洗い場の隅と浴槽のあいだが唯一、幅がせまくなっていて1メートルほどしかない。

ふつうの成人男性・女性は2人で鉢合わせしたら、おたがいに体をちょっとななめにすれば通り抜けられる。

しかし、90歳前後の老人同士となると、身体が動かないのでそうはいかないのだ。反対方向からやってきた彼らがこの場所で対面すると、こんな感じになる。

老人A・老人Bが反対方向からそれぞれやってくる。おたがいの姿が目に入る。

 「!」

どうする?お前はどうするんだ?と視線を泳がせたまま、2秒の膠着。早く動け。お前から動け。

そうやって目くばせしあうあいだに、また2秒の膠着。そのうち、どちらかが行動開始の意思を見せ、動き出すまでに5秒。

行動そのものに5~10秒。

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運悪く、彼らのあとにならんでしまったときには、あたたかい気持ちで長い時間見守らなければならない。

第一発見者になりたくなければ心配するな

ところが、これで終わりではない。浴槽に入るまではもっと時間がかかるのだ。

まず、リューマチ疾患がないどちらかの片足、あるいは症状の軽いどちらかの片足をあげるのに3秒。浴槽にその足を入れるのに3秒。

さらに、体勢が不安定な反対の足をあげるのに4秒。その足を湯に浸すのに4秒。そして、全身をゆっくりとお湯に鎮めるまでに6秒。

浴槽の縁に寝転ぶ体勢になって、身体をゆっくり湯に落下させていくという変則パターンもある。

その場合は近くにいると横蹴りを食らうので注意が必要だ。

苦労するだけに、彼らが湯に入っている時間はとほうもなく長い。目をつぶって動かないので、生きているのか死んでいるのかさえ、わからないほどだ。

しかし、誰も「第一発見者」になりたくないので、大丈夫?と思っても声をかけるのをためらってしまう。

蒲田温泉は黒湯なので、爺さんの骨ばったシワシワの体からなにやらダシが出ているようにも感じる。仮にそうだったとしても、絶対にダシはおいしくない。

黒湯からひょきっと出る皺だらけの顔は、茹でられるカメを思わせる。老人達は過酷な楽園を今日も生き延びて帰れるだろうか。

蒲田温泉を愛好する老人の長寿を祈りたい。


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